資本主義と鳩
最近鳩を愛するようになり、ごはんをあげ始めたら、毎朝鳩の大群が押し寄せるようになって、最初は広島平和式典のようでウキウキしていたが、よく考えるとヒッチコックの鳥、に近づいている。
なぜタイトルが資本主義なのかというと、母方の祖父母が毎年世界中を専用のツーリストのついた団体ツアー旅行する成金だった為である。
幼い私に各国の子供用民族衣装をしこたま買い込み、普段着を持っていなかった私は、近所で美しい刺繍がこれでもかと施された民族衣装を泥だらけにして男の子たちと遊んだ。
女の子たちは私に冷たかった。
考えると当たり前だ。
祖父は徹底的に私に資本主義の馬鹿馬鹿しさを幼少期から叩きこんだ。
「何でも好きなものを買いなさい」というセリフだ。
箱根にある会員制ゴルフ場の体育館のようなゲームセンターを、従業員に数万円握らせて私一人の貸し切りにした。
私は以来ゲームに全く興味がない。
ファミコンも馬鹿馬鹿しかった。
祖母は祖母で、一万円以下はお金じゃない、と言い放つ人で、私が就職すると、家に呼ばれて「そろそろマンションの一つでも貴方に買おうと思うの。」と言われ、そんな金が唸るほどあるのかと呆然とした。
私はとても虚しくなった。
自分が稼いでいるわずかなお金が、馬鹿馬鹿しいけど愛おしかった。
なんでも手に入ると人間は思うと、何もいらなくなる。
何もお金で欲しくなくなる。
お金を燃やしてみようか、という罰当たりなことも考えたことがある。
私は祖父や祖母といると、何でも手に入ったが虚しかった。
一生懸命に朝から出勤して、ちょっと始業時間まで時間があるから、課の皆んなの机の上をふきんで綺麗にしよう!とか頑張ってしまうのが好きだった。
話がまた脱線した。
鳩が好きなのは、愛する人が鳩より愛されなかったのではないか?
という恐怖と、憶測と、
じゃあ私が愛する人を鳩狂いにしよう、という決意から生まれた。
愛する人のお父さんは自分たちの家より先に鳩小屋を二階建てにした方である。
上等。
お母さんは花好き。
上等。
よし。この私たちの家を鳩と花だらけの家にするのだ。
負けてたまるか。
と思ったのだ。
よく自分でもわけがわからないけど。
伴侶は最初、やめなよー、鳩甘くみんなよ、と言っていたが、私が本気なのを知り、心配そうにしている。
ど富豪の祖父母とは違い、私の家計は火の車。
そういうのが好きなのだ。
うわー鳩毎日増えてる!
一袋3.8キロ入りの1,000円以上する餌代どーしよー!!!
とか頭を抱えてるのが好きなのだ。
笑。
こうして資本主義とはいえ、全く意味が無く人様から見られることに私の大金!を注ぎ込むのが好きなのだ。
ついでに書くと、鳩さん以外にもスズメさんとカラスさんも扶養している。
世間では駆除対象の生き物をどんどん増やそうと目論んでいるわけだ。
近所の評判は最悪である。
上等。
世界中を花と鳥たちで埋め尽くす、という私の野望は止まらない。
ちなみにクリスマスイブが明日なのだが、我が家にはあまり関係がない。
クリスマスはキリストの誕生日。
つまり愛の誕生日である。
ごはんが貰える鳥たちにとっては、毎日が盆暮れ正月クリスマスである。
貧乏でアホを絵に描いたような私と鳥たちは、やはり貧乏な人たちと同じように炭水化物中心(というか炭水化物オンリー)で丸々と肥えているのである。
つづく。