エピソード3 「🌱看護観について.2」
こんにちは、れももんです。前回の続きを書いていこうと思います。
当時の師長との会話
👨⚕️「この人にとって人間らしさってどこにあるの?」
私「…ないです。」
👨⚕️「人間らしさってなに?」
私「朝起きて、日を浴びて、歯を磨いてご飯食べて…」
👨⚕️「そうだよね、当たり前にしてる生活だよね?この人はどう?」
私「…できていないです」
👨⚕️「まずはそこから考えてみて」
私「はい!」
師長の助言により、みんなでもう一度カンファレンスを行い、以下のことをやってみようと看護計画を立案しました。
1.朝の挨拶をして、整容と歯磨きをする
2.頻回に訪室して会話をする
3.車椅子に乗車し、ナースステーションで過ごす
この関わりを始めて、訪室するたびに閉眼し、声を掛けても唸るばかりで、苦痛な表情しかしなかった患者さんから、徐々に「おはよう」と返事が返ってきたり、「ありがとう」「今日はいい天気だね」と声を聞くことができました。
みんなで喋れるようになったの!?とびっくりしたことを覚えています。
車椅子に看護師2名で、全介助で移乗しナースステーションに来る時には、笑顔も見られ、他の患者さんが美味しそうに食べる食事を見て「私も食べたいなぁ」と口にするようにもなりました。
私は ”人間らしい生活をすることって本当に大切なんだな” と強く感じました。人間らしさをとってしまうと、それはただベッドに括り付けられて、生きる希望なんて全くなくなるような状況であり、治療が優先といえどできることはいっぱいあったんだなと、看護を諦めてはダメだと学ぶことができました。
この経験を通して、私は、〝看護を最後まで諦めない、できる看護を模索し続ける、それが患者さんの笑顔になり、私自身の行いたい看護〝だと思うようになりました。
これが私の看護観になりました。
話を戻して、その方がその後どうなったのか、、病態も安定して食事を食べたいと希望があり、開始しましたが消化不良であり胆嚢炎を引き起こしてしまいました。その後、欠食でしたが、本人の希望に添い、NGを挿入したまま、好きなジュースを提供することにしました。
胆嚢摘出をすれば、胆嚢炎を引き起こすリスクはなくなり、食事が取れるようになるかもしれない。ただ、摘出するには体力が持つかわからないこと、その後の合併症に耐えられるかわからない状況であると主治医から聞くことになりました。私たちはその内容をわかりやすく患者さんに提案しました。患者さんは話を最後までしっかり聞いていました。患者さんは「それでもご飯が食べれる可能性があるなら、手術をしたい」と希望されました。
本人同意のもと、胆嚢摘出されましたが、その後の経過にて、合併症を発症し、体は耐えられず亡くなってしまいました。
もともと唸ることしかできなかった患者さんが、最終的には自分の意志で治療を継続されたこと、意思決定支援ができたこと、本当に貴重な時間だったと思っています。患者さんに感謝です。
長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
看護を通して、患者さんや家族、看護をする学生さん、看護師さんが少しでも笑顔になれて、看護って楽しいと思ってもらえたらなと思います🌱
それではまた次回
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