ツラツラ小説。 鍵閉めて。
私は困った。
ここに、持ち主不明の鍵がある。
地下鉄の入り口。人が多く行き交う入り口の近くの塀の上。そこにただ鍵が置かれている。もちろん誰のかはわからない。しかし誰のでもないということはないだろう。誰かのではある。届けるべきだろうか?いや、でも変に動かさない方がいい。しかし、私はそれが誰のなのか気になって仕方がなく、その近くにあるベンチに腰掛け様子を見ていた。非常に多くの人が行き交うものの誰も盗もうとしないのは所在不明の鍵を盗むメリットがないからであろう。そもそも鍵というものは、それがなにを守っている鍵なのか、その鍵によってどんな財産を手に入れられるということが判明した後に、価値が発生するものなので鍵だけでは特に意味がない。だからこそ気になる。持ち主は本当にこんな公共の場所にあると思って探しに来るのだろうかと。
小学生の集団が通りかかってそれを見た。しかし、すぐに話題は元に戻りくだらない話をしている。
女子高生が通り一瞬それに目をやった。が、すぐに興味を失う。
大人たちはそれを見ているんだか見ていないんだかわからない速度で歩を緩めない。
私はなんだかその鍵が気の毒になってきた。もしあれが犬なら私は飼うだろうし、乞食ならパンと水を渡すだろう。もう私が持ち帰ろうか、そう思った時、ある1人の男性がその鍵を見つけ、とても自然な流れでその鍵をポケットに入れた。見ていたので一目瞭然だったのだがあれはあの男のもので間違いないのだろう。私はひどく安堵した。そして、あの鍵が再び誰かのものを守る存在に戻れたことに嬉しささえ感じていた。
それもあって、だから困っているのだ。
今、私も鍵を失くしているのだから。