雑文 #216 秋
さっき、福井って文字見て思い出したんだけど、
私が秋田でお店やってた頃ね、あんまりお客さん来ないお店で、まずまず暇だったんだ。
で、おばさんが数名入ってきてね、「○○館はどこですか?」みたいなこと訊くのね。お客さんじゃなかったんだね。
どこか遠くから来たひとたちで、変わった訛りだったから訊くと福井からだった。
ちょうどそのとき、二階で古物商やってるおじさんがやってきてね、よくわかんないけど、
「私、道の説明下手なんで、一緒に行きますよ。すぐそこなんで」と言ったのね。
わりと暇だったのと、秋田なんて土地にわざわざ福井から来てくれたひとたち大事にしなきゃという想いからだね。
そしたら、二階のおじさん、まだ知り合いたてだったんだけど、そのやりとり見てて
「あんた!あんた、いい人だ!」って叫んでいたのね。
私はおばさんたちを引率しながら、なんかとてもいい気分になったのよね。
なぜなら、その二階のおじさんが、知り合いたてだけどすごい純粋な声だったから。
本当に褒められた気がしたから。
そのおじさんは、後日、女好きで、いろんな女の人に声を掛ける人だと知った。
でもすごくいい人でもあり、私を好きになってくれた。
好きになってくれたというのは、まずまず本気・でも浮気、みたいな感じだけど、どんどんくるタイプじゃなかったんで、私も上手くかわすことができ、そんでもって根は純粋ないい人なんで、おしゃべりするのは好きだった。
なんてエピソードじゃなくて、私の気にかかっていることは、秋田。
秋田の秋だ。
帰りたい。
景色が見たい。
さぞや美しいことだろう。
黄金色の田んぼ。刈り取られ、山は赤く、トンボも赤くなる。
風にコスモスが揺れて、セイタカアワダチソウがわさわさ茂り、ススキが野を駆ける。
夕方にはおそろしくきれいな夕焼け空が広がって、虫が合奏する。
虫の音と、電車のコトコト音しか聴こえない。
お酒を飲んでも、ごはんを食べても、何もかも美味しい。
あの秋田の店の周りには公園とかお堀があって、お気に入りの沼があって、やっぱり秋の景色がいちばんきれいで、私の脳裏に焼きついている。
ふらっと秋田へ行ったり、はたまた福井へ旅行したり、海が見たくなったなら突然出かけてみたり、どうしてそういうふうにできなくなったんだろう。
自分で自分に鍵をかけているみたい。
窮屈だ。
昔はもっとずっと自由だった。