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雑文 #145
強烈に春が降ってきて、猛烈に3月が過ぎていった。
私はもう秋田にはいない。
書くことがありすぎて、もう雑文が書けなかった。
私はこの間何を書いたかと言えば、手紙を書いただけ。
昨年の12月。東京での居を決めて秋田で整理を始めると、原因不明の風邪症状。風邪症状ではあるのだが、熱はなく、ただふらふらとして、怠く、喉が痛い。2週間は治らなかった。
今年の1月。いろんな人に感謝。秋田で約10年間、私の相手をしてくれた人。ずっと昔からの腹心の友から、新しく知り合った人たちまで。なるべく挨拶をしたいけれど、なにぶん時間がない。
1月末の極寒の日。まるで街は冷凍庫みたい。でもこの街は私のもの。そう思いながら、街を出る。淋しくて凍てついた、人の息が温かいこの街は私のものだ。
喫茶店で極上の珈琲を飲んだ。安堵感とぬくもりが店内に籠る。ちょっとした災害かと思うほど人がいなかったので、貸し切り状態だ。こんな淋しい街に両親を残していっていいのだろうか。半分安心半分不安。ふらふらの状態の私に、珈琲の味が沁み渡る。母の涙がもっと沁みる。
こんなに悪天候でも、いつものようにこまちは走る。
東京での日々は矢のように過ぎていく。
ひとり暮らしはむろん淋しい。小さな部屋。ベランダが妙に広い。広いと妙に淋しい。私は水仙の鉢をひとつ買った。
春が来る。水仙は、驚くほど開花していく。ほら、ふらふらなんてしてられない。黄色が眩しい。
3月頭にくるりのツアー。私は早くも東北へ向かう。はやてで青森。青森クォーターはいちばん大好きなハコだ。
驚きのセットリストだった。東京レレレのレ、東京。飴色の部屋にハイウェイ。リバティ&グラビティ。ここ数か月の自分に重なる。
新曲をいち早くライブで聴く歓び。この街に来てよかった。他の会場ではやっていない「街」が圧巻だった。
秋田で一泊し仙台へ向かう。秋田で二泊し愛猫桃とごろんごろんするのとかなり迷ったが、私は「線」のツアーを選んでしまった。それにこれ以上弱った両親を見るのはつらいのだ。秋田はまだ真冬なのだ。
ごめんなさい。私は再びこまちに乗った。車窓からの景色はなんてきれいなのだろう。私はこの山が好きなんだ。この林がこの川が。田んぼの景色も他とは違う。空がきれいだった。
列車で泣いて、仙台で降りた。ライブはあったかくて温泉みたい。一緒に作り上げている気持ちになれるのは、地方のライブならではだね。
3月末の東京公演。もちろん2日間行ったよ。家族はくるりを理解しなくとも、私がくるりを想う気持ちの強さは理解してくれてる。たぶん。
私はもう同じ涙は流さなかった。気持ちが次に向かっているのだ。「その線は水平線」を聴いて。一緒に線の向こう側に踏み出すのだ。
4月。心は満たされた。
寄り添ってくれる音楽。私を見ているんじゃないかと思うくらい。そんなものに、そんな人に、出会えて幸福だと思う。近所の神社でお礼をする。
桜は舞い散った。