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小説「流血」1ー② 桃々れもん著

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「やめろよ」
 僕は即座に言った。その反応があまりにも早かったので亮太は目を丸くしている。大内のえりをつかんでいた手の力が弱まったらしく、大内がやっと亮太の手を離れて僕のほうを向いた。首をさすっているので痛かったらしい。
「何か、怒ってねーか?」
 亮太の顔が僕の目の前に現れた。彼は人の顔を覗き込むくせがある。
「怒ってるよ。またバカなことをやろうとしてるだろ。お前の興味に付き合うのはまっぴらなんだよ」
 僕は亮太から目をそらした。大内を見ると、あれだけ嫌がっていたのに逃げようとしていない。泣き顔ではなかった。
「バカなことって何だよ。じゃあお前は知ってんのか? 人はどのくらいの血液が流れてて、どのくらいなくなると死ぬのかを」
「それを知って何になるんだよ。関係ないだろ」
「関係あるんだよ。あいつらにできて、俺にできないはずがない!」
「あいつらって誰?」
 大内が口を挟む。素朴な疑問だ。
「バカで大きな女のことだ」
 亮太は当然のように言ったが、これでは大内にわかりっこない。大内は亮太の家庭内のことはほとんど知らないはずだ。
「誰のことだよ」
と大内。
「お姉さんがいるんだよ、亮太には。二十歳と二十一歳のね」
 僕が代わりに答える。亮太は不思議な表情をした。大内がそのことを知らなかったことを初めて知ったのだろう。
 こういうところが亮太らしいなと思う。何もかもが自分中心に回っていると思っているのだ。
「ヘー、知らなかったなあ。けっこう離れているんだね。幾つ違い? えーっと八歳くらいかな。でもそのお姉さんたちが何か関係あるの?」
「だから言っただろ。あいつら毎月血を流してるんだよ。ムカつくじゃねーか」
「何か言われた?お姉さんに」
 僕は聞いてみる。
「『男の子はいいよね。生理ないんだから。女がどれだけ大変か、全くわかってないんだもん』ってな」
 亮太は声を変えて言う。覚えていたというとこがすごい。
「わかってたまるかよ。あいつら全然痛そうじゃねーじゃんか。うそっぽいんだよな。それにもし本当だとしてもあいつらだけに大きな顔させるわけにはいかねーんだ。だから俺も血を流してみることにする」
「アレと血は別ものだろ」
「いいや、血だった、あれは!お前も帰ったら見てみろよ。トイレの隅のほうにあるからさ」
 僕はトイレの中を頭に描いた。でも亮太が言うような血があるとは思えなかった。
「俺は宣言する。これだけの血を流しても平気なんだってのをあいつらに知らしめてやるんだ。だから協力しろよな」
 有無を言わせない口調だった。
 僕は何だか昔に戻った感じがした。昔もよく亮太のくだらない興味のためにふりまわされたりしたもんだ。
「何をするの」
 僕は抵抗するのをあきらめていた。文句を言っても聞いてはくれないだろう。
「そうだな、まずは……」
と、亮太が口を開きかけたときだった。
「そこ、どいて」
 亮太が座っている席の持ち主である早川亜紀が現れた。亮太は言われてすぐには立とうとしなかった。
「なあ、お前、もうなってんのか」
 亮太は亜紀をにらんで言った。
「何の話よ。それより、どいてって言ってるでしょ。聞こえないの?」
「教えてくれよ。毎月どのくらい血を流すんだ?」
 亮太の質問に僕はハラハラしていた。亜紀はかなり怒ると思った。でも意外にもそんなに怒る様子を見せなかった。
「そんなの先生に聞けばいいでしょ。これから授業あるんだし」
「いいか、見てろよ!」
 亮太は亜紀に向かって叫ぶと急に立ち上がった。
「な、何……」
 亜紀は少しだけ怖がっていた。やはり気の強い亜紀でも亮太のアップはビビるものなのかと僕は少しおかしく思った。
「お前ら、女にはぜってー負けねーからな!」
「ちょっとー、あたしが何したってのよ」
 亮太に宣戦布告された亜紀はわけがわからないといった顔をした。
 亜紀も気の毒に。近くにいたってだけで敵視されているんだから。
 キンコーン。
 一限の始まりのチャイムが鳴り始めた。
「と、いうことだ。、わかったか」
 いきなり僕にふってくる。
「何が」
「協力しろよ」
「わかってるよ」
 実際、何をどう協力するのかわからないので多少不安はあるが、返事だけはしておくことにする。
 亮太はまたなと言って自分の席に戻っていった。大内もふらふらしながら席に着いた。
 本当に気分が悪そうだ。眠れないほど、今日が嫌だったと言っていたが、大丈夫なのだろうか。僕には彼の状態がわからない。
「亮太、今度は何やらかすの?」
 前の席から亜紀が振り向く。亜紀も亮太も僕も幼稚園から一緒に通っていたので、お互いのことはたいてい知っている。
「血を流すんだってさ」
「はあ!?バカじゃないの? まさか生理の真似ごとがしたいって言うんじゃないでしょうね」
「そんなことは……」
ないと思うと言いかけて
「そうなのかなあ」
と言ってしまった。
「困ってるわね。もう嫌だと思ってるでしょ」
「別に思ってないよ」
「翔君らしいよね。まあ、がんばってね」
 亜紀は前を向いた。いつのまにか社会の倉田が教壇に立っていた。僕は数学のノートをしまい、急いで社会の教科書とノートを机の上に出した。
 僕の周りが静かになった。
 脳裏には姉ちゃんの顔が浮かんでいた
 亮太のおかげで、僕は姉ちゃんのことを思い出してしまった。
 姉ちゃんもあのとき血を流していた。痛そうに見えなかった。だから僕も血がこわくないのかもしれない。でも「血を流す」という言葉にはきちんと反応してしまうらしい。
 僕はその滑稽さに一人で笑った。

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