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「かわいい」の壁

前の職場の後輩のSから、「今月末で期限の切れる食事券があるので、田口さんの誕生日祝いも兼ねてご飯に行きましょう!」という珍しい誘いが。お祝いされるのは嬉しいのでふたつ返事でOKし、先週その会合が行われた。

期限の切れる食事券というのは前職で関わりのあるお店のもので、ちょっとお得にご飯が食べられるのでこれまでも何度か食事会をしたことがあった。今回は前職で同じ部署だったメンバーに加え、久々に連絡が取れた別の後輩も来られることになり、合計で4人の食事会に。
19時半の待ち合わせ時間にお店にいたのは私一人のみ。次に来たのはいつメンOさん。次に来たのは後輩のNで、彼女は私が辞めるだいぶ前に突如として退職したので数年ぶりの再会となる。最後に来たのが今回誘ってきたSで、30分の遅刻であった。

気付けば全員前の職場を辞めていて、今はそれぞれ別の業種で働いているので、お互いの近況報告に話が弾む。Sはその日仕事で参っている様子で、聞けば男性上司とのコミュニケーションに苦戦しているよう。

「職場変えたほうがいいよ!」いつもの軽口で私は言う。だがこれには一つ根拠があった。

前の職場ではアダルトビデオを扱っている会社ということもあり、売るほうも買うほうも男性の比率が圧倒的に多かった。男性が多いということは、そこには目に見えない男性社会のルールや価値観があって、そのルールのもと仕事をしなければいけない。
例えば、男性社会の価値観には「かわいい」という言葉はない。だから「かわいい」を説明するためには、かわいいの概念や定義とは何か、何をどうしたらかわいいと感じるのか、といったことを説明するために資料が何枚も必要だった。
なぜピンク色がかわいいのか、なぜ曲線がかわいいのか、なぜこのフォントがかわいいのか、なぜこのネーミングがかわいいのか。
その概念を知ってもらって初めて仕事のプレゼンができるという状態。かわいいの説明でつまずいたら、仕事の話は聞いてもらえない。

だが転職して、社長が女性、社員大半が女性、サービスを利用するほうも女性という女性社会に入った今ではかわいいを説明する必要がない。SNSの投稿ひとつとっても「どっちがかわいいかな?」、相手をほめるときも「かわいいですね」、その他日常的に「かわいい」が使われ、使用頻度が自分比5,000%くらいに上がっている。
かわいいを説明する必要がなくなっただけではなく、女性の世界では「かわいい」がものすごく重要な判断基準になるということを転職して初めて知った。自分も女性なのに。数字や計算の上では成立することも、結局それがかわいくないと、女性は見向きもしない。

そんな話をしていたところ、後輩Nも大きく同意してくれた。彼女は今女性向けのゲームを作っていて私と同じように女性の多い環境で働いていて、似たような経験があったようだ。

男性社会の中でなんとか努力して身を立てていかなければいけないというこの世のつらさを何年も感じていたが、横に目を向ければ女性だけの社会も成立していた。私はそれだけで気持ちが軽くなった。Sとは一緒につらい仕事もたくさん経験してきたので、もっと楽に生きてほしい。エゴだとは思うが。

その日はサラダバーもおかわりして、デザートまでしっかりいただいて、お腹いっぱいで帰宅した。次の食事会のときには各々がどんな状況になっているのか、自分も含めて楽しみである。

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