モモコのゴールデン街日誌シーズン2第4話「オレのポリシー」
仲間がまたやらかした。
生きのびることだけが、オレの仕事だ。巣はつくらない。その日、寝られるところで寝る。
あいつは、そんな自由気ままなオレの仕事の邪魔をしやがった。
デカい白いコンビニのビニール袋の中身を瞬時にお菓子と判断し、袋に穴を開け、さらにその中に入っていた「じゃがりこ」の箱を、あいつは破って、中味を食べた。
オレだってそれくらいはできるよ。だけど、絶対にしない。
オレからすると、なぜ「じゃがりこ」の「箱」なのか?ということよ。
人間がまだ手をつけていない食べ物だろうが。
そんな目立つことをすれば後々、オレらの活動範囲が狭められるということを、あいつは分かっていない。
オレは基本的に落ちている食べものだけをいただく。
ゴールデン街にいる人間は、酔っているのでだらしなく、床に柿ピーやポテトチップスをよくこぼす。
といっても、落ちたもの全部いただくわけではない。そもそも、営業中にフロアをうろちょろして見つかるほど、オレは間抜けではない。
ここで働くバーテンダーたちは、みんな、朝、店を閉める時に、床に落ちたごみは、ほうきできれいに掃除する。
しかし、ひと粒、ふた粒の柿ピーなら、椅子のはじの見えないところに、くっついたままだったりする。
オレらは現代の、都会派のねずみだが、昔のねずみは、山で草の種などを食べいたそうだ。あとは虫を捕まえたとも聞く。
草の種はカロリーが低いし、虫は動くので捕まえる技術がいる。
それに比べて、今の時代は、高カロリーのお菓子を拾って食べるだけで生きていくのには十分だ。なんていい時代に生まれたことか。
袋ものを狙う場合も、食べ残しのゴミだけと決めている。新しい商品に手はつけない。
それがオレのポリシーだ。
「かじり」がバレると、人間はビニール袋ごと全部捨てる。衛生面で問題があるからだ。さらに、アルコール消毒液を大量に使い、部屋中の掃除をする。
人間にとって、大変な労力となるのだ。
だから、最終的に決断が下される。
オレらを殺そうとしはじめる。
毒入りのえさ、粘着シート、箱型のねずみ取りなどが置かれる。
オレの場合、先代からさんざん注意されて育ったし、亡くなった仲間を何度も見たから、そういう仕掛けに引っかかることはない。
見ればすぐに分かるので、その店に立ち寄ること自体を避ける。
先週あいつが、新品に手をつけた場所は、3番街のソワレだ。
ここは食べもの屋ではないし、床に菓子が落ちていることも少ない。
しかし、オレはたまにここを、暖を取る場所として利用していた。
ゴールデン街の店は、どこも壁が薄くて寒いが、冷蔵庫の裏側だけは暖かい。
入り込めるルートがあれば、そこで暖を取る。凍え死には避けたい。
明け方の、太陽がまだ登る前、街はいちばん冷え込む。ソワレはちょうどそんな朝5時に店を閉める。
店じまいを済まし、従業員が帰るのを見計らって、店に忍び込み、暖を取り、柿ピーが一粒でもあればいただく。それがオレの朝のルーティンだ。
オレは危険を犯してまで、贅沢をしたいとは思わない。
地味だが、気楽で、安全で、長く続けられる。そんな仕事の方が気に入っている。
しかし「じゃがりこ事件」のために、オレのルーティンが続けられなくなりそうだ。
事件の後、土曜日にカウンターに入っているモモコという女は、ドアの隙間や、壁の穴を徹底的に調べ始めた。
モモコは、いろんなねずみ対策グッズをアマゾンで注文したようだ。
まず、スチールウールを壁の隙間という隙間に詰めはじめた。
ちなみに、いくら達人のオレでもあんな細い隙間は通れないのだが、モモコは疑わしい場所ならと徹底して埋めていた。まるで検討ちがいで、お気の毒様よ。
次は、エアコンのホースが壁から出ている隙間を、パンチングメタルシートとガムテープで閉じた。これは大当たり。メインではないが、オレが、たまに使うサブのアクセスルートだったから。
金属で防がれると、オレらにとっては突破が難しい。木材やモルタルなんかは、かじればなんとでもなるが、いくらオレの強い前歯でも、メタル系は無理だ。悔しいが、してやられた。
その他にも、トイレの天井から電球のケーブルから吊り下がっている穴、古い水道管が出た壁の隙間、カウンターの木材と壁の板が交差する隙間、などもがっちり埋められた。
スチールウールもメタルシートも入らないような小さな隙間は、粘土質のパテで埋められた。
パテは柔らかいから、簡単にかじれるが、オレはこれが大の苦手だ。歯にくっつくので、すんごい気持ち悪いのだ。
モモコはそういうことも、グーグルで検索して調べあげているようだった。
そうやって、オレのアクセスルートは次々と閉じられた。
驚いたのは、モモコはオレを殺そうとはしないことだ。
すんごい信心深い仏教徒なのだろうか?単に死体を処理するのが気持ち悪いのだろうか?
まあどっちでもいい。
オレは引っかかることはない。オレは死なないよ。
ただ寄りつかなくなるだけさ...と教えてあげたいが、オレは人間の言葉は出来ないので、たまにチューチュー声を出すくらいだ。
声を聞くと、モモコは慌てて「ねずみの見張り番」というスプレーをあちこちに噴き始める。「ねずみの苦手なミントとネコの匂いのスプレー」らしいが、あんなものはオレには効かない。
モモコはねずみ駆除の素人だ。子ども騙しの方法しか知らない。
すべてを埋めたつもりだろうが、アクセスルートなんて、いくらでもまだ開拓しようがあるんだよ。
しかし、オレはもうソワレに立ち寄るのは辞めるつもりだ。
モモコも気が変わって、いつ毒エサを置き始めるかもしれないしな。
「じゃがりこ事件」を起こしたあいつは、懲りもせず行くだろうか?
あいつはオレと違って、頭がすんごい弱いので、モモコみたいな素人でも、追い出されるかもしれないな。
まあ、未来のことは分からない。
オレも今年の冬の寒さによっては、仕方なく、冷蔵庫の裏の確保に困ったら、またお世話になるかもしれない。
しかし、とりあえず、今後しばらくはやめておく。
とりあえず、年越しはできたよ。
オレ、おめでとう。
ハロー、2025年。
さてと。
今年の目標は何にしよう?
事件を起こしたあいつのような若い連中への教育でも、そろそろ、やるか⁈
人に何かを教えるなど考えたこともなかったが、オレもだんだんそういう歳になったのかもしれない。
歴史あるゴールデン街の文化を絶やさぬために、がんばってやるか。
なーんちゃって。オレらしくもないが、まあいい、正月だし、思いつきを言っただけ。
では、今年もよろしくお願いいたします。
謹賀新年、チューチュー。
🐭
寒念仏この世のままに高野山 夜桃