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モモコのゴールデン街日誌 「桜」4月18日

「今日忙しかったですか?」

お店が終わったあと、G1通りのヒロシ君のお店で、そこの常連さんである他のバーのママさんに聞いてみた。

「まったく!今日はずっとこの人の貸し切り状態よ。そんな忙しかったの?まったく羨ましいよねえ!」

と隣りにいる一緒に来た自分のお客さんに話しかけるママ。

そうなのか。

ソワレは一階の角にあるため入りやすい。そして私が英語対応もできるため、たまたま土曜が繁盛しているとわかった。

東京の桜が散っても関係ない。コロナ禍が開けたいま、ゴールデン街はインバウンド客が押し寄せそぞろ歩く小さなお祭り屋台のようだ。

しかし店によっては、外国人が入った途端に「ソーリー!メンバーズオンリー!」とか言われ断られることも多いと聞く。

客に媚びず、客を選ぶ。ゴールデン街はそもそもそんなところ。英語が苦手な店主はいつものキレキレの接客技を発揮できないため、絶妙な空気感が崩れてしまうのを嫌うからだ。

それは日本人でも同じで、無粋な客はきっぱりと帰れと言われることもある。なにも外国人だけが差別されているわけではない。

「繁盛はうれしいんですけど、こんなに人が来ると、コロナ禍に見かけてた常連さんが来なくなった気がするんです」

ベテランママさんならどう思うのか聞いてみたかったのだ。

「そうね、良しきにつけ悪しきにつけイメージが頭のなかのどっかに残っちゃうわけ。入りにくいなって思なると消えないからねえ。バランス難しいわよね」

私はたくさん入る外国人客を断ることはしない。その日も北欧、アメリカ、メキシコ人、ギリシャ人、トルコ人...とさまざまの国の人で夜通しいっぱいだった。

そして店じまい寸前の明け方4時半ごろ、ふらりと日本人のひとり客が入ってきた。まさにゴールデン街が似合いすぎる風貌だ。聞くと児童書の編集者だという。

「この街によくいる珍しくもない職業です。僕みたいな人よく来るでしょ?」

というが、実のところ編集者や物書きという「いかにも」な人はもはや珍しい。

さらに聞くと、渚ようこさんが生前にやっていたお店「汀」の常連さんだったらしい。渚さんが最後にお店に立っていた日の思い出話などをしてくれた。

「僕、ようこさんには最初嫌われてね。ちょっと誤解されるようなことがあったんです。だけどめげずに通っているうちに話をしてくれるようになった。ほら、他の客は音楽関係の人も多くて、業界やなんかの話しでしょう?僕だけは、日常のたわいもない話ができるからいいって言ってくれて」

店の隅にはまだカナダ人のカップルひと組が残っていた。

編集者おじさんに「この子たちはカナダから来たみたいなんです。アニメが好きなんだって」と紹介してあげた。

さっきまで、店で出会った他国の外国人とアニメの話しで盛り上がっていた。日本のアニメも一部の日本好きのオタクカルチャーではなくなってきている。どの国の人とでも同世代で盛り上がれる共通の話題のようで、アニメの聖地である日本でそういう会話ができること自体が夢のようだという。あまりに楽しかったため帰りたくなさそうだ。

そして同世代ではないが、日本人がやっと入って来たので、ぜひ話しをしてみたそうだった。

カップルの男性のほうが、私と編集者おじさんに熱く語り始めたので、私はしばらく通訳に徹することにした。

「僕はアニメに励まされたんです。日本のアニメの主人公ってフクザツな想いを抱いてるんだ。悪と善のあいだで揺れ動いていたりね。僕はパキスタン系の移民でそこに共感した。物心つく前から見ていたからそれが日本のものなんて意識もしてなかった。で、ディズニーとかアメリカのアニメ見たらアレ?って。ガキっぽくて全く面白くない。戦いに勝ってお姫様を手に入れました〜とか、子ども騙しだなと思ったよ」

主人公が欧米人のように思ったことを全ては言わず、シャイなところなども現代的だと感じ、日本やアジア独特のふるまいも違和感なく理解出来たと語る。

編集者おじさんも職業柄、アニメ作品には詳しかった。彼らが好きな作家のうら話や、おすすめの上映中のアニメ映画なども教えてあげて、通訳を交えてではあるが、話しは大いに盛り上がった。

彼女のほうも、中華系移民のカナダ人。同じく熱く語る。

「子どもの頃、日本スタイルの少女漫画の作家になりたかったの!キャラもストーリーも自分で考えて、本気でたくさん描いてたのよ。だけど、『移民系“あるある”』でね。移民の親って自分達の子には社会的ステータスをつけたがるから進学して医者か弁護士になるか、大企業に入れって言われてその夢は叶わなかったんだけど」

現在はMicrosoftに勤務しており、最新のソフトウエアやアプリの開発をしているらしい。彼のほうも有名な世界的IT企業で働いているという。

彼らに限らず、昔のゴールデン街によくいたという書籍編集者の代わりに、今はIT企業に勤めるお客が圧倒的に多い。それは外国人でも日本人の若い客も同じだ。

朝5時になったので「もう閉店します〜」と3人を店から出そうとすると、カップルは名残り惜しそうに、編集者おじさんに聞く。

「インスタグラムのアカウントはありますか?Facebookは?」

おじさんは最後に、今度は私の通訳なしで彼らに話しかけた。

断片的に、英単語をならべてゆっくりと。
自分の胸と相手の胸を指しながら、ほほ笑んでいる。

「No、SNS。If 、You、Here? You ?  Come?  Here?
Me 、You、Drink、Next time!」

SNSで繋がるのではなく、この店にまた来なさいよ、その時また一緒の飲みましょう、それがゴールデン街式だよ、と言いたいのだ。

カップルも、言いたいことがわかったらしく、うんうん、とひとつひとつの英単語に頷きながら、おじさんの目を見つめていた。

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桜とはなにか知らずに見てみたい 夜桃

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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