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私たちはまだ恋をする準備ができていない #29 Satomi side

アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。社内には内緒で同棲開始。それを知らない琉生の後輩、志田潤はさとみにアプローチしている。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけますが、今回の話は#26と28の続きです。まだお読みでない方は、合わせてどうぞ。

私は志田くんの勢いに乗せられて、のこのこ付いてきてしまったことを激しく後悔していた。志田くんが両腕を掴んだ。このまま力づくで、どうにかされてしまうかも、と思った。

「・・・キスしてもいいですか?」

「絶対、ダメ・・・」

私は泣きそうになりながら、声を振り絞った。手首は固定されていたが、顔と身体を背けて、全力で拒否した。

「・・・ごめんなさい」

少し沈黙の後、志田くんは素直に謝って力を緩めてくれた。

「強引だよね、志田くんはいつも」

責めるつもりはなかった。なのに、責めるような言い方になってしまった。

「ごめんなさい」

二度目の志田くんの謝罪で、我に返った。急な展開とはいえ、あまりに露骨な嫌がり方をしてしまった。予期しなかったとはいえ。

・・・予期してなかった?いや、彼が私に好意があるのはわかっていたはずだ。なのについてきたのは自分の責任。

「私も・・・ごめんなさい」

独り言のようにわたしの声が漏れた。志田くんの顔が見られない。

「ごめんなさい、ちょっと理性が飛んでました」

志田くんがいう。ううん、違う。志田くんのせいだけじゃない。

軽率に付いてきたこと。期待させてしまったこと。そして傷つけてしまったこと。

私も悪かったと思う。志田くんがあまりに無邪気に好意を寄せてくるから、いつの間にか男の人ということを忘れてしまっていた。

そっと顔だけ志田くんに向けると、志田くんも、今まで見たことがないような、悲しそうな顔をしていた。

「私が・・・ついてきちゃったから・・・思わせぶりだったよね」

「ちがっ・・・それは違います。全面的に俺が悪いです。すいませんでした」

志田くんが膝に顔が付くかと思うほど、頭を下げていた。

私もそれ以上、なんて言っていいかわからなくて、頭を下げた志田くんを見ていた。しばらく私も何も言えなかった。

どれくらい時間が経ったのだろう。数十秒かもしれないが、とても長い時間沈黙していた気がする。

「あの・・・もう、いいよ。・・・会社、帰ろう?」

頭を下げたままの志田くんが気の毒になって、私が促す。

「そうっすね・・・帰りますか・・・」

志田くんは私から目を逸らしたまま、エレベーターに向かった。

それから、車に向かうまでもずっと沈黙していた。

再び助手席の扉を開けてくれた志田くんに、行きのような笑顔はなかった。

無言で車を走らせる志田くんに、なんて声を掛けていいかわからない。

ただ、会社に着いてしまうと、ちゃんと話せる機会が見当たらなくなってしまう。今、言わなきゃと思った。

「志田くん」

志田くんは返事をせず、ハンドルを握って前だけを見ていた。

「私、彼と結婚を考えてるの」

志田くんは黙っていた。

「歳も歳だし、彼とは真剣に交際してるつもり」

仕方ないので志田くんに返事は期待せず、私は続けた。

「この前の週末から一緒に住んでるんだけど」

「え?」

志田くんが驚いたような顔でこっちを見た。その驚き方に私のほうがびっくりした。そのタイミングで信号が赤に変わり、キュッと車が止まる。

「えっと、いや、まだ同棲は始めたばっかりなんだけどね」

赤信号で止まっている間、志田くんはさっきと打って変わって、こっちをじっと見つめている。私のほうが気まずくなって視線を外して、続けた。

「でも結婚を前提としたお試しというか。だけど、もう若くないから、多分このまま何も障害がなければ、結婚に進んでいくんだと思う。だから若い子たちみたいに恋愛を楽しんだり、いろんな人と付き合ってみたい、っていう気持ちはなくて、今の人を大事にしたいの」

私は意を決して、思っていたことを全部言った。伝えたいと思っていることはこれで全部だった。

ふーっと志田くんがため息をつく。

「ごめんね・・・」

信号が青に変わり、ゆっくりと車が動き出す。

「俺、何やってるんだろ・・・」

志田くんがぽつりと言った。

「全部、わかりました。なるほど。そーゆーことですね」

志田くんの答えにちょっと安堵しかけた私は、そのあとの言葉に倒れそうになった。

「焦り過ぎてました、俺。いろいろ、わかったんで、作戦練りなおします。今日のことは、ほんと、すいませんでした!とりあえず、今日のことは全部忘れてください!出直してきます!」

「さ、作戦?出直す?」

き、聞いてた?さっきの、私の言葉。私の脳内に「?」が飛び交う。

「次、デートする機会があったら、絶対さとみさんの唇奪うんで、覚悟しといてくださいね」

「志田くん?!聞いてた?」

「あ、会社着きましたよ。ドア開けますね」

志田くんはさっと車から降りると、私側のドアを開けてくれた。

「“琉生さん”には今日の事内緒ですよ。俺、まだ殺される気ないんで」

「え、それってどういう・・・」

琉生の名前に力がこもっていたような。いつものさらっとした感じじゃない気がした。そんな疑問を持っている私を置いて、志田くんは運転席に戻っていった。さーっと助手席側の窓が開く。

「じゃ、俺、駐車場に車、停めて来るんで先入っててください」

志田くんはウインクをして、さーっと会社の裏にある駐車場に向かっていった。

私は、最後の言葉が気になって、すぐに会社に入る気になれなかった。しかし、数分経っても志田くんは戻ってこない。裏口から入ったのかもしれない。仕方なく私も中に入ることにした。

*** 次回は2月10日(水)15時ごろ更新予定です ***

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