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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #88 Satomi Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。さとみは出張の時に手配ミスで、潤と同じ部屋に泊まることに。身体の関係があったわけではないが、琉生には言えず罪悪感を抱えている。
琉生にあの出張の日、潤くんと同じ部屋に泊まったことは言えないまま、1週間が過ぎた。
潤くんはあんなことがあったのに、態度はいつものままだった。
「あれ、コーヒーいらないの?」
琉生は私が先に淹れたマグカップのハーブティーを見て、言った。
「うん。朝はこっちのほうが、調子良いみたい」
「そうなんだ」
琉生の反応はあっけなかった。そのまま、いつものようにベーコンエッグを食べ、トーストをかじっている。そうか、そんなもんなのか。私は片手でスマホをいじっている琉生を見ながら、拍子抜けしていた。
同棲前から、琉生に合わせて朝食はコーヒーを飲んでいたのに。それは私が気にしすぎだったのか。
出張の日、久しぶりに朝食バイキングのドリンクバーでハーブティーを飲んだら、一日調子が良かったのだ。
***
同じ部屋に泊まった日。潤くんになにかをされるかと思っていたが、何もなかった。普通に起きて、普通に身支度し、二人で朝食バイキングに向かう。
「あー・・・さとみさんと朝食が食べられる日が来るなんて・・・」
向かい合った席で、潤くんが勝手に感動している。確かにあまりないシチュエーションだとは思うけど。
「今日の総会、何時からでしたっけ」
「10時からだけど。8時半には会場集合なんだ」
「じゃあ、そろそろ出ないといけないですね」
潤くんがさりげなく、空になった器を下げにいってくれた。本当にこの子はさりげなく、身の回りのことをしてくれるんだな。女性の扱いに慣れているのか、本当に気が利くのかはわからないけど。
「さとみさん。なんかあったらいつでも相談してくださいね」
別れ際に潤くんにそう言われた。
そんなにしょっちゅう、相談することもないだろう。ただ、相談出来る“男友達”がいることはちょっと頼もしかった。昨夜はおでこにキスされたけど。
私は潤くんの好意を悪用しているんだろうか?
「さとみ?」
琉生の呼びかけで、私は我に返る。
「近頃、ぼーっとしている時多いよね。仕事、大変?」
「ん?ううん。そんなことない」
気がつけば、最近、潤くんのことを考えている時間のほうが増えている。琉生との会話が疎かになってはいけない。私は琉生といるときは、琉生に集中しようと思った。
「そうだ、今日、フラワーアレンジメントの、対面の授業なの。帰り遅くなるけど大丈夫?」
「ああ、言ってたね。俺もそれに合わせて残業しようかな。終わったら合流して、飯食いにいこう」
「うん、そうしてもらえると助かる」
「OK。終わったらLINEして」
「うん」
琉生も、潤くんとは違うけど、優しい。本当に私を大事にしてくれているのは伝わってくる。きっと結婚してもうまくやっていけるはずだ。
私は、結婚が出来ない理由ではなく、出来る理由を探そう、と思った。
***
「こんばんは」
私は貸し会議室のドアを開けると、数人の女性が見えた。
「佐倉さんね、はじめまして」
私より少し年上そうな女性が、講師だった。私は空いている席に座る。
先に来ていた女性たちは、以前から習っている人のようで、再会を喜び合っているようだった。私以外は5人。20代から40代手前、という感じだろうか。どの人も、自分の身の回りにはいないタイプの、お嬢様というか、華やかな印象の女性たちだ。
なんとなく居心地の悪さを感じた。
2ヶ月前から習い始めた、フラワーアレンジメント。入会オンラインの授業から、対面のレッスンが再開されたので、来てみたのだが。
この空間は・・・合わないかもしれない。
講師が説明し、言われたように活けていく花。の、間にぺちゃくちゃとおしゃべりをする女性たち。ああ、花もそうだけど、この人達はおしゃべりをしに来ているのだな。カルチャースクールという場所はそういう場所なのかもしれない。
「あら、佐倉さん。すごく素敵に活けられているわ。センスいいわね」
講師の女性が、私をわざとらしく褒め上げる。
「本当!素敵」
「初めてとは思えない。どこかで習ってたんじゃない?」
「私たち、長く習ってるけど、それだけだから~」
周りの女性達もキャッキャと騒がしい。
課題のアレンジメントが終わり、講師から講評をもらって終了だった。確かに自分で言うのも、なんだが、数年習っている人のアレンジより、私のアレンジのほうがキレイに見えた。
講評のときも、素敵、キレイ、可愛い、とお互いの作品を褒め合う女性たちに辟易する。
荷物をまとめていると、講師に声を掛けられた。
「技術だけ学びたいなら、今まで通りオンライン講座でもいいのよ」
「・・・・はい」
つまらなそうなのが、顔に出ていたのかはわからない。が、明らかに“別に合わないならここに来なくていい”という態度が透けて見えた。
私もそうするつもりだった。共通の趣味で友達が出来るかも、という淡い期待は崩れた。合う人がいるなら、友達になってもいいが、そうでないなら、技術を学んでディプロマさえ貰えればいい。
「ありがとうございました」
私はもう会わないかも知れない講師に、丁寧に頭を下げた。
私は会議室を出ると、急いで終わったという琉生にLINEをした。
「近くで待ってるから。ゆっくりでいいよ」
琉生も、いつも優しい。私は上手く、やっていけるはずだ。
私はフラワーアレンジメントの紙袋の紐を持ち直し、琉生のところに向かった。
*** 次回は6月28日(月)15時ごろ更新予定です ***
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