私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #151 Jun Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係をもってしまう。さとみのフラワーアレンジメントの教室の展示会の後、志田と二人で食事をしていたことが琉生にバレ、志田は琉生に殴られ、さとみは琉生に別れを切り出した。
「痛ってーなー、もう」
琉生さんに、マジ殴りされた。こんな漫画みたいなことあるんだなあ。結構貴重な体験?将来、武勇伝で語れるかも?あまりにもドラマチックな展開すぎて、俺は笑ってしまいそうになるのを堪えていた。
乗り換えのついでにターミナル駅で降り、ドラッグストアに寄る。
自宅近くの店はもう閉まっているが、この駅ならまだたくさんの店が開いている。家には応急手当をするものなんて、なんにもない。俺は、絆創膏と冷やすシートを手に取ると、レジに並んだ。ターミナル駅のドラッグストアだけあって、レジ激混みだ。3人いる店員も、ガンガンさばいているが、長蛇の列。
「あれ?」
3人くらい前で会計が終わり、レジを離れた女の子の横顔が由衣さんに見えた。
「由衣さーん!?」
振り返った女の子はやっぱり由衣さんだった。
「な・・・なんで・・あんたがここに・・・」
口をパクパクさせている、由衣さんは、俺ががっつり殴られた後の顔だとわかって、近づいてきた。
「どーしたの、その顔」
「琉生さんにやられました。へへっ」
俺は絆創膏と冷えるシートを見せた。
「へへっ、じゃなくてさ」
「お次の方、どうぞー」
レジの人に呼ばれたので、俺は慌ててお姉さんの元に駆け寄り、会計を済ませた。
「大丈夫ー?」
「あ、まあ、痛いですけど、ヘーキだと思います」
「でもあんた、その顔で電車乗ってきたわけ?」
「はあ。え?そんなひどいですか」
「鏡見てないの?」
由衣さんが化粧ポーチから鏡を出して、見せてくれた。
「うわ、ひどっ」
左の頬がびっくりするくらい、赤と青と紫に変色して腫れている。
「ちょっと、どっかでソレ貼ってあげるって」
「あー、じゃあ、どっか座れるとこ、行きます?」
俺は24時間やっているファストフード店に心当たりがあったので、由衣さんを誘った。
「志田んち、行ったらだめ?」
「えええ?」
斎藤部長と、またなんかあったのか?ファストフード店や店では話づらい事なのか。
「だめじゃないですけどぉ・・・セフレは解消したんで、そーゆーことはしないですよ」
正直、さとみさんにフラれ、エロさもなにもかも気力を失った感じがする。
「私だってするつもりないわよっ。殴られてそんな顔になってるヤツ」
仕方なく、俺は由衣さんを家に連れていくことにした。
最寄りのコンビニに寄ったが、由衣さんは温かいお茶を一本買っただけだった。
「あれ、ビール飲まないんですか」
「うん、まあ、今日はいい」
いっつも飲んでクダ巻いてるくせに・・・。シラフで喋りにくいなと思い、俺のほうがビールを二本、カゴに入れた。
***
「なんで琉生に殴られたわけ?」
俺の家に着くと由衣さんは勝手知ったるナントカで、どかっとベッドに腰かける。
「ここ、座んなよ。シート、貼ったげる」
由衣さんは、さっき買ってきた冷えるシートを躊躇なく開けて、剥離シートを剥がす。
「うーん、さとみさんと手ぇつないでるとこ見られて・・・多分全部悟られたってかんじっすね」
ぴたっとシートが頬に貼られ、ひんやりとした感触が伝わってくる。
「あー・・・ご愁傷様。で?2人は?」
「帰しましたけど」
「別れそう?」
「ワクワクしながら訊かないでくださいよ」
俺は、ちょっと口ごもりながら、言った。
「さとみさんからは琉生さんと別れるって聞きましたけど・・・」
「へえ!よかったじゃん、じゃあ、今頃別れ話だ!あんたもハッピーじゃない?」
「いや、それが、そうも行かないんですよねー」
「なんでよ」
俺はさとみさんから聞いた話を言ってもいいのかわからず、黙っていた。
「由衣さんこそ、あんな時間に何してたんですか?斎藤部長のところ帰らなくていいんですか?」
由衣さんはしばらく黙っていたが、口を開いた。
「・・・・・トイレ、借りてもいい?」
「え?あ、どーぞ。っていうか、いつも勝手に使ってるじゃないですか」
「いや、そーなんだけどさあ。コレ、やってもいいかな」
由衣さんがバッグから取り出したのは、妊娠検査薬だった。
「ええええええええええええええええええ」
俺は今年一番のデカい声を出してしまったと思う。
「それ・・・買ってたんですか、さっき」
「うん。ホントは実家帰って、1人で見ようと思ったんだけど。なんか、どっちでも1人だったら落ち込みそうで」
由衣さんは、妊娠検査薬の箱からアルミの袋を取り出すと、躊躇なく検査薬を取り出した。本物・・・初めて見たわ。
「それこそ、斎藤部長んちでやるべきじゃないんですか?」
「出来たら、やってるわ!!」
だから、今日、ビール買わなかったのか。合点がいったけど、複雑な気持ちになる。
「うーん・・・いいですけど・・・俺、どっちでもどういう反応していいかわかんないんですけど」
「別に。見守ってくれたらいいよ、それで」
「はあ。じゃあ、どうぞ」
俺はとりあえず、どういう顔をして待っていたらいいのか分からず、二本目のビールに手を付けた。
ジャーっと水を流す音が聞こえ、由衣さんが出てきた。
判定が出る部分は片手でギュッと握っていて、見えない。
「これって、結構すぐ出るんだよね。1分だって」
そういえば、由衣さんは経験者だった。
「妊娠してたらどうするんですか?」
「してないよ。ちょっと遅れてるだけだから、念のため」
「でも、ここんとこ、最近体調悪そうでしたよね、ずっと」
「忙しかっただけだし」
「現実逃避しないでくださいよ。妊娠してたら、ここに斎藤部長呼びますからね」
「もう24時だよ?」
「もう1分経ってるんじゃないですか」
「え、まだだと思う」
「経ってますって。俺、見てたもん、時計。手、開けてください」
「やだ」
「由衣さん!」
由衣さんが、渋々、手を開く。
そこにはくっきりと2本、青い線が出ている検査薬があった。
***
「悪かったな、志田」
やだ、と言われるまでもなく、検査薬の線を見た由衣さんはそのまま倒れてしまい、結局俺が斎藤部長を呼ぶ羽目になった。
タクシーで駆け付けた斎藤部長は、由衣さんを抱きかかえて帰っていった。
由衣さん、どうなるんだろう。
学生の頃、ヤリ逃げされ、中絶した過去を聞いているが故、少し心配になった。
斎藤部長もさすがに妊娠していたら、責任取ってくれるだろうけど・・・。
はあ。
俺は大きくため息をついた。
いやいや、由衣さんに全部持ってかれそうだったけど、俺だって、今日さとみさんに別れ話をされ、琉生さんに殴られてて、まあまあ辛い一日だったんだけど?!
俺は今日起きた出来事を反芻しつつ、風呂に浸かる。
さっき由衣さんが貼ってくれた冷えるシートがはがれてきたので、俺はぎゅっと頬を押さえた。
さとみさんも俺の事、好きって言ってくれてたじゃん。俺と話すときも楽しそうに笑ってくれてたじゃん?
なのに、なんでダメなんだろう。俺、いつまででも待つのにな。
明日が土曜日だったらいいのに、普通に平日だ。琉生さんとも顔を合わせる。どんな顔で会ったらいいんだろう。
むしろサボろうか?
悶々としながら、なんとかサボる段取りをシミュレーションしてみたが、斎藤部長の退職もあり、スケジュールがギチギチなのであきらめざるを得ない。
「しゃーない!寝るか!」
俺はわざと大きな声で独り言を言って、風呂から上がった。
***次回更新は明日を予定しております***
雨宮よりあとがき:クリスマス前なのに、酷い展開ですみません。もう少しで最終回なので、最後まで読んでいただけると嬉しいです。
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