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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #28 Jun side

アラサー・アラフォーが恋をしたくなる小説。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳。社内には内緒で同棲開始。それを知らない琉生の後輩、志田潤はさとみにアプローチしている。
※毎回1話完結なのでどこからでもお楽しみいただけますが、今回の話は#26の続きです。まだお読みでない方は、合わせてどうぞ。

「営業車ですけど、ドーゾ」

俺は助手席のドアを開けると、さとみさんを促した。

「あ、う、うん」

さとみさんは優柔不断というか、おっとりしてるから、こちらの押しの強さは大事だ。

さとみさんが乗り込むのを確認して、俺はドアを閉める。

運転席に座って横のさとみさんの顔を確認する。この憧れてたシチュエーションがこんなにも早く訪れるなんて!(営業車だけど)

「2時間で、どこいくの?」

さとみさんが恐る恐る聞いてくる。俺は苦笑した。

「いや、さすがに俺も就業中にどっか連れこんだりしないっすよ」

「そ、そんなことを思って聞いたんじゃないけど!!」

「期待されてるなら・・・」

俺はネクタイを緩める真似をした。

「違います!」

さとみさんが真っ赤になって怒る。可愛い。

「えーっとぉ。勢いで連れだしちゃったんですけど、実はあんまり考えてないんですよねー。ドライブしますか」

「ドライブ・・・」

さとみさんがうつむく。

「仕事のこと考えてるでしょ」

「うん、だって」

どーせ会社に居る人たちは真面目に仕事してるのに、とか思ってるんだろうなあ。

俺は車を発進させると、するりとビル街を走らせた。いつもは車がいっぱいだけど、殆どいない。営業車を運転してることを忘れそうな、すがすがしさだ。

「さっきも言ったけど、そんなの適当にしといたらいいんですよ。やることないのに会社に居てもしょうがないじゃないですか」

赤信号で止まったタイミングで、俺はさとみさんに話しかけた。

「でもそれでお給料もらってるわけだし」

「会社に拘束されてる代?」

信号が変わって、俺はゆるやかにアクセルを踏んだ。

「そういう言われ方は嫌だけど・・・」

さとみさんの顔が曇る。

「うーん、俺はそういうの無理だから、営業になったんで、わかんないですねえ。決まってることはもちろんするし、数字上げるためにすることはするけど、、、別にやることちゃんとやってて、空き時間が出来てたら、そこをわざわざ別のしなくてもいいことで埋めなくてもいいんじゃないかなと思ってます」

「職種の違いだね」

さとみさんが組んだ指を見つめてる。真面目だなあ。俺は頭の中で息先のルートを思い浮かべながら、ハンドルを切った。

「そっすね」

俺はちょっと言い過ぎたかな、と思って冗談めかしたフォローを入れた。確かに営業と総務は全然仕事の内容もスタイルも違うから、仕方ないのかもしれない。

いきなり真面目なさとみさんにこんなこと言っても、理解しづらいだろう。

「明日出来ることは、今日するな。俺の名言です」

「すごい名言・・・。私は明日どころか来週の分もやっちゃうかも」

さとみさんがちょっと笑った。やっと笑ってくれた。俺は調子に乗って、続けた。

「もー、だからさとみさん忙しいんじゃないですかー。総務って期日決まってること多いでしょ?だったらその日に間に合えばいいんですよ」

「でもイレギュラーな仕事が入って、その日に間に合わなかったら困るし」

また、さとみさんが眉をしかめる。

「そのイレギュラーな仕事って、雑用がほとんどでしょ?それって、前倒して仕事してるから空き時間が出来たさとみさんに仕事が回ってくるんじゃ」

「う・・・まあ、その通りかも」

「今は空き時間ですからね!1週間のうち、2時間くらいサボったってどうってことないです」

俺は心当たりのあるコインパーキングに入った。

「ここは?」

「この横のビル、展望室あるんですよ。知ってました?」

「そうなんだ、知らなかった」

俺はさとみさんを促すと、ビルに入った。

「無料で入れるんで、息抜きにいいですよ」

1階はカフェになっているビルだが、人はまばらだった。

俺はエレベーターのボタンを押して、周りを見渡した。普段であれば、俺のようにサボりの営業マンと一緒になったりするのだが、しばらく待っても誰もエレベーターホールに来なかった。

チン、とエレベーターが到着し、二人で乗り込む。最近はあちこち空いているせいで、まるでこの世界に俺とさとみさんしかいないような錯覚に陥る。

俺は最上階のボタンを押す。ドアがゆっくり閉まると、エレベーターが上昇し、Gを感じた。

「すごい、早いね」

さとみさんが階数を示す数字を見て、驚いている。

「このエレベーター、すごく早くてあっという間に着くんですよ。デートでこういうところ来ません?」

「うーん、あんまり・・・私たちは家で過ごすことのほうが多いかな」

“私たち”という表現にちょっと胸がチクっとした。俺は茶化してさとみさんにすり寄る。

「いいなあー。さとみさんとお家デート。俺もしたいです」

露骨にカバンで遮られる、俺。そこまで嫌がらなくても・・・冗談なんですけど。

「ダメよ」

さとみさんの返事と同時にエレベーターのドアが開いた。本当に最上階まであっという間だった。

「わあ」

目の前に広がった景色に、さとみさんが驚いている。俺は誇らしくなった。

「すごいでしょ」

この展望室は周りのビル群と遠くは海まで見える、すごくいい立地。

今日は天気がいいから青空がどこまでも広がっていた。午後の陽がビルと遠くの海に当たって、キラキラしている。

ほぼ360°見渡せるこの部屋だったが、俺たちの他には誰もいないようだった。

「貸し切りだね」

さとみさんが室内を回りながら言う。いつも来るときは、最低でも2,3組はいるところ、誰もいない。

「夜景も綺麗なんです」

「デートで、来てたの?」

さっきの仕返し、とばかりにさとみさんが冗談めかして言ってきた。俺は嬉しくなった。だってまたちょっと距離が近くなった感じするじゃん?

「さとみさんでもそういう返し、するんすね」

「するよー。言われっぱなしじゃ、ね」

さとみさんがクスクス笑っている。デートで、と言われて、思い返したが、そういえば誰ともここのビルは来た事がなかった気がする。

元カノのカノンとも、多分来ていない。

「俺、女の人とこのビル来たの、初めてかも」

「えー、嘘だあー」

「いや、ホントに」

さっきまでいた取引先のところから、遠くはないとはいえ、なんでここにしたんだっけな、俺。

「あっちのほう、橋見えるね!会社があるところかなー」

さとみさんが窓の外を指さしている。

「・・・」

逆光でさとみさんの顔があんまり見えない。

俺は我慢できなくなって、さとみさんを抱き締めた。なんでこんなにかわいいんだろう。

「ダメだって」

さとみさんが俺を押し返そうとする。俺はさとみさんを抱き締める腕の力を強めた。

「ほんと、ダメだから・・・」

俺の中でさとみさんが逃げようと、もがく。俺は全身全霊で言葉を絞り出した。

「キスしてもいいですか」

*** 次回は2月8日(月)15時ごろ更新予定です ***


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