私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #145 Satomi Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛で同棲中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。しかしさとみも志田のことが好きだということに気が付き、関係をもってしまう。琉生は知らず、さとみの両親へ挨拶を決行。さとみは琉生に別れを切り出せないまま、志田と二度目の身体の関係を持つ。今はフラワーアレンジメントの展示会に向けて作品作りに没頭している。
気が付くと、フラワーアレンジメントの展示会まで、あっという間だった。
もう明日が搬入。大方出来上がっているとはいえ、見えれば見るほど、細部を直したくなり、毎日ちょっとずつ触ってしまう。終わりが見えない。そろそろ箱に詰めて、周りの装飾も考えないといけないのに。
「ただいま」
「お帰り」
私は慌てて花材をダイニングテーブルから下ろした。もう22時を回っている。
「今日、カレーなの。すぐ用意するね」
「いいよ、よそうくらい俺でもできるから」
琉生はさっと手を洗うと、テキパキとお皿を出して、盛りつけてくれた。
私は冷やしてあったサラダを冷蔵庫から出す。
「ごめんね、最近、簡単なものばっかりで」
仕事は毎日定時で終わるのだが、琉生との夕飯の支度をするのが苦痛になってきた。
ごめん、と言いながら、疲れた態度というか雰囲気に出ていたんだろう。
「無理して飯作らなくていいよ。俺、なんか買ってくるし」
琉生に気を使わせてしまった。私は自己嫌悪に陥る。
最近は、具沢山のスープや、カレー、シチューなど、材料を入れておけばあとはほったらかし、という料理が増えてきていた。
「ごめん・・・私がに余裕なくて」
「なんで?さとみがやりたいことができたんだし、応援してる。むしろこっちが飯の心配までさせてごめん。ほんと、明日とか作らなくていいから」
琉生はカレーを口に運びながら、笑顔で言ってくれる。
「うん・・・明日は搬入だから、遅くなると思う」
「そっか。教室の人たちと飯とかいくの?」
「わかんない・・・誘われたら行くかもしれないけど・・・そんな雰囲気になるかな」
私だけ、ずっとオンラインレッスンにしている。あの教室の雰囲気に溶け込めそうになかった。
「そっか。俺はいつも通り残業してるからさ、飯行けそうだったら、さっとどっか行こう。終わったら、連絡して」
「うん。ありがとう」
搬入がどんな感じなのかは、わからない。何時に終わるのかもわからない。大変なのか、置くだけなのか。ホテルのロビーが会場、というだけで緊張してくる。
私は、イマイチ決まらない、作品を横目で見ながら、小さくため息をついた。
***
搬入の時間は夜からだったので、仕事の有給を取るまでもなかった。
普通に仕事をして、仕事帰りにロッカーに預けていた花をピックアップし、展示会場となる、外資系のホテルに向かった。
「あら、ホテルの人かと思ったら、佐倉さんじゃない」
ホテルの入口から階段を上がろうとすると、名前を呼ばれた。振り返ると、同じ教室にいた女性がいた。
「あ・・・搬入っていうのが、どういうのかわからなくて・・・汚れたら困るかなと思いまして」
黒いパンツと黒いタートルで来てしまったのが、ホテルの従業員に見えたのか。私に声をかけてきた女性~イイダさんは、年は50代くらいだろうか。ただ、マダム、といってもいいくらい華やかなワンピース。それに、たっているだけで大変そうな高いピンヒール。
ここではない、有名ホテルの大きな紙袋から、花が覗いている。
「ああ~。搬入って言ってもこんなの、置くだけだから。すぐ帰れるわよ」
「そ、そうなんですね」
イイダさんは、私をさっと追い抜くと、先導するように前を歩いて行った。ドアマンの人が軽く会釈をする。イイダさんはそれに応えるように、にこっと笑うと、中に入っていった。私はまごまごと、ドアマンの人に会釈を返す。ああ、やっぱり場違いだった。なんで、出展するなんて言ってしまったんだろう。
そのままイイダさんについていくと、ずらっと床にアクリルのケースがならび、その横にステージになるような台も並んでいる。んだロビーがあった。搬入開始と聞いていた時間前だが、すでにたくさんの女性が集まっている。
どの人も、私のように「汚れてもいい格好」の人はおらず、今日はパーティーなの?というくらい華やかな服装の女性ばかりだった。その中をそっとかき分けて中に行く。
「わ・・・・」
すでに搬入が終えられた、フラワーアレンジメントにはガラスがかぶせられており圧巻だった。
「すごい・・・きれい・・・」
どれも、教室では見たことがないようなアレンジメントばかりだった。花の名前も、わからないものがたくさんだ。
「佐倉さん」
振り向くと、先生だった。
「完成した?」
「はい・・・なんとか。でもすごい作品ばかりで・・・出すのが恥ずかしいです」
謙遜ではなく、本音だった。私はぎゅっと手に持っている紙袋を持ち直した。
「いいのよ、これは、ホテルにいらっしゃる方に楽しんでもらうことが目的だから」
「作品はこの台に置いて。アクリルのケースに入れたら終わり。一応明日の夜、開会のパーティーと最終日の夜にコンテストの結果発表のパーティーがあるから、それは出てね」
コンテスト・・・そうだ。メールに書いてあったような気がするが、すっかり忘れていた。まあ、今年は初年度だし、見る側として楽しませてもらおう。私は自分の名前が書かれたプレートのある第に持ってきた作品をそっと置いた。そして、用意されていたアクリルのケースをかぶせた。
こういう台やケースに入れられると、少しは見栄えがするように見える。
作品はクリスマスまで飾られるらしい。
「終わった?」
先生が再びこちらにやってきた。
「いいわね。基礎がきちんとできているっていうかんじ。佐倉さんらしい作品だわ」
「そうでしょうか・・・」
ありがとうございます、とは言えなかった。先生は褒めてくれているんだろうけど、私らしい、という点が逆にひっかかった。真面目で、地味で、個性がない、普通の作品。キャリアがある人たちの中で、自分の作品だけ、見劣りしているとしか思えなかった。
「疲れたでしょ?明日の夜また会えるから、今日は早く帰ったほうがいいわ」
「はい」
先生はひらひらと手を振ると、女性たちの輪の中に入っていった。私がなじめないのをわかっていての配慮だろう。卑屈にならずに、ありがたく受け取ろう。私は、そっと表に出て、琉生にLINEを送った。
***
「搬入ってそんなに簡単だったんだ?」
「うん」
私たちは、最寄り駅の近くにあるラーメン店に入った。ファミリーや仕事帰りのお客さんでごった返している。
「でもさとみからラーメン屋指定されるなんて、珍しいな。っていうか初めてじゃない?」
「う、うん。ラーメン屋さんって来たことなくて」
また、琉生に小さな嘘をついてしまった。本当は初めてだったのは志田くんと行ったときなのに。
「それも珍しいよなー。でも旨いだろ。冬は寒いから特に胃に染み渡るっていうか」
「ほんとに。さっと食べられるしいいね」
私は、志田くんのことはかき消して、目の前の琉生に集中する。
「毎日じゃ嫌かもしれないけど、たまにだったらさ、行こう。ラーメン。飯作るの大変だったら、いつ誘ってくれてもいいから」
「うん、ありがとう。でも作品作りは終わったし、しばらくは大丈夫だよ。あ・・・でも」
「ん?」
「明日、開会のパーティーがあるの。仕事終わりで間に合うから、それは出たくて。いい?」
「もちろん。食事もついてくるの?」
「うん」
「じゃあ、俺は誰かと適当に食ってくるからさ、気にしないでゆっくりしといでよ」
「ありがと」
琉生は追加で頼んだ唐揚げもぺろっと食べてしまった。私はなかなか減らない麵と格闘している。
ゆっくりできる雰囲気かはわからないが。とりあえず、明日で一段落だ。
私は久しぶりにゆっくり食事を味わった気がした。
*** 次回更新は・・・未定ですが明日10日(金)も書きたいです ***
雨宮よりあとがき:今日もなんとか書けました!遅れてたぶん取り戻すぞー。昨日初めてTwitterのDMに感想いただきました。有料noteが売れたときくらいうれしいです!!(正直読んでくれてる方がいると思ってなかったので)明日も書けたらいいなと思っています!!
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