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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #143 Ryusei Side

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。琉生が出張中、さとみは志田のことが好きだと気付いてしまい、二人は一線を超えてしまう。それを知らずに琉生は普段どおりの生活を続け、さとみの両親にも挨拶をしにいった。さとみは琉生にいつ別れを切り出すか、迷っている。

さとみは、フラワーアレンジメント教室の作品作りに集中する日々が続いている。

俺もその横で昇進試験の勉強をしている。

「そう言えば、志田くんも試験受けるって言ってたよ」

さとみが花を活ける手を止めて、言った。

「ああ、そうらしいな」

うちの部からはかなりの人数が、昇進試験を受けるようだった。

「斎藤部長が、率先して部下に勧めてるみたい」

俺自身もそうだったが、他の同僚も皆、斎藤部長に呼び出され、試験を受けるよう促されたと聞いた。

「そっか。年一回のことだし、斎藤部長もみんなに期待してるんだろうね」

「いや・・・そう・・・かな」

俺はちょっと気になっていることがあった。些細のなことでも、やたら丁寧に指導してくれる斎藤部長。

今までは割と自分で考えさせたりする傾向にあったが、まるで引き継ぎをするように、部下に接しているのだ。

「斎藤部長と奥さんの離婚の話って進んでる?」

俺はさとみに訊く話ではないと思いつつ、尋ねた。

「光先輩も、何も話してくれなくて。私からは聞きにくくて。ただ協議離婚ではまとまらなかったから、調停っていうのをするっていうのは言ってた」

「そうか。大変だな」

「ね」

さとみは短く同意して、また花に向き合う。

一度は好きになって、結婚した二人が別れるってどんな労力なんだろう。俺からしたら、斎藤部長が由衣と不倫していることが、一番の原因だとは思うけど。そうなってしまった事情はわからないし、なんとも言えない。

俺とさとみは夢いっぱいで結婚に向かって進んでいるので、あまり見せられたくない姿だ。

俺はふと、窓を見た。カーテンの隙間から、結露が流れ落ちるのが見えた。最近はすっかり冷え込むようになり、夜は暖房がないとかなり寒い。築年数が経っているマンションのせいかもしれない。

さとみと結婚したら・・・すぐではないにしろ、家を買うようになるかもしれないし、子供が生まれたら、より金が必要になる。だから俺は少しでも早く昇進しておきたいと思っている。

「さとみは結婚したら、戸建てに住みたい?それともマンションがいい?」

「えっ」

さとみが驚いたように、顔を上げた。

「考えたこともなかったな」

さとみがクルクルと花の茎をワイヤーで留めながら、呟いた。

「俺は戸建てがいいんだよね。さとみが嫌じゃなかったら、犬飼いたいんだよ」

「犬?」

「そう、犬」

さとみにも言う機会もなくて、言ってなかった話し。

「俺んち、複雑だったじゃん?だから、動物とか飼う余裕なかったっていうか。飼いたいなんて、思ってても言えなかったんだけど」

俺はふと、小学生の頃のことを思い出した。犬を飼いたい、と思い始めたきっかけ。

小4か小5の頃だったと思う。近所の公園に真っ白な子犬が現れた。今考えれば捨て犬だったんだろう。ふわふわで暖かく、かわいい子犬だった。その犬は誰が名付けたか「ミルク」と呼ばれるようになった。

ミルクは同級生はもちろん、同じ小学校の中ですぐに噂になった。

代わる代わる、給食の残りを餌にしてやったり、遊んだりしにいくことが増えた。

ミルクは日中は子どもたちが群がっていたが、夕方以降は俺が独り占めできる時間だった。子どもたちが帰ったあとは寂しそうに公園の生け垣にいるミルクにそっと近づくと、ミルクはクーンと鳴いて寄ってきた。

俺は友達というより家族が出来たようで、とても嬉しかった。

母親はおらず親父は帰りが遅い。20時、21時くらいまで、ミルクと一緒に遊んだり、親父が置いていった数百円で買ったパンを分け合った。

しかし、ある日こつ然とミルクが消えた。子どもたちはもちろん、俺も必死で探したが見つからなかった。しばらくして、上級生の女の子の家でミルクらしい犬が飼われているという噂が流れてきた。

俺はいても立ってもいられず、その子の家を探し、見に行ってみた。

友達に聞いて行ったその家は、当時の俺からすると豪邸だった。大きな2階建ての家。芝生の庭。高いフェンスと、鉄の門。今思えば、一般的な家だったのかもしれないが、俺が親父と住んでいたアパートとは雲泥の差だった。

そこに確かにミルクがいた。

俺がフェンスの隙間から覗いていると、ミルクが駆け寄ってきた。

「ミルク・・・」

俺は、フェンスの隙間から手を伸ばし、ミルクの頭をなでた。ミルクも気持ちよさそうに、俺の手に頭を擦り付けている。時折、濡れた鼻が俺の手にあたるのも、嬉しかった。どのくらいそうしていただろうか。俺は女の子の声で我に返った。

「ミルクー?どこ?」

ミルクは呼ばれたほうにくるっと向くと、俺のことはすっかり忘れたかのように、庭に出てきた女の子に駆け寄っていった。

俺は、なんとも言えない気持ちになった。

確かに、俺の家は犬なんて飼う余裕もないし、アパートではそもそも飼えない。しかし、さっきまで俺にすりよっていたミルクが、一言呼ばれただけで、俺なんかいなかったかのように、女の子の元に行ってしまったのがくやしかった。

あれだけ毎日、一緒にいたじゃないか。あのときはそう思って、いつか自分が稼げるようになって、家を持ったら犬を飼うんだと決めたのだ。

「そんなことが、あったんだ」

俺の話しをひとしきり聞いたさとみが、しんみりと言った。

「あれだけ、って言っても、多分一週間とかそのくらいだったと思う。普通に考えて、俺の家に来るより、あの子の家にいたほうが幸せだっただろうし」

さとみは黙っていた。そうだね、と同意しづらい言い方をしてしまった。

「急に思い出した、ミルクのこと。今まですっかり忘れてた」

「あるよね、そういうこと」

「うん。ずっと前からいつかガッツリ稼いで、自分で家を買おうって思ってたんだけど。いつの間にか出来た目標だったつもりが、子供の頃の決意というか思い出がきっかけになってたんだな」

「琉生は初志貫徹というか、いつもしっかり目標を立てて達成しているし、すごいと思う。家の事も・・・きっと・・・」

さとみはそう言いながら、言葉尻が弱々しくなった。

「いや、絶対戸建てがいいってわけじゃないんだ。さとみがマンションがいいっていうならマンションでもいいし。マンションでも最近は小型犬ならOKというところもあるし」

「うん」

さとみはにっこり笑って、花の道具や資材を片付け始める。

「お風呂、沸かしてくるね」

そう言うと、花の道具を持って立ち上がった。

最近、結婚の話題を向けると、するりと交わされてしまっている気がする。マリッジブルーなんだろうか。

いつぞや購入した、ウエディングの雑誌も結局1冊買っただけで、めくることもなくなった。

そろそろ本気で、いろんな日取りを決めていかないとな。

俺は週末、さとみに改めてプロポーズしよう、と心に決めた。


*** 次回更新は11月12日(金)21時頃の予定です***


雨宮よりあとがき:ああああ。また月曜日に更新し忘れました。今日はなんとか間に合ったけど、本業でやらないといけないこと止めてますw

金曜日はちゃんと更新出来るようにがんばります!




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