私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #144 Yui Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。琉生に片思いをつづけていた由衣は、一度志田とセフレになった。が、不倫相手だった上司の斎藤拓真と真剣交際を迫られ一緒に暮らすことに。斎藤は妻の光に離婚を切り出し、由衣との生活を整えようとしていたが、会社での情事を光に目撃され、証拠写真まで撮られてしまった。
拓真の奥さんに証拠写真を撮られてから、何が起きるのかビクビクしていたけど、表面上は何も起きなかった。
夫の不貞で訴えられるのは、夫ではなく浮気相手が多いという。すなわち、私だ。親は製薬会社の社長だから、弁護士費用や慰謝料は、言ったら出してくれるかもしれない。だけど、拓真が妻子持ちだというのは、ママにしか気付かれてない。それで、訴訟を起こされたなんて、パパにバレたら、絶対別れさせられて、お見合い結婚させられる。
それだけは絶対嫌だ。かといって・・・拓真と駆け落ちする度胸もない。
「はあ」
私は、パソコンに向かってため息をついた。これからどんどん寒くなっていくというのに、パソコンの中は、もう春の販促ポスターの制作。
気持ちはめっきり冷え込んでるのに、こんなモノ作らなきゃいけないなんて。
「由衣さん」
振り返ると志田だった。
「すいません、LINEもらってたのに、なかなか来れなくて」
「いいよ。そっちも忙しいんでしょ」
昇進試験を控えているのは、拓真から聞いていた。
「これ、営業ついでに買ってきたんで、食べましょー」
志田がコンビニの袋を開けて、シュークリームを見せてくれた。手にはコーヒーが2つ。
「じゃ、休憩室、行く?」
私は鬱々としていた気分を振り切って、立ち上がった。
「休憩いってきます!」
私はデザイン部の人達に声をかけて、廊下に出た。
***
「LINEの話、マジですか」
志田には、“光サン”に情事を目撃され、証拠写真まで撮られてしまったことを伝えていた。
「うん・・・・でも1週間くらい経つのになんにもない」
「斎藤部長とは・・・?」
志田はコーヒーとシュークリームを、私側に置いてくれた。彼なりの気遣いを感じる。
「なんとなく距離置いてる。今週はあっちのマンションじゃなくて、実家に帰ってるし、連絡も取ってない。社内でも会ってない」
私はコーヒーのカップを抱えた。室内に居たのに指先が冷え切っていたことに気づく。
「そうですか・・・」
「訴えられたら、どうしよう」
「確実に由衣さんが負けますね」
志田はシュークリームを頬張りながら言った。
「そんな、身もふたもないこと言わないでよ」
わかってることを追い打ちをかけるように言われると、ムカつく。私もコーヒーから手を離して、ビリっとシュークリームの袋を開ける。
「俺だって、いろいろ調べたんすよ」
志田がスマホを私に向けた。
WEBの離婚相談の記事や弁護士費用、慰謝料についてあるサイトをペラペラとめくる。
うん。そんなの、私もたくさん調べた。
「しょーがないっすよ。世間的にはそれだけのこと、しちゃってるんだから負けは確定。自分でもわかってるでしょ」
「わかってるけど・・・」
わかってるけど、どうにかしたいんだけど。
「俺はなんかそんなふうに落ち込んでる由衣さんが意外なんですよね」
「は?私だって、落ち込むし」
私も負けじとシュークリームを頬張る。口の中にホイップクリームと、カスタードクリームの甘ったるさが広がった。志田は飄々と続ける。
「だって、お金面ならご実家に頼ればなんとかなるでしょ。斎藤部長だって、流石にここで由衣さん捨てて逃げるほど薄情じゃないと思うし。あるとすれば会社とか、世間体とかですけど・・・斎藤部長も会社に居にくくなると思うんで、二人で結婚して逃避行しちゃえば問題ないですよ」
「そんな簡単な問題じゃ・・・」
「いや、そのくらい簡単な問題ですよ」
志田はメモ帳を取り出した。
「単にモヤモヤ落ち込んでるだけじゃなくて、本当に最悪なことって何か、考えてみたらいいですよ。思いつくまま紙に書いてみるとか」
そう言うと、紙に「最悪なこと」を書き出した。
・慰謝料が高い
・慰謝料が払えない
・会社辞めないといけない
・斎藤部長と別れる
・しばらく噂される
「俺が思いつく限り、こんなもんなんですけど、どうですか」
「あとは、パパに別れさせられて、お見合い結婚させられる、かな」
「ああー、なるほど」
志田が、お見合い結婚、と書き足した。
「そのくらいだわ」
今訴訟されている人からしたら、大変なのかもしれないが、これを見た限り、そんなもんか、と思った。
私は黙って、志田の書いたことをじっと見た。
確かに。訴えられたとしても、お金ならなんとかなると思う。パパに頼れなくても、相場くらいの慰謝料なら私の貯金からでもなんとかなりそうだ。
会社だって、永遠にいなきゃいけないものでもない。噂も・・・自分のした事実だし、されても仕方のない立場。
最悪、拓真に捨てられたとしても・・・私はまだ25歳だ。やり直せる、はずだ。
「証拠撮られちゃってるのは、もうどうしようもないですし、観念して、ごめんなさいって言うしか無いですよね」
「うん」
「死ぬわけじゃないので」
志田はぺろっとクリームのついた指をなめる。
「うん」
「元気だしてください」
「うん」
「斎藤部長と別れたら・・・今度はシュークリームじゃなくて、ハーゲンダッツのアソートボックス買ってきます」
「冬はやめてよね、寒いから」
そこでようやく私達は、ははっと笑い合えた。なんだかんだいって、志田は優しいな。私も琉生や拓真じゃなくて、志田を好きになればよかったのかもしれない。
「うっ」
笑った拍子に、カスタードクリームが、ぐわっと胸元から逆流してきた。
「大丈夫ですか?」
「ああ、うん。普段こういうの、あんまり食べないから、ちょっと胸焼け」
「すいません、お金持ちな由衣さんにコンビニスイーツは合わなかったってことですね」
「そんなこと言ってないでしょ?!」
「あーそうそう。このノリこそ由衣さんですっ」
ノリって。怒ってるのがデフォルトみたいじゃないか。
「ちなみに斎藤部長も、光さんも、俺が見てる限り普通なので・・・由衣さんも気にせず普通にしといたらいいと思います」
「うん。わかった。ありがとね」
「うああああ。由衣さんから素直に御礼言われるってこわい!」
「なんなのよ、あんたは、もう!!」
私達がギャーギャー騒いでいると、ひょこっと休憩室を覗いたのは、琉生だった。
「志田?ここで油売ってたのか。戻ってたんなら、言えよ」
「あ、さーせん」
「次、斎藤部長と次の案件の打ち合わせだから。そろそろ切り上げて、来いよ」
「はーい」
琉生も、もしかしたら“さとみさん”経由でいろいろ聞いてるのかもしれないが、私のことは完全にスルーだった。
「じゃあ、俺、行きますね。なんかあったらまたLINEしてください」
「ん」
そういって志田は休憩室から出ていった。
私は、半分しか食べていないシュークリームを、席に持ち帰ることにした。
***
雨宮よりあとがき:こ、これだけを・・・たった30分で書ける内容を書くのに・・・一ヶ月かかりました(涙)本業が忙しくて・・・。これからは時間とか曜日関係なく、年内に終わらせるように、スキマ時間を見つけて、書いていきたいと思います。
ところで、今日、noteを初めて1年だったみたいです。ログインしたらバッヂをもらえてびっくりしました。
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