私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #148 Yui Side
毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。琉生に片思いをつづけていた由衣は、一度志田とセフレになった。が、不倫相手だった上司の斎藤拓真と真剣交際を迫られ一緒に暮らすことに。斎藤は妻の光に離婚を切り出し、由衣との生活を整えようとしていたが、会社での情事を光に目撃され、証拠写真まで撮られてしまった。
朝から、会社が騒がしい。メールで、拓真の退職の連絡が回ってきたのだ。
しかも、年内。あと2週間しかないのに。
「ねえねえ、営業部の斎藤部長が辞めるって、メール見た?」
デザイン部のスズキ先輩も話しかけてきた。時代遅れの長い髪と、強い香水の匂いがクラクラする。
「あー・・・そうらしいですね」
「いや~びっくりだわあ。あんな仕事が出来る人、一生この会社にいて、着実に社長の椅子に近づいていくんだと思ってたのに」
うちはパパが製薬会社の社長だからわかるけど、別に長くいたからって、確実に社長になれるわけじゃない。だって社長の椅子はひとつだし。
「さっきちらっと見たけど、営業部は混乱してたわあ」
「斎藤部長がやめたら、なにか困ることあるんですか?」
「うーん、斎藤部長だから、って依頼してくれている取引先がどうなるかだよね。その信頼があるかどうか」
「そんなの・・・会社の信用で取らないとだめじゃないですか」
「それでもさあ、やっぱり斎藤部長はキレ者だし、イケメンだし、そういうことあると思うよ」
そんな思考だから、あなたは私より10も年上なのに、平社員で結婚もできないんですよ。
っていいたかったけど、やめた。拓真は別に顔で仕事を取っているわけじゃないし、今回辞めるにあたっても、ものすごい根回しをしていた。確かに心づもりがなった部下たちは、気持ちの上で混乱しているだろうけど、実は全部実務は引き継がれていて、困ることはないのだ。
それは側で見ていた私だから、わかることなのだが。
「1月は有給消化なんだって。だから、仕事納めの日に、営業部が中心になって送別会しようって言ってる。他部署も参加出来るみたいだけど、井川さんも行く?」
「いや・・・私はそんなに興味ないんで・・・」
「そお?じゃあ、私、他の人誘って、行こうかなー」
スズキ先輩は、そう言い残すと、自分の席に戻っていった。
***
拓真のマンションにはしばらく帰っていないし、お互いの安否確認程度しかLINEもしていない。退職も発表されたことだし、今日あたり、一度会いたいなと思った。
「今日そっちで話せる?」
拓真にLINEをした。“そっち”とは拓真のマンションのことだ。既読はすぐに付かない。社内にいるのか、営業先なのかもわからない。ただ、なんとなく今日を逃したらいけない気がした。
退職のこと、離婚のこと、アメリカ行きのこと。話しておかなきゃいけないことは、たくさんある。
「いいよ」
10分ほど間があったが、既読になってから直ぐに返事が来た。だめ、と言われたら萎えそうだったので、少しホッとした。
「あ、由衣」
休憩室の後ろから声をかけられたので、慌てて私はスマホをしまう。
「なんだ、琉生か」
私は、琉生が座りやすいように、横にずれる。
「なんだ、飯、そんだけ?」
琉生が私のおにぎりを見て、言った。
「うーん、最近食欲なくて。結構、仕事も詰まってるし、疲れてんのかも」
「ふうん。じゃあ、これやる」
コンビニの袋から取り出したのは、栄養ドリンクだった。
「あー・・・ありがと。でも自分用じゃないの?」
「うん、でもまとめ買いしたし」
そういってジャラっと音を立てた袋の中を見せてくれる。中には栄養ドリンクが5本ほど入っていた。
「何?徹夜でもすんの?」
「そうなってもいいように」
琉生が笑う。やっぱ、拓真が辞めることって、重大なことなのか。
「琉生は・・・聞いてたでしょ、さすがに」
「うん。先週にな。志田と飯連れてってもらって、聞いた」
「そっか」
「アメリカ、行くのか」
「その話しまで聞いてるんだ」
「ああ」
「まだ、黙っといてほしいんだけど」
私は、今夜、拓真に言おうと思っていたことを、先に琉生に言うのはどうかと思ったけど、自分の決意を揺るがせないためには、いいんじゃないかと思った。
「多分、いかない」
「え?」
琉生は、目をまんまるにして、驚いている。こんな琉生初めて見た。
「そんなに驚くこと?」
「驚くだろ。お前・・・だって・・・」
「別れることになるかもしれないけど、行かない」
私は堰を切ったように、琉生に向かって言った。
「だって、無理だよ。アメリカで生活なんて。英語もしゃべれない、友達もいない。日中は一人で家にいるだけ?生活費の面倒見てもらって、買い物くらいは出来るかもしれないけど、全然想像できない」
拓真に言うべきことなのに。ただ、言葉にしたら、全部納得できた。
「そう・・・か」
私が決意している様子を見て、琉生は何も言えないようだった。私が言わせない雰囲気を出しているのかもしれないけど。
「今日、話すつもりだし」
私は自分に言い聞かせるように、呟いた。琉生はしばらく黙っていたが、袋から一本栄養ドリンクを出して、栓を開けた。
「離婚の話しの進展は?」
「聞いてない・・・」
「そっか」
栄養ドリンクをごくごくと飲む琉生。
「なんか、わかんねーけど、力になれることあったら言えよ」
「うん。・・・じゃあ、“さとみサン”と別れて、私と付き合って」
真面目に言おうとしたのに、最後の方で私が笑ってしまったので、ウケ狙いということがバレてしまった。
「バカ」
琉生が立ち上がっって、ゴミ箱に瓶を捨てる。
「無理、すんなよ」
「ん、ありがと」
琉生の優しさがしみる。志田とはまた別な思いやりを感じながら、私もデザイン部に向かった。
***
久しぶりの拓真のマンションは、出ていく前となにも変わっていなかった。
「そうか」
夕飯を食べた後、ソファに並んで座り、私は琉生に話したことと同じことを、拓真に伝えた。2回目だったので、琉生との時ほどの動揺はなく。ただ、淡々と伝えた。
「この歳で遠距離恋愛になるとは思わなかったな」
拓真の言い方は、いつも冗談なのか本気なのか、わからない。
「別れてもいいんだよ。今なら・・・奥さんともやり直せるかもしれないし」
私は伏せ目がちでいった。
「それ、本気で言ってる?」
そう言うと拓真は私の腕を掴んだ。
口調は優しいのに、目が笑っていない。
「俺は由衣と別れるつもりないんだけど」
「いや、無理じゃん。アメリカと日本なんて」
「由衣が寂しくて、すぐ他の男作るって?」
拓真の、挑発するような言い方、むかつく。私は悔しくて涙が出そうになった。そんなつもりで言ったんじゃないのに。
「仕事のためにアメリカ行くのに、私がいたらお荷物だって、言ってんの!」
私は拓真の手を振り払った。
「英語なんて、全然わかんない。運転できない、バスにも乗れない、電車だってきっぷの買い方わかんない。買い物だって、一人じゃできない。友達だっていない。毎日知らないところで、ただ拓真の帰りを待ってるだけなんて、無理」
私の意に反して、涙がポロポロ溢れてくる。泣くつもりなんて、なかったのに。
「そんなの・・・教えるし、すぐ慣れるよ。日本とそう変わらない」
拓真は困ったような顔で私の頭を抱く。
「無理だって!!」
私は拓真を突き飛ばす。
「奥さんとの離婚だって、どうなってるのかわかんないし。そんな状態でアメリカになんて、行けないよ」
「それは・・・今、ちゃんとしてる最中だから」
「怖いの。あんな写真撮られて、毎日、いつ訴えられるんだろうって怯えて。拓真は自分一人でなんでも出来るし、決めるけど。私のことは勝手に決めないで。私は私で決めるんだから!!」
そこまで私が一気にまくしたてると、拓真は何も言わなかった。黙っている。
しばらく沈黙が続いた。静寂で耳が痛くなりそうな、長い時間だった。
「アメリカには行かないってことは、わかった」
どれだけの時間が経ったのかわからないけど、拓真がぽつんと呟いた。
「それはイコール、俺たちが別れるってこと?遠距離恋愛じゃ駄目なの?」
拓真が、選択の余地を与えてくれる聞き方をするなんて、今までなかったので、どう答えていいのかわからなかった。
「わ・・・かんない・・・」
耳元で、「ほら、すぐわかんないって、言う」という志田の声が聞こえた気がした。だって本当にわかんないんだもん。
「じゃあさ、俺が発つまで、考えといて」
「わかった」
拓真は私の頭を優しくぽんぽんと叩く。私は今夜、ここに泊まっていいのか、家に帰ったらいいのかをぼーっと考えていた。
*** 次回更新は未定です 21日には書きたいです***
雨宮よりあとがき:また数日空いてしまいましたが、なんとか書けました。
来週も時間を見つけてぼちぼちかきたいです!
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