上がり框(かまち)に腰かけて、足をすすいだ江戸の人。
股旅物と書いて「またたびもの」と読む。
渡世人と書いて「とせいにん」と読む。
このあたりの日本語が2020年のいま、
注釈抜きでどの程度通じるのかわからないが、
少し前までは通俗的一般教養として誰にも理解されていたと思う。
時代劇や時代小説で、よく描かれていたジャンル、或いはキャラクターだ。
江戸時代の、流れ者のアウトロー、という感じだと思う。
昭和に下るが、フウテンの寅も、いわば渡世人としての通り名だ。
草鞋を脱ぐ、という言い方があった。
草鞋は、わらじだ。ワラで編まれていて、ワラで足に巻き付ける履物だ。
そうした履物を脱ぐ、という意味以外に、
慣用表現として、一時期ある場所に厄介になる、留まる、
という意味もあった。
「小松の親分のところに草鞋を脱ぐ」と言えば、
小松一家に渡世人がしばらく身を預ける、という意味だ。
文字通りの草鞋を脱ぐ方で言うと、
江戸時代の旅人が旅籠(はたご)に着くと、
上がり框(かまち)に腰を下ろして旅装を解いで草鞋を脱ぎ、
桶に張った水で足をすすいでから旅籠にあがった。
冒頭の絵は、そうした時の様子の浮世絵だ。
さてコロナよ。
履物に付着して家屋に浸入するらしいコロナよ。
してみると江戸の往時のように、
玄関先でいったん腰を下ろして履物の底を中心に
アルコールなどでよく拭いてから家に上がるのが吉か。
ちなみに私は犬を、
散歩帰りによくよく拭くようになった。
私自身も、履いたものの底をよく除菌するようになった。
江戸のお人のように、
履物から汚れを持ち込まないことも習い性にしたい。
どんなに西欧風の暮らしぶりが導入されても、日本人は家の中では靴を脱ぎたいのではないだろうか。