選択することのつらさ
こんばんは。もぬんこです。
選択肢は、多い方が良いのか少ない方が良いのか…様々な本でこのことは書かれていますが、私はどうかというお話です。
日常の選択
私たちは生きる中で毎日小さな選択をしています。私の平日を例にお話しましょう。
① 起きる
② シャワーを浴びる
③ 朝ご飯を食べる
④ 職場に持ち込むお茶とコーヒーを作る
⑤ 歯磨きをする
⑥ 出勤:通勤電車に乗る(行き)
⑦ 仕事開始
⑧ お昼を食べる
⑨ 仕事終わり
⑩ 退勤:通勤電車に乗る(帰り)
⑪ 帰宅
⑫ 夜ご飯を食べる
⑬ フリータイム
⑭ 歯磨きをする
⑮ 寝る
①~⑮の行動の選択肢を挙げてみます。
① 起きる
①ー1 何時に起きるか
② シャワーを浴びる
②-1 毛を剃るか
②-2 何を着るか
③ 朝ご飯を食べる
③-1 何を食べるか
④ 職場に持ち込むお茶とコーヒーを作る
④-1 カフェオレコーヒー:ミルクの割合をどうするか
④-2 水筒に氷をどれくらい入れるか
⑤ 歯磨きをする
⑥ 出勤:通勤電車に乗る(行き)
⑥-1 何車両目に乗るか
⑥-2 乗り換えをどうするか
⑦ 仕事開始
⑧ お昼を食べる
⑧-1 何を食べるか
⑨ 仕事終わり
⑩ 退勤:通勤電車に乗る(帰り)
⑩-1 何車両目に乗るか
⑩-2 乗り換えをどうするか
⑪ 帰宅
⑪-1 お風呂?ご飯?それとも…寝る?
⑫ 夜ご飯を食べる
⑫-1 何を食べるか
⑫-2 お酒を飲むか(その場合何を飲むか)
⑬ フリータイム
⑬-1 何をするか
⑭ 歯磨きをする
⑭-1 フロスを使うか
⑮ 寝る
⑮-1 何時に寝るか
⑮-2 クーラーをつけて寝るか
本当に小さなことですが、選択や決断をしながら生きています。仕事で選択や決断をすることは屁でもないのですが、日常生活だと話は別です。できる限り考えずに生きたいと思っています。私の面倒臭さが爆発しているだけなのですが、できる限り選択をしないためにルーティン化した結果が以下です。
① 起きる
①ー1 何時に起きるか
→6:30(金曜日だけ5:55)
② シャワーを浴びる
②-1 毛を剃るか
→6:45までにお風呂場に入ったら剃る
②-2 何を着るか
→下着は最初に目に入ったもの
→仕事着はスーツ固定
→カッターシャツは一番右にかけてあるもの
→靴下は手を伸ばして掴んだもの
→ハンカチは一番手前にあるもの
③ 朝ご飯を食べる
③-1 何を食べるか
→胃の不快感がない場合は酵素を飲む
④ 職場に持ち込むお茶とコーヒーを作る
④-1 カフェオレコーヒー:ミルクの割合をどうするか
→5:5
④-2 水筒に氷をどれくらい入れるか
→5つ
※④は全て「5」にしている
⑤ 歯磨きをする
⑥ 出勤:通勤電車に乗る(行き)
⑥-1 何車両目に乗るか
→9車両の2
⑥-2 乗り換えをどうするか
→Y駅で乗り換える(他にも経路があるが固定)
⑦ 仕事開始
⑧ お昼を食べる
⑧-1 何を食べるか
→職場で注文できる日替わり弁当
⑨ 仕事終わり
⑩ 退勤:通勤電車に乗る(帰り)
⑩-1 何車両目に乗るか
→⑥-1と同じ
⑩-2 乗り換えをどうするか
→⑥-2と同じ
⑪ 帰宅
⑪-1 お風呂?ご飯?それとも…寝る?
→お風呂:お酒を飲んだら入らない
→ご飯 :お腹がすいてないなら食べない
→寝る :あまりに眠ければとりあえず寝る
⑫ 夜ご飯を食べる
⑫-1 何を食べるか
→基本的に食べない(何かしらの理由で食べる理由があれば食べる)
⑫-2 お酒を飲むか(その場合何を飲むか)
→飲み会の場合は飲む(一人の時は「飲みたい」と思えば飲む)
⑬ フリータイム
⑬-1 何をするか
→予定があれば予定の対応
→予定がなければゲームか読書
⑭ 歯磨きをする
⑭-1 フロスを使うか
→お酒を飲まない日はフロスを使う
⑮ 寝る
⑮-1 何時に寝るか
→眠くなったら(ただし、眠くなくても2時には目を閉じる)
⑮-2 クーラーをつけて寝るか
→翌朝の気温予想が24度を越える場合はつける
このように条件付けで行動するようにしています。イレギュラーの時は感覚で決定。なお、飲みに誘われたら体調が悪くない限りは断らないようにしています。断る理由を言うのが面倒臭いです。
休日が選択肢まみれだとつらい
何の予定もない休日は良いのですが、お出かけする予定がある時は結構辛いです。一番のストレスは「着るもの」。次に誰かと遊びに行く時の「どこで何をするか」を決めることがとてつもなく苦痛です。ある程度のプランを全部決めてもらってそこについていきたい。結局面倒臭いに繋がるんですけどね…(苦笑)
× → 「▲月×日遊ばない?」
○ → 「▲月×日○○しない?」
ただ、一人であてもなくふらつくのは大好き。10時間くらい歩き回っている時もあります。
誰かと共に行動する時はある程度の目的がないとつらい人間です。何気なくゆるっと過ごせるのは、何かしらの理由で心を許している人だけかなと思います。
所謂「察してよ」という感覚がとてつもなく苦手です。(また別の記事で書きます)
楽しいは伝播する
私が選択することつらいだけで、選択することを楽しめる方もいると思っています。そういう方はそのまま楽しんでほしいです。
みんなが同じではないということを理解してもらえると世界は少しだけ優しくなると思います。
ただ、「選択を楽しむ」という観点がない人もいます。そういった方には押し付けるわけではなく、勝手に楽しむ姿を見せてあげてください。
特に仲良い人の「楽しい」は心を平和にしてくれるものです。私が一緒に楽しめなくても大好きな人が笑顔で過ごしてくれているだけで、幸せです。私の周りにいる人はみんな笑顔であって欲しいなと思います。