『落研ファイブっ』(37)「男の勝敗」
〔仏〕「三元病院送りになった。矮星とシャモが付き添うって」
〔松〕「そこまでひどかったんですかっ」
〔仏〕「保健の滑川先生から校医に症状を伝えたら、すぐ来いって言われたらしい。病状が急変した訳じゃないから安心しろだって。練習はそのまま続けろとさ」
一同は顔を見合わせると、練習を再開することにした。
〈練習再開〉
餌と交代した下野が砂山を整えていると、長門が『王の帰還』と言いながらゴールポストに向かった。
〔松〕「待ってください。一応ルール通りに交代しましょう」
松尾は交代ゾーンを指さして、審判役を勤めた。
〔長〕「ゾーンじゃないところで交代したら反則なんだ。色々覚える事があるな」
長門はゴールポスト前に陣取ると、早速ぴょんぴょんと飛び始めた。
〔天〕「ビーチサッカーって音楽流しながら試合するんだよね」
着替えテントからスマホを持ってきた天河が松尾にたずねた。
仏像と交代した松尾がぴっと笛を吹くと同時に、八十年代テクノポップサウンドに乗せて、何とも名状のしがたい癒しボイスが響く。
〔天〕「長門! お前やる気あんのか」
〔長〕「これは本当にヤバいって」
〔松〕「歌詞の攻撃性と唯一無二の歌声に、八十年代シティポップサウンド。これは謎の中毒性がありますね。目隠しされてヘッドホンで延々ループされたら、テロリストでも完落ち必須です」
脱力してゴールをあっさりと許した長門は肩を震わせていた。
〔天〕「いいかPKは心理的駆け引きも大事なんだ」
〔長〕「汚い、実に汚い!」
〔下〕「すんません二本目蹴っていいっすか」
我関せずの下野は砂山を作り直すとゴールを見据えた。
〔長〕「ど真ん中!」
下野を動揺させようと放った一言に構わず、下野は左隅にループシュートを放つ。
〔下〕「うわっ、やられたっ」
美しい弧を描いた弾道を右手一本で断ち切った長門は、ゴールに仁王立ちした。
〔長〕「入るな、入るな、入るなってんだよバカヤロー!」
〔天〕「下野君、三本目で息の根止めてやれ」
中毒性の高いエンジェルボイスと下野をプロレスモードで威嚇する長門に構わず、下野は淡々と砂山を整えた。
〔長〕「ちょっと本気で曲止めて。最後に真剣勝負がしたい」
その求めに応じて天河が音楽を止めると、松尾は短く笛を吹いた。
下野は一瞬目を細めると、強いライナー性のボールを右サイドネットに突き刺す。
〔松〕「すごーいっ」
〔天〕「さすが代表レベル」
〔長〕「真剣に完敗した」
〔餌〕「これ見せられたら女子は即落ちだよ」
〔下〕「おこめパン一つで彼女に振られたんっすけど」
下野はまだまだおこめパン事案から立ち直れていないらしい。
〔餌〕「そんな女ろくなもんじゃない。忘れなよ。サッカー部が活動再開したら、下野君あっさり彼女出来るんだろうな」
〔下〕「俺は政木先輩やまっつんみたいにイケメンじゃないし、彼女の誕生日プレゼントにおこめパンあげて『地獄に落ちろ(煉獄でも可)』って言われた男だし」
〔天〕「そう言う所を、母性本能をくすぐる武器にすれば良いよ。そもそもサッカー部ってだけでモテるし」
〔長〕「プロレスじゃモテないもん。やっぱビーチサッカーだと女の子を試合に誘いやすいじゃん」
〔餌〕「え、助っ人に来た理由ってそれだけ」
餌がパンダのような目をより一層見開いた。
〔長〕「政木君が合コンセットしてくれるって聞いたし。ビーチサッカーって、プロレスよりは女の子誘いやすいもん」
〔仏〕「誰が合コンセットするだって。撃沈し続ける奴ら相手に合コンセットすんのめんどいわ。自分で見つけて」
スマホ片手にピッチに戻って来た仏像が、勘弁してよとぼやいた。
〔坂〕「おーい君たち、出席を取るぞ。岐部君と三元君の荷物は職員室で預かる」
松尾の担任である坂崎が、出席簿を片手にピッチそばにやってきた。
〔仏〕「時間が押したから整理運動は各自でやって。五分で片付けして撤収」
四人でピッチにブルーシートを被せ手早く着替えると、仏像はテントとボールと荒縄を台車に乗せた。
〔松〕「手伝います」
松尾が台車を押すと、仏像がポップアップテント片手にお疲れ、と軽く手を上げた。
〔下〕「カッコいいなー。俺もあれぐらい絵になる男になりたいなー」
長い影を伸ばして遠ざかる二人を見送りながら、しみじみと下野がつぶやいた。
〔長〕「ちょっと隙がある位の男の方がモテるって。政木君あれだけイケメンなのに、結局彼女いないもん」
〔天〕「ヤバいぐらいモテまくったのは一並高校在校生全員が知る所だけど、実際政木君の彼女って聞いたことが無いもんね」
〔餌〕「案外いないかもね。合コン相手の女の子に『目黒の不動明王に似てるね』とか言っちゃうし。『サイの角』『天龍寺の雲龍図』とかさ。本人は褒めてるつもりなんだけど、逆効果なんだって」
〔長〕「ああ、顔で釣って話して振られるタイプかも」
〔天〕「落研が合コン撃沈するのって、案外政木君のせいじゃない?」
長門と天河は、至極冷静に落研合コン撃沈の真犯人を言い当てた。
※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。
(2023/8/10 一部改稿 2023/11/20 改題および一部再改稿)
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