歌詞翻訳の話
日向坂46の7thシングル『僕なんか』の英語翻訳&歌唱をした動画が本日配信になりました。
お聞きいただけると幸いです。
自分も英語でカバーしたいんだよなー、という方で歌詞を使いたい方がいればクレジット表記(英訳: もも@まる芸ちゃん)と元動画または「〇〇する芸能ちゃん」のトップページにリンクしてくださることを条件にお使い頂いて構いません。
さて。
折角のよい機会なので、歌詞の翻訳ってどうやるの? って話をしたいと思います。
今回、当YouTubeのチャンネルマスターであるさくどー!さんに翻訳して、と言われて手を付けたのが5/11で、録音したのが5/26なので2週間ほどあったのですが、最初の1週間はほとんど「僕なんか」をどうやって英語で表現しよう? ということを考えて過ごしました。
当初はオリジナルのニュアンス通り「I'm 〜」という形にしようとしていました。
「〜なんか」に相当する4音節までの言葉が必要だったのですが、なかなか見つからず難航しました。
この曲の肝であり、話のオチのような部分なので、ここが決まらないと全体のムードも決められない。それくらい重要なワードです。
首をひねり続けて数日、天啓のように「Dumbest」って日本語の「ダメ」に聞こえない? と思ったことを切っ掛けに一気に動き始めます。
Dumbestはかなり強い言葉です。
英語の最上級って日本語にするときに「一番〜な」とか「最も〜な」って習うと思いますが、英語の感覚だと「特に〜な」ぐらいだと思います。
dumbは英日を引いたら「間抜け」とか「バカ」とか「あほ」とか載ってましたが、本来的には「口がきけない」です。
ダンベル(音の出ない鈴)の「ダン」の部分です。
a dumb phoneならネットに繋がらない電話です。
なぜ話せないか、は必ずしも先天的なものや病的なものに限らず、驚きや怒りで「言葉を失う」もそうですし、話したいのに「言葉が出ない」もそうです。
この歌の「僕」は、自分の気持ちに気づくのが遅くて、今更言えない……と言っているので、まさにdumbなわけです。それもとびきりの。
まあ、アメリカでdumbって言ったら普通に軽い罵り言葉なので気をつけてくださいね……。
ちょっと脇道に逸れましたが、早速頭から実際のテキストを見ていきましょう。
最初の1バースは、脚韻を意識してますね。
much→suchとか、attention→perfectionとか、around→foundとか。
もちろん日本語詞が先なので、ここはオマケ要素なんですが。
本当はWasを[Just too busy]の前に入れたかったんですが、うまく譜割りに落とし込めなかったので省きました。
(でも、今見るとなんとかなるんじゃないかと思いますねw)
ここの1行目はめちゃめちゃ気に入っています。
見た目ではない、という日本語に合わせた英語ですが、歌ってて気持ちがいいので。
Miss Perfectは「運命の人」「理想の彼女」という意味なのですが、陳腐な言い回しって日本語だと敬遠される気がするけど、英語だとそんなこともないイメージです。
1バース目で「君」を花に喩えたうえでperfectionと言わせている部分と薄くリンクしています。
ストレートに翻訳すると、とにかく音が余りまくるので色々と装飾をつけたのがこの部分です。
dare toはまさにそれ。なくても文章は成立するのですが、入れることで「そんなだいそれたこと」というようなニュアンスも出ます。
dareは「わざわざ○○する」「挑む」みたいな意味でも使いますが、これは「How dare you!」(よくもそんなことを!)という時のニュアンスに近いです。
fond ofは「好き」という意味です。grown fonderとすることで「好きになる」「気持ちが育つ」という形になります。
ここで使ったtellとmy heartにはまた後でコンニチワすることになります。
最後の1行は[very first step]つまり「(恋愛の)最初の一歩」を踏み出したところから間違っていた、という形にすることで「愛しさの方向」という難しい表現を英語に落とし込めたと思います。
ここで1番が終わりです。
歌いながら音をはめ、足りない部分を補ったり要素の前後を入れ替えたり、といった調整が歌詞翻訳においてはかなり重要であり、大変な部分です。
そして、これができるか否かがクリエイティブ翻訳への向き不向きを左右すると思います。
歌詞以外にも、広告コピーや漫画やアニメのセリフでも、内容をそのまま翻訳するよりも、語感やリズムの良さや、その言葉が選ばれた理由への着目が必要になります。
「違和感をもたせる」が目的であれば、日常的に使わない言葉やキャラクターに合わない言葉を選んで目立たせたり、思い切ってoxymoron(オクシモロン/矛盾語法)を使ったりするのもいいでしょう。
私は和文英訳と翻訳の違いはそこの自由度にあると考えています。
そのためには原文理解の解像度が大事なので、日本語も英語も感性を磨く勉強が必要です。
熱く歌詞翻訳の難しさを語ったところで、2番も見ていきましょう。
原文にない[no use]つまり思いを伝えても「無駄だ」というニュアンスを足しています。
音が足りなかったのもありますが、この歌全体を通じてキーワードになっているdumbest meのdumbが前述の通り「言葉を発さない」という意味なので、原曲を損ねない範囲でなぜ「僕」が声にしないのかを掘り下げました。
flirtingは原文の「調子がいい」というより「チャラい」みたいな感じかもしれません。「呆れちゃうだろう」もそのまま訳さずに「不興を買うだろう」というようなニュアンスにしています。
より強く「好きだと言わない理由」を打ち出す形にしていますが、これは自分に対する言い訳であり、主観に基づく予測という解釈だからです。
「一目惚れとかしたことないし」という歌詞は「一目惚れが本当にあるなんて知らなかった」という形に意訳しました。
「君なんか」に関しては、「僕なんか」のdumbest meを参照しつつ、正反対にならない言葉としてsweetest girlという言葉を選びました。
「君」をわざわざgirlにしたのは、文法的な問題もありますが、「僕」が感じている距離感を示す意味合いもあります。
このバースで一番のこだわりは「マドンナ」です。
元曲の中で外来語が使われているのはこれと「ネガティブ」の2箇所だけだったので、どちらも英語と日本語の両方で同じ譜割りで当てたいと思い、それを軸に組み立てました。
英語版では「(君は)天使か聖母か」と言わせていますが、これは英語のmadonnaに日本語的な「憧れの人」というイメージがないからです。
この大サビの部分もそこそこの難産でした。
一から自分で考えたら、こんな言葉の並びにはならないと思います。
もう少しドラスティックに文言を変えようか、とも悩んだのですが、ここは言葉運びの上手さよりも、心境の変化を表現する勢いの方を重視しました。
前述の通り「ネガティブ」にはNegativeを当てたいと思いました。
そのために「ネガティブになるのは僕がいけないんだ」という部分はガッツリ意訳になっています。
「ネガティブな感情が、寄せては返す波のように襲ってくる」という言い回しになっていますが、これは「ネガティブになる理由を語るのかと思いきや自分を責め出すなんて、ネガティブスパイラルや~!」と私の中の彦麻呂が叫びだしたので、その解釈を膨らませました。
次の2行も、一度は韻を重視して組み立てたのですが、技巧よりも勢いという大サビの方針を引き継ぎました。
1番と同じところは説明を省いて、最後の2行を見ましょう。
日本語版で間違っていた、と歌われているのは「思い出の残し方」なのですが、ここの解釈はとにかく難しかったです。
英語版の「僕」には、思い出の残し方どころか、思い出すらありません。
(日本語版でもそんな気がするんですが、日本語ってなんとなく雰囲気さえ合っていれば、理論的に連続していなくても変に感じないんですよね……)
そこで[My mindset was wrong all the way](僕の考え方はずっと間違っていた)としました。
こんなところでしょうか。
もっと詳しく説明をすることもできるんですが、すでに5000文字を超えているのでこの辺で締めたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
そのうち、今回の動画で着ている服の話とかもnoteに纏められたらいいなぁ、と思います。