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【夢日記】布藤百花の憂鬱

 こんな夢を見た。(※実際の制度、処遇とは異なる説明が含まれます。)


 1

 私は、知人の家に招かれていた。そこで見つけたガラクタらしき物品を、私は凹ませた。

 どうしてそうしたのか、自分でも理解できない。本来の自分は、訳もなく他人の所有物を損壊するようなヤツではない。だが、現にそうしてしまった。知人は怒った。私は帰った。

 別の日。私は、別の知人の家で、やはりガラクタを損壊した。自分はどうしてしまったのだろう。知人から絶交を言い渡され、私は逃げるように退去した。

 さらに別の日。今度は、無断で侵入した誰かの家で、その家の飼い猫を叩いて遊んでいた。叩いたといっても、棒や手をぶつけたのではない。市販のプラスチック製ネコジャラシを頭にちょんちょんくっつけ、ちょっかいを出しただけだ。おそらく、私は、猫の狩猟本能を刺激することで可愛い仕草を観察しようとしたのだろう。だが、予想に反して猫は怯えた様子だった。

 次の瞬間、私は取調べを受けていた。

 検事が言うには、あの猫はすっかり人を警戒するようになり、自宅に侵入されたことと相俟って飼い主はショックを受けているらしい。2人の知人も憤激しており、処罰感情は苛烈を極めているという。

 飼い主はともかく、知人2人が怒るのは不思議だった。褒められた行為ではないとはいえ、そこまで怒らせるようなことなのか。正直、納得できない。だが、他人の物を凹ませるのはたしかによくない。ガラクタに見えたそれは、大切な物だったのかもしれない。罪悪感は一切ないが、ここは謝るべきだろう。

 私は謝罪の意向を検事に示した。ところが、先方は謝罪も賠償も受け付けるつもりはないらしい。それを聞いた私は、むしろ安堵した。すべきことがないのは清々しい。

 だが、ふと疑問に思う。いつから自分は、こんなにも倫理が欠如していたのか——。


 2

 こんなの起訴猶予だろうと高を括っていたが、案に相違して起訴された。罪名は「器物損壊罪」と「住居侵入罪」、そして「動物の愛護及び管理に関する法律違反」だ。通っている法科大学院の先生(実務科目で知り合った弁護士)が弁護を引き受けてくれたので、そこまで心配はしていない。刑法の演習講義を担当している先生も協力してくれるという。ロー生冥利に尽きるというもの。

 だが、「人の住居……に侵入し」たり「他人の物を損壊し」たりした事実に変わりはない。後者は一応法的に争う余地があるが、有罪判決を受け容れることにした。動物愛護法違反についても、ネコジャラシでちょんちょんするのが「虐待」というのは理解できないし、あの猫が人を警戒するようになったこととの因果関係もないと思うが、やはり争わないことにした。その理由は単純だ。ぶっちゃけ、この程度の事案で懲役になるはずはないからだ。せいぜい、比較的低額の罰金刑だ。ならばさっさと終わらせるのがいい。〈被害者〉のうち1人はどこの誰かも知らない人だし、残る2人も縁を切られて構わない関係だ。私の関心は、あくまで裁判にのみ向いていた。

 そして迎えた判決期日、私は大いに失望した。

「主文。被告人を懲役3年に処する」

 なんでだよ。

「続いて、理由を述べます」

 しかも実刑判決かよ。

 弁護人の先生方は、あまり仕事をしてくれなかったような気がしてならない。だが、もういい。日々の生活に疲れを感じていた私は、控訴をしないことにした。

 そして、私は新潟県内の刑務所に収容された。


 3

 結論から言うと、ここでも予想外な事態が起きた。なんと、私の罪が比較的軽微であると認められ、いわゆる開放型刑務所への収容が決まったのだ。ここは規律が緩やかであり、外部の事業所に通勤しながら矯正プログラムを受けることとなる。要は食事と研修付きの社員寮のようなものだ。さらに、同刑務所は現在満室で、半年ほどは県内のマンションに居住しながら入所を待つことになるらしい。もはや単なる強制移住だ。

 寒い地域への強制移住に不満は残るものの、せっかくなら満喫したい。私は旅行のプランを練り始めた。

 そして気づいた。住所変更やら何やら、諸々の手続をしなくては。

 さっそく、私は新潟県警の本部へ向かった。警察関係の施設に近づきたくはないが、運転免許証に係る手続は避けられない。それならいっそ、先に済ませて気分を楽にしようという発想だ。

 本部の地下へ行くと、そこではいくつもの自走式の台車が動いていた。ディズニーシーのアトラクション〈アクアトピア〉を連想するが、どうやら、指定した窓口まで来客を運んでくれる優れ物らしく、人を乗せた台車が列を成している。

 さっそく、私も乗ってみた。少々ぎこちない挙動をするが、倒れそうになるほど急ではない。手摺りもあるから安全だ。これは便利で快適だ。

 ……いや、待てよ。

 座れないのか、これ。

 こういう機械って、座りながらでも目的地へ辿り着けるから意義があるのではないのか? 事務手続に要する時間が縮減されるわけでもないし、立ったまま移動させられるなら、結局歩くのと変わらないのではないのか?

 そう考えると、どうも新潟県は税金の使い途を誤っているように思えてならない。能登半島の人はどう思うのか。


 4

 所要の手続が済んだあと、私は気ままに散歩をしていた。そこで通りすがりの女性から声を掛けられた。同年代で話しやすい。飲食店を探しているそうなのだが、生憎こちらも土地鑑がない。そのため道案内は断ったが、「どうせなら一緒に探そう」と提案された。

 べつに、その女性と仲を深めたかったわけではないし、正直不信感と鬱陶しさはあった。だが、強く断るほどの理由もないし、無碍に扱って人を傷つければ面倒になると学んだばかりだ。同意して、近くの定食屋へ入った。

 労働者が集う安めの定食屋でも、彼女は嬉しそうだった。ボリューミーで千円近いプレートを手早く平らげると、挨拶もそこそこに去っていく。「また、どこかで会えるといいですね」——そう言って笑う顔は、人の良さを感じさせた。

 そして、会計時に真相が判った。

「代金が高すぎませんか?」

「彼女さんの分との合計だよ」

「彼女なんて、いたことないんですが」

「さっき出て行った子が、お客さんに払ってもらうと言っていたけどね」

「えっ、そんな約束はしていませんよ。彼女でも友人でもありません」

「お客さん、踏み倒そうとしていないかい?」

「あの女性はさっき知り合っただけの他人です。単に、店主さんが食い逃げされただけですよ」

「……あのねえ、前にもこんなことがあったんだよ。その手には引っ掛からないからね」

 店主はその場で受話器を取った。指が向かう先は、「1」、「1」……「0」!

「えっ、ちょっ、こんなことで通報ですか」

「こんなことを繰り返されちゃ、店が潰れちまうよ。それともなに、疾しいの?」

「誰だって警察沙汰は嫌ですよ」

「食い逃げ犯なら、なおさらだろうね」

「自分の分は払いますって」

「たとえ共犯者の分まで払っても、帰さんよ」

 共犯者、と聞いて確信した。女に「会計は彼氏が持つ」と言わせ、自分は「女とは関係ない」と言い張り、1人分の食事代を浮かせる。そんな犯行計画だったと思われているのだろう。実際は、私が食い逃げに利用されただけなのだが。

 店主は本当に通報しているらしく、「食い逃げです、場所は……」と必死に訴える。

 勘弁してくれよ。

 幸先が悪いどころじゃない。逃げればますます疑われ、市内を歩けなくなってしまう。留まれば警察官が臨場し、素性を明かす羽目になる。怪しい人物が受刑者だと知ったら、警察官はどう思うのか。刑務所にこの件は伝わってしまうのか。

 今後3年間の新潟ライフを愁い、私は鈍色の空を見上げるしかなかった。

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