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2040年の世界 まるでそれは美しい旋律のように

自動運転車で旧市街の寝床近くまで送ってもらい戻った6人はすっかりお腹が満たされていた。年少組の4人は帰りの車内でも今日プレイしたVRゲームについてずっと話していた。
行かなかったメンバーへのメッセージとしてカイは約束通りB-28路地の突き当たりの壁に特に問題なく帰ってきたことと博士にもらった食べ物のお土産があるということを暗号メッセージとして残した。

深夜そのメッセージを読んだメンバー5人は朝になってから廃墟ビル5階の寝床にやってきた。
カイは彼らに一通り研究室でのことを話した。カイ以外にも年少組は楽しそうにゲームのことやドーナツや温かい食事、研究室の案内AIロボットや猫について、変な話し方をするベリーショートのコトリちゃんについて口々の話した。
ユウキは
「みんな何もなくてよかったけど、これで本当に安心かはまだわかんねーなぁ。」
と少し悔しそうに言った。
カイはユウキの言葉を聞いて、しばらく黙り込んだ。確かに、今回の出来事は予想外の幸運だったかもしれない。しかし、彼らの生活が常に危険と隣り合わせであることに変わりはなかった。

カイの目は、自然とグループの年少メンバーたちに向けられた。ケンタは、まだ興奮さめやらぬ様子で他のメンバーと話し込んでいた。ソラは他のメンバーたちの話に耳を傾けながらも、どこか遠い目をしていた。ソラはよくこういった表情をした。カイは彼の姿を見て、ソラがこのグループに加わった頃のことを思い出していた。
ソラの存在は、このグループに大きな変化をもたらした。彼の並外れたプログラミング能力は、彼らの生存戦略に新たな可能性を開き、今となってはソラ無しでは侵入も窃盗も難しく、それはつまりソラ無しではグループのメンバーは国に保護されるかマフィアの捨て駒となってもっと醜悪な犯罪に手を染めて、抜き差しならない状態になるしかなかった。しかしながら、カイはこのソラの才能を闇ではなく陽の当たる場所で正しく伸ばして使われるべきではないかという思いも強くあった。

ソラはコードを書いていくことが好きだ。それを打っている時全ての音が無くなり、文字列だけが彼の中に流れ始める。それは作曲家が頭の中で勝手に溢れ出す旋律を音符として書き留めていく作業と似ている。美しく整った文字列はソラの中に溢れ出し、彼の指と連動する。彼の指は流れるように速く文字列を作り出すがソラはいつももどかしい。文字列を打っても打ってもソラの中の美しい文字列は果てることなく、さらにそれらは新しく斬新でそれでいて定石を逸脱しない美しい文字列を生み出すからである。

5歳で路上に放り出されたソラがカイに拾われた時、コードの基本を教えてくれたのはカイと今はもうグループにはいないメンバーだった。彼らに教わったのは本当に基本だけでそのあとはのめり込むように自分で知識と技術を獲得していった。それはまるで長い干ばつの後に雨を得た大樹の根が水や養分を貪欲に大地から吸い込むかのようであった。

ソラはどんなに厳重に、幾重にも張り巡らされたプログラムであっても直接的な突破口または間接的に入れる隙を誘発して突破することができた。どうしてその突破口を解るのかと聞かれたら、口で説明することはできない。解るから解るとしか言えない。コードを打ち込む時のあの忘我の状態の集中をソラは愛した。自分を捨てた母親のハルからその時だけ自分を解放することができたからである。彼の母親のハルは彼に彼女を「ママ」と呼ぶことを許さず、「ハル」と呼ばせた。抱っこをせがんでも抱っこしてくれることはほぼなかったしせがむと怒り出しさえする時もあった。「あんたのせいで」といきなりヒステリックに泣き叫んで、ソラを小突いてくることもあった。その当時ハルが所属していたピラニータのメンバーとハルがいちゃつくと、ソラは嫉妬でその間に割り込むがハルはそれに激怒しソラの頬を張り、蹴飛ばした。ハルが持ってきた腐りかけの食べ物をソラが食べないと無理やり口に押し込んできて戻すとそこから2、3日何もくれないこともあった。見かねたピラニータ仲間がソラに何か食べ物を与えてくれることもあった。それでもソラはハルを愛していた。どんなに理不尽なことをされようとも、疎ましがられようとも彼女に触っていると落ち着いたし、側にいて欲しかった誰よりも。路上に捨てられ、カイが自分を拾うまでソラは自分が捨てられたとは思っていなかった。待っていたらハルが来ると思った。カイに拾われて、日が経つうちに自分が捨てられたことを幼心に徐々に理解していった。ソラは毎晩泣いた。ハルが恋しくて泣いた。ハルに会えるならなんでもしようと思った。ソラが毎晩泣いてぐずるとその当時のリーダーは露骨に嫌な顔をした。カイはソラが泣くとグループの寝床から少し離れたところまでソラを連れて行き、ソラが泣き止むまで辛抱強く待ってくれた。
ソラはその当時もそして今も孤独という言葉を知らない。しかし孤独という言葉は知らなくてもハルに捨てられた時にソラは孤独そのものを知ることになる。その孤独を埋めてくれたのがコードの文字列だった。

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