【お題応募】高校時代の彼女に逢った。【創作大賞2022】
目の前にメガネをかけた女の子が立っていた。
白いブラウスを着て、水色の巻きスカートを履いて。
ニコニコ笑って、まるで40年前から時間を飛び越えてやってきたように、通っていた高校のある駅のホームに彼女は立っていた。
懐かしかった。そしてすぐに、これは夢だとわかった。令和のアラフィフ親父が見ている晩秋の夜の夢だと思った。だって、二人がいるのはもう存在しない地面の高さにあるホームだから。引き込み線には貨車を従えた茶色い電気機関車が停まっていたから。それはもう絵に描いたような昭和の景色で、だからこそ彼女が立っていても違和感はなかったから。
「お茶、飲みにいく?」
とおいらが声をかけると、彼女は嬉しそうに笑い、頷く。
青、白、赤の三色に塗り分けられた電車がやってきて、おいらたちはそれに乗り込む。窓の外にはガラス工場が現れ、大きく左にカーブを切るとセメント工場が姿を現した。通学の道すがら、毎日鼻にしていた横浜のくすんだ匂いがすぐに漂ってきた。
つり革に手が届かない彼女は、ちらちらとおいらの顔を見ながら、学生服の裾を指先でつまんだ。そうだったな、たまたま朝の電車で一緒になった君は、そうしておいらに捕まってきた、それが話し出すきっかけだったっけね。結局、あのまま身長は伸びず、今もそうして誰かの裾を掴んでいるんだね。
電車が横浜に着き、おいらは彼女を連れて東横線のホームへ向かった。西口の連絡通路はやっぱり何かの工事をしていて、人の流れを整理している警備員に、何となく「40年経ってもその仕事、終わらないんだよ」とつぶやいてみる。気分は完全に未来人だ、令和から昭和50年にやってきたのがおいら、何か予言でもしてやればすぐに日本中がおいらを知ることになるのかもね。ビートルズのジョン・レノンは射殺されるんだよ、イランのアメリカ大使館は解放されてお祭り騒ぎが始まるんだぜ?とあれこれ思い出し、それを携帯で発信してやろうと思い笑った。昭和50年に高校生が携帯電話なんて持ち歩ける時代じゃなかったと気が付いたからだ。
緑色で2つ窓の電車がやってきた。桜木町行きと表示されている。大きく左にカーブしながら東海道線を跨ぎ、東横線は疲れた西区の街並みを走る。
高島町の駅に着いて、あれ?と思う。みなとみらいのランドマークタワーが見えたからだ。確かに、この風景だった記憶もあるが、それは平成に入ってからではなかったか?並走する京浜東北線も銀色で、昭和の昔なら青い電車じゃなかったか?
おかしいな、とおいらが思う度に、VHSのビデオテープを見ているように、ジジ・・・、ジジジジジ・・・、と白く細い横線が視界を横切り始める。
夢が終わろうとしているのか?と思った。せっかくの昭和50年なのに、久しぶりに彼女と世間話ができると思っていたのに・・・。
終点の桜木町に着き、改札を抜けると、彼女が紅葉坂へ行きたいと言う。初めてデートらしいデートをした場所だ、おいらは頷き、新横浜通りを渡ってプラネタリウムを目指して坂を上った。
上り切ると、彼女は自分の家へ寄って欲しいという。彼女の家?いや、君は保土ヶ谷に住んでいたよね?今は紅葉坂へ引っ越しているの?
そう言おうとすると、またジジ・・・、ジジジジジ・・・、と画面にノイズが走る。なんだか、下衆なことを口走ると夢を終わらせるよ?と脅されているような気がする。
おいらはまた頷いて、彼女の後ろをついていく。白く新しい、どこか味気ない住宅が続いた先に、赤い屋根の家が現れる。彼女がドアを開けると中から小さな子供が出てくる。通っている幼稚園の制服なのか、男の子と女の子はおそろいの水色の上っ張りを着ている。彼女の子供かな?と思い、おいらは頭を下げ、両手を振って挨拶すると、子どもはささっと彼女の陰に隠れる。
でも彼女が何かを子供耳元で囁くと、子供たちの表情はパーっと明るくなり、おいらの側へやってくる。
「学生服のおじちゃん、お母さんと結婚するの?」
「学生服のおじちゃん、私のお父さんになってくれるの?」
え?いきなりそんな話が始まるの?
どう答えていいのかわからず、おいらが頭をかいていると、彼女によく似た女性が近づいてくる。
「お久しぶりです。私です。忘れていなかったのね」
「ああ。忘れるもんか。久しぶり。元気そうだ」
腰にまとわりついてくる子供たちの頭を撫でながら、おいらも応える。
「こうでもしないと、あなたは逢いに来てくれないと思ったから」
どんどん老けて、今の姿になっていこうとしていく彼女の体が、少しずつ色を失い、向こう側にある家が透けて見えるようになっていく。
もう「終わる」んだな、と察したおいらは、振り返る。
「俺たちが一緒にいた頃はさ、この坂の下に広がる桜木町の街に、みなとみらいなんてなかったじゃないか。それで夢を見せられてるとわかったよ」
彼女は「あ」という表情を見せて消えていった。