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【昔の話】通院したら小学校時代の知り合いと会ってしまった話

さて、先週通院した際にあった、ちょっと切ない話を書いておきたいと思う。
採血が終わり、診察までの間を待合室で過ごしていた。まぁ、平日の午前中で、周囲はおじいさん、おばあさんばかりの毎度な風景、当然置かれているテレビもチャンネルはNHKで、はっきり言って若さの「わ」の字もない状況だった。
で、スポーツ新聞を何となく読んでいると、背後から名前を呼ばれた。顔を上げると知らないおばさんが立っていて、親しげにおいらへ会釈をしている。
「隣、いい?」
と言われ、頷くとおばさんはそこに座った。その段階でも、まだ誰から声をかけられたのかがわからなかった。こりゃ困ったなぁ、と思いながらおいらは腰を浮かせ、座ろうとしているおばさんと少し距離をとる。当然、ソーシャルディスタンスの維持の為だ。
「久しぶり」
と改めて言われたが、やっぱり相手が誰なのかがわからない。
「えーっと・・・」
何も応えないのもどうかと思い、おばさんの顔を凝視しながら思い当たる節がないかを探った。
「ナマタメです」
おいらの煮え切らない反応を見て、おばさんが苦笑しながら名前を言う。
「・・・、ああ、ナマタメさん・・・か、ナマちゃんね、久しぶり」
おばさんは、小学校の時の同級生だった。最後に会ったのは多分30年くらい前で、それ以降は一度たりとも思い出すようなことがなかった。まぁ。その間に風貌が変わったのはお互い様だとしても、あまりの変わりように記憶の中の彼女と目の前のおばさんが同一人物であるとは俄かに信じ難かった。背中が曲がり始めていて、もうすっかりおばあさんという風体だったからだ。

とりあえず、簡単な身の上話をして場を取り繕った。腎臓を壊してサイボーグになった話とか、今日ここにいるのは下痢と嘔吐がひどくて医者に何とかしてもらう為だとか、そんな話をした。ナマタメさんは、通院しているお母さんの付き添いでやって来ていて、それが終われば買い物をして帰るということだった。
この病院にいるということは、お互い実家に住んでいるということかな?と尋ねられたので、おいらは近くで部屋を借りて住んでいるとだけ答えた。あまりこちらの事を詮索されたくなかったので、具体的な話は避けたのだ。

なぜ、距離を置こうと思ったのか、それは最後に会った30年前の時のことを思い出したからだ。
当時、おいらは一時的に実家に戻り、勤務地に近い場所でいい部屋がないかを探している状態だった。片道2時間をかけて通勤する事が苦痛になっていた為だ。なので、会社帰りにコンビニへ寄って、住宅情報的な物を立ち読みしていた。その最中に声をかけられた、というわけで、その声の主がナマタメさんだった。
おいらは全然そういう記憶がなかったのだが、彼女の中では小学校時代に仲がよかった男子の一人がおいらだった、らしい。らしい、というのは、彼女が言う懐かしい話のほとんどを忘れていて、話を合わせるのに四苦八苦したからだ。え?おいらそんなこと言ったっけ?バレンタインにチョコくれた?そうだった?いや、ゴメン、覚えてないよ・・・。そんなやりとりの後、彼女がふいに
「タダノくん、週末とか何してるの?」
と尋ねてきた。
「え?ああ、今はゴルフの練習へ行ったり、ハゼ釣りとかだな」
おいらもバカ正直に答えてしまい、しまったと思った。
「私、暇なんだけど、一緒に連れてってくんない?」
・・・ああ、やっぱりそう来たか・・・、おいらは内心舌打ちをした。

コンビニを出て、彼女を家まで送っていく間、あれこれ話しているうちに、おいらはなぜ小学校時代にバレンタインのチョコへ無反応だったのか、その理由を思い出していた。ナマタメさんは、野郎だと理屈なしに下に見る「嫌な女」だったのだ。どんな感じだったのかと言えば、ちびまる子ちゃんに登場する「前田さん」、まさにあんな感じの女の子だった。だから、よく野郎と衝突していたし、一度アクシデントを被ったグループは以降クラス替えまで距離を置く、という状態だった。たまたま、おいらはナマタメさん以外の女子と仲がよく、正直言って接点がない状態だったので、被害には遭わなかった。ただそれだけのことで、きっとナマタメさん的には喧嘩せずにいた男子=仲がいい男子=おいら、という図式になっていた、そんな感じだったのだろうと思う。
で、そういう小学校生活を終えた後、ナマタメさんとは別の中学校へ進んだ為に、完全に脳裏からその存在が消えていたというわけだ。

彼女の家の傍まで来たので「さよなら」と言って別れようとすると、彼女はまだ日曜日にどこかへ、を繰り返していた。さすがに22時過ぎの住宅地で立ち話をするのも近所迷惑だと思い、じゃあ、釣りの候補地を車で回る予定だから、それでよければ来る?と言ってしまった。おいらがダメなのはこういう優柔不断な所なんだと改めて思うが、30年前はまだ青かったのだ。

日曜日、自動車を出して彼女を迎えに行き、ひとまず磯子辺りの河口を見て、観音崎の京急ホテルでお茶を飲んだ。その後、134号から西湘バイパスを走り、小田原厚木道路に出て帰ってきた。まぁ、神奈川初心者向けの海コースドライブルートだ。このあたりにも「やっつけ仕事感」が漂っていて、今思い出しても失礼な話だな、と思う。ちょっとでもデート慣れしている女の子なら、舐められていると舌打ちするような手抜きっぷりだ。
しかし、ナマタメさんはお茶を飲んでいる間だけでなく、車中でも延々一人でしゃべっていた。小学校時代もそんな感じだったように思うのだが、もうすぐ三十路に入ろうという段になって、まだ小学生女子のままという感じがして、おいらはかなりげんなりしていた。まぁ、正直言えば疲れる相手、でしかなかった。もちろん相手はちびまる子ちゃんの「前田さん」だ、こっちの心情なんか推し量るはずがない。ハンドルを握っている間に、何かの罰ゲームをやらされている気分になっていったものだ。
夕方6時前に彼女の家に着き、そこで下ろした。時間的に晩飯を食って帰るべきか、と一瞬迷ったが、そこまでする相手でもないと即座にサービス精神を打ち消したことを覚えている。もう、マジでくたくただったのだ、相手をしていることにね。

そういう顛末があったので、あんまり当時のことを根ほり葉ほりされたくなかった。30年も経てば殺人事件だって時効だろうし、ここまで書いた以上のことを思い出すことも嫌だった。合わない相手とは何年過ぎようがやっぱり合わない、そういうことなのだ。
しかし・・・
「タダノくんだけだよ、デートに連れていってくれたの」
といきなりナマタメさんが何とも言えない表情で漏らし出す。
「へ?」
彼女は、じーっとおいらを見据えて頷く。
「・・・じゃあ、ご結婚は・・・?」
彼女は首を振る。
「ずっとナマタメだよ、ナマタメのまんま」

そうか、結局あのまま年を食って今だったのか。

確か、車の中での独演会では、NTTだったか第二電電だったかでシステム設計をやっているという話だったはずだが、卒業した学校は高校が女子高で大学は津田塾、の男っ気のない十代だった、と。そこからいきなり野郎ばかりの職場になって居場所がない、的なことを言っていたように思うが、逆にそういう環境なら彼氏候補も選び放題だったんじゃないか、と思った記憶がある。というか、普通はそんな「恵まれた」場所にいたら、放っておかれるわけがない。
だが、放置されている間に適齢期が過ぎてしまった、ということだったらしい。しかし、まぁ、「あのまんま」年を取っていったのなら、それも仕方がなかったのかもしれない。

別に、どうでもいい相手にわざわざ言うべきでもなかろうと思って黙っていたのだが、実はナマタメさんの言葉には気になる部分があった。彼女は、発言の端々に「周囲を見下している感」を漂わせていて、それが話を聞く側をイラっとさせたのだ。確かに、小学校時代もよく勉強ができる真面目な子であったのだけれど、彼女の思う正義に服従させようという「前田さん」気質が常に前面に出ていた。だから衝突もしていたわけだが、高校、大学と女の園で更に前田さん度を熟成させてしまったんだろうと思う。
車の中でも、派遣で来たPGが使えない、から始まって、専門卒だから仕事ができない、あんな高校出ているからこっちの指示を理解できない、と学歴だけでスキルを決めつけているようなことを平気で言い続ける。おいらが派遣契約の管理を担当しているんだよ、と自己紹介した後で派遣要員をくそみそに貶すのだから、聞かされるおいらがどういう気持ちになったのか、だ。いちいちそれを書かなくてもいいだろうと思う。こんなデリカシーのない奴を誰がデートなんかに・・・、が正直な気持ちだったのだ。

もしかしたら、また病院で会ってしまうのか?とも思いながら、おいらは彼女に言った。
「ナマタメさんさ、おいらはあの時、晩飯を一緒に食うのは嫌だな、って思ったんだ。ずっと忘れてたのに、さっきそれを思い出したよ」
「え?」
「今も気持ちは変わらないわ。悪いね」

これで、もう声なんかかけてこないよね?


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多々野親父
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