スピンオフ2
二日酔いも治った夕方、満月の姉である美華に髪をいじられていた千聖は聞いてみた。
「美華ちゃんは、今まで告白したりされりしたことある?」
今こそ彼氏募集中だが、美華は恋人がいたこともある。
「うーん。まさに告白、みたいなのはあまりなかったかもね。ドラムしてるとバンドメンバーと長い時間いたりライブで何回も会う他のバンドの人たちがいて、そういう人たちと付き合うことが多かったから。ちょっと付き合ってみる?みたいな軽い感じだったかな」
満月が買って来てくれたカップアイスを食べる千聖の顔を覗き込むように見た美華は、ちょっとからかうような笑顔を見せる。
「そう言うちーちゃんは?満月になんて告白されたの?」
スプーンを咥えていた千聖は、それを吹き出しそうになった。
「えっ、そんなっ、全然されてないよ?満月が僕のこと好きかどうかもわからないし」
それを聞いた美華は変に息を飲み込んでしまい、ちょっとむせた。
…はい?告白してからの今の関係だと家族みんな思ってましたけど?
「でも美華ちゃんがそう言うなら、もしかして満月僕のこと好きでいてくれるのかな?」
ちょっと赤くなり、ミルクアイスを口に運ぶ動きも心なしか早くなりながら千聖は言う。
どころじゃなく、超大好きだと思うけど…
はたから見ていたらバレバレなのだが、自分がそれを伝えるのもどうかと思い、
「ような気がするけどなあ」
と、何となく流す。
「僕さ、満月に告白しようと思って」
食べ終わったアイスのカップを置き、真剣な調子で言うと、美華を見上げた。
「振られたら、満月とちょっと変な感じになるかもかもしれない。そうなったらごめんね」
決心したものの、たくさんあると思っていた告白の機会が意外とない。
周りに人がいない、二人きりだ、よし!と思った瞬間人が来たり、携帯メールが来たのを熱心に見てたりするので、何となくタイミングを逸していた。満月に好きと言ったことなんて何回もあるのに、いざ告白となると、それ用の雰囲気みたいなのを求めてしまうのは不思議だ。
そんなこんなで数週間、やっと機会はやって来た。
家のある駅で降り、神社を通り抜けて満月の家まで一緒に行き、満月が明日の待ち合わせ時間を確認して家に入るとき、千聖は思い切って声をかけた。
「満月、ちょっと」
玄関前から家の影の方に行くと、満月も付いてくる。
ここまでしたらもう言うしかない。千聖は決心して、口を開いた。
「満月が好き。いつも言う好きじゃなくて…その、満月とキスしたりとか、その先とか…そういうこともしたい。そういう好き。満月と付き合いたい」
心臓が飛び出そうで、満月の顔をまともに見れず、自分の靴ばかり見ていた。ちょっとのはずの間がやけに長い。
「…男同士だし…千聖は友愛と恋愛を勘違いしてるかもしれないし…」
満月がポツポツと語りだした。
それを頭の上で聞きながら、ああ、振られたんだなと千聖は思う。
でもその理由は、同性同士だからとか千聖の勘違いだとか、満月自身と関係ないものばかりだ。
無性に腹が立って来て、千聖は満月を睨んだ。
「…振るならちゃんと自分の気持ちで振って欲しかった。中学の頃から持ってた感情が友愛か恋愛かわからないほど、僕のことバカだと思ってたの?満月が僕のことそういう対象に見られないのは仕方ないよ。でも、僕が満月を大好きな気持ちを違うって、勝手に満月が否定しないで」
言いながら泣きそうになって来た。
同性同士というだけで、好きっていう気持ちに証明がいるんだろうか。こんなにこんなに好きなのに信じてもらえないんだろうか。
千聖は満月に背を向けた。裏道を、振り返らずに自分の家に向かう。
病院にいても満月がいたから楽しかったことや、満月と一緒に通えて嬉しかった小中学校のこと、ライブの時に満月にときめく気持ちや背負って帰ってくれる時の幸せな気持ち、その全部が間違いだと言われたみたいで悔しくて悲しくて仕方なかった。
神社の仕事を終えて帰ってきた美華は、玄関に入ろうとしてギョッとした。
家の影の一際暗いところに、満月が幽霊のごとく佇んでいる。
「うわ、びっくりした!そんなとこに立ってないで早く家に入れば?」
「千聖に告白された」
言って来たので
「そうそう。この前、あんた達まだつきあってなかったのかと思ってびっくりしたとこだった。まあ良かったじゃない」
軽く答えた美華に、満月は続けた。
「…なんか、振ったみたいになっちゃったよ」