見出し画像

中世の彩飾写本を通じてコレクターについて考えさせられたはなし。

 なぜコレクターは自分が心血を注いで蒐集したものを手放せるのか?

地下ホールのガラス窓

 国立西洋美術館に近年寄贈された「橋本指輪のコレクション」「内藤彩飾写本零葉のコレクション」を目にするたびに抱く疑問です。

 両コレクションともに作品数・資料的価値は素晴らしいもので、集めるにはカネ以上にコネ――コレクターどうしや信頼の置ける古物商とのつながり――が重要ではないかと思わされます。

 だからこそ蒐集物には愛着もひとしおでは?


 収集癖のケがあり強欲を自覚している私は、「集める」という意思のもと購入したモノがもし手元から消えたらと思うだけで背に冷や汗を感じてしまう。

 生きているうちに自分のコレクションをそっくりそのまま美術館や博物館などに寄贈できる・・・人は何を思って一大決心したのでしょうか。


 既に会期は終了していますが、「内藤コレクション 写本 — いとも優雅なる中世の小宇宙」をご覧下さい。


展示構成

  • はじめに

  • 1章 聖書

  • 2章 詩編集

  • 3章 聖務日課のための写本

  • 4章 ミサのための写本

  • 5章 聖職者たちが用いたその他の写本

  • 6章 時祷書

  • 7章 暦

  • 8章 教会法令集・宣誓の書

  • 9章 世俗写本

 展示されているのは彩飾写本の零葉れいよう、すなわち本から切り離された一枚物です。

 内藤氏ご自身が著書でぶっちゃけてますが、完本と比べてお手頃価格かつ飾って観賞しやすいのが特徴。


 外部から借りてきたもの以外はすべて撮影可能。たいていは額装されてますが、一部はページの裏表両方を観賞できます。

展示室の様子



個人的見どころ

聖書零葉

聖書零葉(イングランド/1225-35年頃)

 字がこまっかぁい………!

聖書零葉のアップ
彩飾画は創世記の逸話

 えっ何これすっごい。こんな小さな面積に詰めっ詰めで字が書かれてる。しかも「こんな字書いてみたい」って思うほどキレイ。

 1章の零葉はだいたい紙面が小さく、彩飾画よりもアルファベットの超絶技巧に目がいきました。


時祷書零葉の聖ロンギヌス

時祷書零葉(イングランド/1390-1400年)

 イニシャルの内部に描かれたキリストの磔刑図は私的にグロ注意なんですが、注目すべきは飾り枠の下部中央に描かれた線画。

目を見開き鼻水を垂らす聖ロンギヌスとされる男性

 解説文によれば奇蹟で視力の戻ったロンギヌスの深い悔恨を表してるそうですが、つまり鼻水が出るほど号泣してるってことだな?


『セント・オールバーンズ聖書』零葉

『セント・オールバーンズ聖書』零葉
(フランス、パリ/1325-50年)
イニシャル部分のアップ

 写本の出所が判明している珍しい零葉。私が気になったのはイニシャルを埋めるタイル柄で、ひとつひとつの中央に点が打たれているのが伊藤若冲の「鳥獣花木図屏風」を連想させて不思議な気分になりました。


ミサ聖歌集零葉

ミサ聖歌集零葉
(イタリア、ウンブリア地方またはアブルッツォ地方ないし
マルケ地方/1400-25年頃(?))

 はぇー昔の楽譜って五線譜じゃなくて四線譜だったんですねぇ。

イニシャル部分のアップ

 内藤コレクションの零葉には楽譜も多いですが、これはとりわけイニシャルの装飾が豪華。

写本の余白にはときどき内容と無関係な可愛い絵が描かれている


印刷物に彩飾した時祷書零葉

時祷書零葉
(フランス、パリ、ヨランド・ボンノム印行(?)/1520年代(?))

 印刷物の一部に彩飾が施されている零葉。印刷された枠にも絵がありますが、比較すると彩飾画のほうが愛らしく感じる。


『レオネッロ・デステの聖務日課書』零葉

『レオネッロ・デステの聖務日課書』零葉
写字:フランチェスコ・ダ・コディゴーロ
彩飾:ジョルジョ・ダレマーニャ
(イタリア、フェラーラ/1441-48年)
イニシャル部分のアップ

 内藤氏が追いかけた「X氏(後述)」による彩飾画が見事な零葉。確かにこの小ささで布や武具の質感がはっきり感じ取れるのはすごい。

 裏表両方観賞できますが、片面はちょっと私自身の映り込みが激しく全体像は載せられません……。

反対側のイニシャル部分のアップ



ミュージアムショップ

買ったもの

 特別展とはいえ館蔵品の展示でしたから、特設ショップは無し。とはいえ内藤コレクションを利用したグッズを一ヶ所に集めた特集コーナーがありました。

 とうぜん特別展の図録は無く……代わりと言えるのが「文字と絵の小宇宙」と題された作品選と新しく作られた総作品目録カタログレゾネ

 資料として持っておくならカタログレゾネでしょうが、フルカラーではなかったので「文字と絵の小宇宙」を選択。グッズは紙製ブックカバー1枚に留めました。


 あとは内藤氏のエッセイ「ザ・コレクター」この本がめちゃくちゃ面白かった!

 最初に紹介した聖書零葉の写真が表紙に使用されています。

 パリやロンドンの古書店との交流、謎の画家X氏をめぐる旅行記などページをめくるたびに心が躍ります。ぜひ読んでもらいたい一冊、なんですが……。

 えっ何このプレミア価格……!?


余談

 昼食は美術館内の「CAFÉ すいれん」で展覧会記念のコースメニューをいただきました。

前菜盛り合わせ
フロワドマイスのユニベール
正体は冷製コーンポタージュ
牛フィレ肉のポワレ
葡萄と粒マスタードソース
ガトーショコラのパルフェ仕立て

 スープやデザートの細工が赤く色づけされてるのは写本の赤インクをイメージしているのでしょう。



おわりに

 冒頭の問いに対する内藤氏の答えは「文字と絵の小宇宙」「ザ・コレクター」で語られています。

 曰く、コレクターの生きた証を残すため。

 コレクションは優れて個人的なものである。コレクターが死去したら、コレクションについて知る人はいなくなり、その歴史は空白になる。

「文字と絵の小宇宙」72ページより引用
ほぼ同じ文章が「ザ・コレクター」にもある

 内藤氏はロンドンの知人らにコレクションができるまでの具体的な記録を残すことが大事、と言われたそうです。


 コレクションは自分の歴史である、なんて私は今まで考えたこともありませんでした。

 自分が集めたものを手放す行為には未だ抵抗があります。そもそも私のコレクションは美術館に寄贈できる性質のものではありません。

 ただ、「デジハリマニアックス」や「ガラスペン継戦能力比較」が私の人生において大きなウェイトを占めているのも確かです。


 私の生きた証をどのように価値あるものにするか。
 今後の人生における課題です。



私のサイトマップ

「材料・道具代をカンパしてあげよう」「もっと記事書いて!」「面白かったからコーヒー1杯おごったげよう」と思われましたらサポートいただけますと幸いです(*´ω`*)