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ガールズバンドクライはなぜ胸に刺さるのか

最近の作品の中で、ダントツでどハマりしたこのアニメ。
ついに完結した訳だが、ハマった理由をつらつらと述べていきたい。


音楽における初期衝動

結論から言うと、ガールズバンドクライ(以下ガルクラ)が初期衝動の物語だからである。

ちなみに初期衝動とは何なのだろうか。
音楽レビューでは散見される単語であり、端的に表すと「ロックをやりてぇッ」というアツい気持ちなのだが、正直うまく言語化することは難しいので、初期衝動を表現した曲を引用したい。

一発目の弾丸は眼球に命中
頭蓋骨を飛びこえて 僕の胸に
二発目は鼓膜を突き破り
やはり僕の胸に

それは僕の心臓ではなく
それは僕の心に刺さった

(中略)

あの日の僕のレコードプレーヤーは
少しだけいばって こう言ったんだ
いつでもどんな時でも スイッチを入れろよ
そん時は必ずおまえ 十四才にしてやるぜ

↑THE HIGH-LOWS↓「十四才」

初めてロックンロールに触れた興奮と衝動を余すことなく表現した名曲である。

ヒロトとマーシーは、THE BLUE HEARTSとしてキャリアをはじめ、↑THE HIGH-LOWS↓を経てクロマニョンズに至るまで数多くの名曲を残してきたが、彼らはこの初期衝動を原動力に40年近く活動している。

ガルクラの主人公である仁菜も同様に、ダイヤモンドダスト時代の桃香の曲が心に刺さり、やがて音楽の道を志す。

わたし、桃香さんの歌に胸を抉られたんです。爪痕、残されたんです。死んでも負けんなって。

ガルクラ5話より

SNSでは仁菜の狂犬っぷりがよくネタにされるが、彼女がロックに目覚めた理由はこれだけで十分であろう。

狂気のロックンロールモンスター

人生を変えた一曲は、何年、何十年経とうと、その人の心に深く残り続ける。桃香の曲は、仁菜の生き方を丸ごとひっくり返した、何事にも代えられない宝物なのだ。したがって、桃香がその才能を手放そうとしたとき、仁菜はそれを全力で否定する。

8話のこのなんとも言えない顔である

本作の面白いポイントは、かつて桃香の影響を受けた仁菜が、今度は逆に桃香を感化していることである。
桃香はダイヤモンドダストでの挫折から自信を失い、音楽活動の道を諦めかけるのだが、仁菜が彼女を焚きつけることで、再出発を決意する。

あらゆるミュージシャンは他のミュージシャンの影響を受けるものだが、桃香が仁菜に渡した「初期衝動」というバトンが、再び自身の手に戻ってくる構成となっているのだ。

それだけ仁菜は鬱屈して、エネルギーが溜まってる。それは、紛れもない、ロックだ。仁菜は、ロックンロールなんだよ。

ガルクラ3話より

「初期衝動」はバンド、そしてロックにおいて欠かすことのできないテーマである。なぜなら多くの人間にとって、音楽を志すきっかけがこの「初期衝動」だからだ。本作はそのニュアンスを余すことなく伝えている点が、非常に優れているといえる。

全部を曝して生きてやるー!

サブタイトルに込められた思いとは

さて、以下はガルクラのサブタイトルと、元ネタのバンドである。

第1話 東京ワッショイ 遠藤賢司
第2話 夜行性の生き物3匹 ゆらゆら帝国
第3話 ズッコケ問答 eastern youth
第4話 感謝(驚) フィッシュマンズ
第5話 歌声よおこれ サンボマスター
第6話 はぐれ者賛歌 フラワーカンパニーズ
第7話 名前をつけてやる スピッツ
第8話 もしも君が泣くならば GOING STEADY
第9話 欠けた月が出ていた The Groovers
第10話 ワンダーフォーゲル くるり
第11話 世界のまん中 THE BLUE HEARTS
第12話 空がまた暗くなる RCサクセション
最終話 ロックンロールは鳴り止まないっ 神聖かまってちゃん

解散したバンドも多いが、正直、メジャーとはいえないラインナップだ
※スピッツは現在はメジャーバンドだが、「名前をつけてやる」の時代はヒット曲がないアングラなバンドである。

フェスのトリを飾ったり、老若男女から人気が出るというよりは、好きな人は好き、というポジションのバンドである。あえて言葉を選ばずにいうなら、この曲が好き!と大っぴらに伝えにくいバンドであり、さらに偏見をいうなら、キラキラしたステージでスポットライトの下で演奏するよりは、ライブハウスで汗水流してギターをかき鳴らす姿が目に浮かぶ。

しかし、彼らは現代においても未だに支持され続けている。例えば「夜行性の生き物3匹」は、2017年にジャンプ+で連載された漫画「ロッキンユー!!!」で、バンドメンバーが結束する契機として演奏された。

かっこいいリフなんです

また、フィッシュマンズは海外の有名レビューサイト「Rate Your Music」で、歴代ベストアルバムの27位に選出されている。念を押すが、これは日本だけでなく、海外を含めたあらゆる時代の音源における順位である

とんでもない評価である

これらの作品は、最近の所謂「バズ」のように爆発的に広まった訳ではない。
コピーバンドで演奏されたり、深夜ラジオで紹介されたり、CDレビューで名盤としてセレクトされたり……楽曲が「刺さった」人間が、その興奮を次代に伝えてきた地道な努力の結果なのである。

勝手な予想だが、トゲナシトゲアリがこれから何百万枚も売り上げる未来が来るとは思えない。しかし、彼女らの行きつく先は、何十年経とうが時代と国籍を飛び越えてリスナーの心に深く刺さり続ける、そんな存在なのではないのだろうか。本作のサブタイトルで引用されたバンド達は、そのようなトゲナシトゲアリの未来を示唆しているように思えるのである。

作中でトゲナシトゲアリの活動は、再生数や動員などの目に見える数字には実らないが、関わった人間の心の深いところで肯定されている
かつてガールズバンドは嫌いと言い放ったバンドマンはラストライブに足を運んでいるし、脱退を申し出されたマネージャーは金銭的負担を飲み込んでくれる。長時間のレコーディングに付き合わされたエンジニアも熱い激励の言葉とともに将来のサポートを約束してくれるなど、トゲナシトゲアリのむき出しの姿は常に応援の対象になっているのである。

田中さん…!

誰もが自分のやりたいことを貫き、本心を曝け出しながらも世間に認められることを夢見るが、それは簡単ではない。やがて現実の生活と折り合いをつけ、各々の妥協点を探していく。
一方でトゲナシトゲアリは、本音の音楽としか向き合えない不器用な人間の集まりである。しかし、初期衝動を失うことのない彼女らの正直な生き方に、人々は自分たちのかつて破れた夢を重ねるのである。

「間違ってない」とは

ところで、本編では「間違ってない」という表現が繰り返し使われている。
第1話では仁菜が東京に来た直後の電車シーン…
第8話でダイヤモンドダストが車の中の桃香に語りかけるシーン…
そして、最終話のライブシーンでも曲を演奏する直前でも使われることから、「間違ってない」が本作のキーワードであることは明白なのだが、そもそも「間違ってない」とはどういった状態なのだろうか?

冒頭から言うとりますからね

「間違ってない」という言葉は否定的な表現であり、何かを肯定しているわけではないため、ネガティブなニュアンスがある。どこかに不安がつきまとっている…そんな印象ではないだろうか。
自分たちの生き方、バンドの方向性に明確な自信があるのなら、彼女らは「自分が正しい」という表現を用いるはずである。

しかしトゲナシトゲアリには、それを言い切れるほどに明確な正解があるわけではない。
むしろ、彼女らの対比であり成功者として描かれるダイヤモンドダストでさえ、正しい方向性を模索している最中なのである
ダイヤモンドダストはアイドル路線への転換に成功したが、彼女達はその選択にまだ不安と葛藤を抱えている。彼女らが自信を持って「自分が正しかった」と言い切れるのは、音楽業界の激流を何年も生き抜いた後なのだろう。

バンドマンは不安よな

しかし、そんな迷いの中でも、自身の直感にしたがって選択を続けなければならない。まだ先の見えない物語の中で一体どんな選択肢が正しいかは分からないが、うまく行くと信じて自分の心にしたがった選択をすることは、少なくとも間違っていないはず…そんな思いが込められた言葉ではないのだろうか。

12話の神社のシーンは、不確実な未来を歩むことを決めた、仁菜の決意を感じさせる名シーンである。

信じることしかできない=神社というロケーション

みんな1人だったんですよね。この世界で。でも音楽があった。
今もずっと私の中には、桃香さんの情熱が流れてる。それが私はみんなと繋いでくれたんだなって、信じてます。この感覚を。歌を。だから自分を信じてください。
私トゲナシトゲアリの物語を作りたいんです。これからずっと同じ夢を見ていきたい。この5人で。私ロックの神様っていると思うんですよね。

ガルクラ12話より

おわりに

ロックバンドにおいて、音楽と同様に生き方は重要である。ヒロトとマーシーはその生き方と楽曲のメッセージが重なるからこそ、説得力と感動が生まれるのだ
トゲナシトゲアリも嘘偽りのない生き方だからこそ歌える歌があり、その思いが他人に伝わるのではないだろうか。

本作は、トゲナシトゲアリの始まりの物語であった。これから、続編が出るのかは定かではないが、彼女らはロックバンドとしてどんなストーリーを描くのだろうか?

現実とアニメの両方で活躍する彼女らの未来は全く想像できないが、これからも心に刺さる作品を残して欲しいと切に思う。

エンディングの余韻がいいよネ


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