今日のあたりまえを、ちょっと揺らして。
休日の朝、少し用事があったので、娘に留守番を依頼した。これまでも、ついていく/行かない攻防は何回もある。「留守番をする」と言うが、できひんやろと思って、説得して連れ出して行っていた。同居する彼が、自分で言ったことはさせるべきだ、できるやろ、甘すぎる、と私を叱ってくるのも大きい。
この時も、娘自ら留守番を言い出したけれど、いざ留守番させようとすると不安そうに駆け寄ってきたので、私の方が不安になったが、グッと堪えた。
用事を済ませて帰ったら、ソファで平然と漫画を読んで「おかえり」と言う。何をしていたのか聞いたら、「自転車に乗ったけどすぐにやめて、話し相手が欲しかったら、家のまえをうろうろして、近所の人とおしゃべりしてた。ほとんどがその時間」とのことだった。この子、そんな社交的に行動するんだ、と驚いた。
ルーティンをちょっと壊した時に、小さな成長がある。
さらに思い返してみれば、息子が2歳くらいで過疎集落で生活している時は、隣(と言ってもそれなりに歩く)のおばあちゃんが野菜なりおかずなり持ってきてくれて、そのまま息子がついていき、迎えに行くとおじいちゃんの膝の上で水戸黄門見たりしていた。
この時は、数少ない子どもが、ご近所に我が孫のように歓迎されているのも分かっていたし、あたりまえに周囲に甘えちゃえていた。今は、今のあたりまえを自分でつくってしまっている。小さく成長をしたのは、娘じゃなくて、私の方。
その時のあたりまえをドラスティックに変える癖はあるけれど、土台はそのままに小さく揺らす勇気を出すことに慣れてみたい。