ステップファミリー・ステップ
レンタカーで、ショートトリップ。この春から同居を開始した大人ふたり、子ひとり。運転は交互。山道、田舎道の運転は比較的好きだ。
彼が以前、友人らと同じ土地に行った。共に行けなかった私は、虫の居所が最高に悪く、荒れくれた。ささくれだった気持ちを繕うような週末が今回。その時、飲めなかったクラフトビール、彼にハンドルキープ委ね、しこたま飲んでやって、多少鎮んだ。
同じ景色を同じタイミングでずっと見てたい、という考えは昔あったが、今は変えた。パートナーと言えど、それぞれの時間、それぞれの関係性があって、必ずしも混じり合う必要はないと。
そう信念を持ったとて、嫉妬の感情は湧き起こる。それは生きづらい感情だけど、女としての欲求を誤魔化さないで存在できていること、そしてそれを赦してくれる彼の存在に安心もする。
ついつい仕事だとか母親だとかの責任感の方を優先させて、女としての感情は生き埋めにしてしまう傾向にあるから。
いくらいい仕事しても、社会に良いこと言っても、自分の心と身近な人を大切に出来ねば片手落ちだ、という考えは、10年以上変わってない。実践出来たり、出来なかったりだ。
山と川ばかりの風景にある、湯にだらりと浸かる。外からバーベキューの煙が鼻腔に届く。平日に業務上の課題で力んでることも溶けてゆき、もし、また新たな土地でゼロからやり直すような人生を迎えても、なんとでもまたやれる、という気が起こる。過去の記憶と紐づくのか、何があってもなんとかなる、と。そう思えると、日々のささくれにもまた立ち向かえる気がする。
湯上がり、夏の風を感じながら、広い川の横を歩いていると、「家族みたい」と思った。満たされた瞬間だった。
「家族」を足早に、一生懸命形成したいわけではない。一人の女として、一人の仕事人としても満たしたい。とても忙しない欲求を抱え、時に強制的にでも自然に抱かれ、湯に浸り、解き放て。