映画本読買日記 2016年12月
12月X日
外苑前で試写を観た後、歩いて青山ブックセンターへ。映画本コーナーで四方田犬彦の新刊『署名はカリガリ 大正時代の映画と前衛主義』(新潮社)を見つけて購入。『新潮』へ断続的に掲載された谷崎潤一郎、溝口健二、衣笠貞之助と映画にまつわる論考だが、衣笠の『狂った一頁』以外は現存しないフィルムについて論じているのが面白い。
四方田氏は『俺は死ぬまで映画を観るぞ』(現代思潮新社)で「現在、日本で映画史研究家と試写会に通う評論家とは、まったく棲み分けを異にしている。前者は特定の分野のフィルムと資料収集に拘泥し、タランティーノの新作にも無関心であれば、スコリモフスキーの復活に拍手を送ろうともしない。では後者はというと、試写会と国際映画祭で宛がわれる新作作品を越えて回顧上映に足を向けることなどまずない」と厳しく両者を批判していたが、氏の著書はまさに新作も旧作も均一化し、現存しない旧作も映画文献等を駆使して紙上に甦らせ、論じることが可能であることを示す。
12月X日
『キネマ旬報』から瀬々敬久監督への取材依頼。先日、完成披露試写で観た新作『なりゆきな魂』を中心に現在撮影中の『菊とギロチン』についても訊いてほしいとのこと。時間がないので、慌てて本棚から原作『成り行き』(つげ忠男 著、ワイズ出版)と、瀬々監督のこれまでのフィルモグラフィと文章をまとめた『瀬々敬久 映画群盗傅』(瀬々敬久 著、ワイズ出版)を取り出して要点チェック。
『なりゆきな魂』には足立正生監督が重要な役で出演している。瀬々+足立両監督の接点となる本がなかったかと思い返すと、元日本赤軍だった足立監督が強制送還された際に発売された『映画芸術 2000年3月増刊号 足立正生零年』(編集プロダクション映芸)や、足立監督がこれまでの活動を総括した大冊『映画/革命』(足立正生 著、河出書房新社)に合わせて特集を組んだ『状況 2003年6月号 別冊』(情況出版)に瀬々監督が寄稿していたことを思い出して読む。
それから、戦前のアナーキストを描いた『菊とギロチン』のために、『暗殺秘録 明治・大正・昭和』(鈴木正 著、原書房)を斜め読み。これは映画『日本暗殺秘録』の原作とされているが、『遊撃の美学―映画監督中島貞夫〈上〉』 (中島貞夫 著、ワイズ出版映画文庫)と『昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫』(笠原和夫・絓秀実・荒井晴彦 著、太田出版)では、監督と脚本を担当した両人共に、原作なぞ知らないと答えている。問題が起きた時のために原作を用意したという説もあるが、今後調べる必要あり。
12月X日
『署名はカリガリ』読了。
三河島の稲垣書店へ行く。映画文献の専門古書店として知られた店だが、店主の中山信如氏には新旧映画書のガイド本『古本屋「シネブック」満歩』(ワイズ出版)や、『古本屋おやじ 観た、読んだ、書いた』(ちくま文庫)というユニークな著作もある。昨年は、この店の最大の特徴である目録を収録した『一頁のなかの劇場 ——「日本古書通信」誌上映画文献資料目録全一〇七回集成』(稲垣書店)を自費出版し、空前の映画文献本として話題を集めた。筆者も2冊入手して、1冊は保存用、もう1冊は付箋と線を引きまくって活用している。
戦前の映画批評本を探していたので昭和17年に出た『映画の傳統』(筈見恒夫 著、青山書院)と俳優、左卜全について夫人が回想した『奇人でけっこう―夫・左卜全』(文化出版局)を購入。
12月X日
神保町の東京堂書店で『ヒッチコック映画読本』(山田宏一 著、国書刊行会)と、『ヒッチコックに進路を取れ』(山田宏一・和田誠 著、草思社文庫)、『監督 小津安二郎〔増補決定版〕』(蓮實重彦 著、ちくま学芸文庫)を購入。後者2冊は単行本でも読んでいたが、文庫になるとまた欲しくなってしまう。
最近はポータブルプレーヤーやiPadで映画を観る人も多いが、外に携帯するなら映画ではなく映画本の方がいい。それにしても山田氏は年末に更に『ハワード・ホークス映画読本』(国書刊行会)を出すというのだから驚く。
12月X日
『ヒッチコック映画読本』読了。古本屋に注文していた昭和13年に出版された『日本映画盛衰記』(玉木潤一郎 著、万里閣)と、昭和36年に出た『八尋不二シナリオ集』(八尋不二 著、時代映画社)が届く。
12月X日
映画webサイトから『海賊とよばれた男』の作品評の依頼。断ろうと思ったが、この映画のVFXについてなら書きたいと思いとどまる。『シン・ゴジラ』も手がける白組は日本映画VFXの中心を担う会社だ。
資料集めに新宿紀伊國屋書店へ。ちょうど白組の社史ともいうべき『白組読本』(風塵社)と、『海賊とよばれた男』のVFXが特集された『CGWORLD 2017年1月号』(ボーンデジタル)が発売されたばかりだったので購入。『白組読本』は伊丹十三の映画にまつわる秘話など貴重な話が多く、現場証言集としても有益。
12月X日
BIBLIOPHILIC & bookunion 新宿の映画古本コーナーで『旧日活大映村 銀幕の昭和・文化発祥の里』(旧日活・大映村の会・編纂、ラミ)を購入。調布の大映撮影所近くにあった映画人が住む5千坪の社宅について元住人たちによる証言集。こんな本が昨年出ていたことすら知らず驚く。俳優の三條美紀さんに取材した際、元住人だった彼女から村の話が出たが、こちらに知識がなかったので、ただ拝聴するだけだったのを悔やむ。三條さんは昨年86歳で亡くなった。
12月X日
師走なので新しい手帳を——ではなく、来年の名画座の上映予定がそろそろ出始めたので『名画座手帳2017』(トマソン社)を購入。都内の名画座情報から映画本の新刊情報まで網羅したフリーペーパー「名画座かんぺ」を毎月発行するのむみちさんが手がけた手帳で、名画座の座席表やら、監督・脚本家・俳優の誕生日と命日、活動時期までも書かれているのだから、これは映画本でもある。
読んでいない本も溜まってきたので、今年の映画本の購入はそろそろ打ち止め。しかし、年末も押し迫った時期に膨大な情報量を詰め込んだ今年最大の映画本(となるはず)の『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』(グラウンドワークス)が発売される予定なので、まだ気は抜けない。