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3通の手紙


これは架空の手紙です。
2022年宝塚宙組公演「Never Say Goodbye」の登場人物ピーター・キャラウェイが、帰国後に何年かにわたり受け取った手紙という想定です。
観劇した一個人の感想から生まれた単なる妄想にすぎませんので、「感想文」としてお読みください。

1通目 1942年

ピーター・キャラウェイ様

お世話になっております。
先ごろクランクアップした弊社新作映画「オリンピック・パーク(Montjuic Park)」の著作権について、全米脚本家組合の仲裁委員会より決定通知を受け取りましたのでご連絡します。

キャラウェイ様がお申し立てされたとおりに、本作の脚本は、キャラウェイ様とキャサリン・マクレガー嬢との共著であるとの判断がなされましたので、著作権料はすべてお二人で案分することになります。

数日中に、当社法務部門よりお二人に改訂契約書を送付させていただきます。

率直に申し上げて、マクレガー嬢は舞台劇「スペインの嵐」の大ヒットはもちろん存じ上げておりますが、スペインからの帰国後は故ジョルジュ・マルロー氏の写真集「スペイン内戦の真実」の監修者として出版に尽力された以降は、執筆活動はされていなかったと承知しております。

また、本作については打ち合わせの段階からキャラウェイ様とのやり取りのみで進んでいましたので、共著者がいるという想定はしておりませんでした。
そのため、ポストプロダクションに入った時点で、マクレガー嬢との共著であるというキャラウェイ様のお申立てには弊社としても少々の戸惑いはございました。

しかし、仲裁委員会へのキャラウェイ様の申立ての内容を確認したところ、

「タイプライターを叩いたのは確かに自分一人であるが、この物語は内戦中のスペインを背景としており、その当時に一定の期間当地に滞在して義勇兵と行動を共にしたキャサリン・マクレガー嬢の経験無くしては完成しなかったものである。
私は、登場人物や物語の骨格となる構成をマクレガー嬢に提示し、それを元に彼女の心から出てくるものを、言葉に置き換えてタイプし、必要な場面に当てはめてシナリオとしての体裁を整えただけである。
過酷な状況を経験した彼女だからこそ発する事の出来る言葉や感情を拾い上げることで、この物語に命を吹き込むことができたと考えている。よって本作はマクレガー嬢の作品であるといっても過言ではない」

とのご意見に納得した次第です。

本件について、私のもとにも仲裁委員会から意見照会がありましたので、下記のように回答いたしました。

「本作は、人民オリンピック参加のためにスペインを訪れ、その後、共和国側の義勇兵となった元オリンピック選手と、スペインの踊り子の恋愛物語であるが、単なるすれ違いの悲恋ものにならずに、あらがうことのできない歴史のうねりの中を生きる市井の人の信念や愛を問う内容に仕上がっているのは、当時のスペインの状況をその場にいた人の視点で描いていることに依るものです。
私も、キャラウェイ氏同様に、人民オリンピックが中止となった直後にアメリカに帰国しましたので、あの当時のバルセロナの混乱状況は経験しておりますが、その後の内戦の実態については、帰国後の報道で知るだけの知識しかありません。
ですので、このシナリオを初めて読んだときに、キャラウェイ氏ひとりの経験だけでは書けない内容なのではないかと不思議に思ったものです。
そのため、ブルネテ戦没の直前まで義勇兵たちと行動を共にした、マクレガー嬢が共著者であるという申し立ては、このシナリオの内容や質からいって、妥当なものだと思います」

私の意見がマクレガー嬢を共著者とする判断の一助となったとしたら幸いでございます。

なお、正式に決定したら発表前に改めてご連絡いたしますが、本作は今年中に全米で公開後に来年にはアジア各国を含む諸外国にも配給される予定です。
その際の再販使用料についてもマクレガー嬢との折半になる事を申し添えておきます。

グローバル・ピクチャー社  
プロデューサー マーク・スタイン

2通目 1952年

ピーター・キャラウェイ様

この度は、「アイ・ラブ・キャシー」シーズン2の脚本執筆をご快諾いただきましてありがとうございます。

この企画が持ち上がった当初は
「レッド・パージが収まる気配のない今のご時世で、ハリウッドのライターを使うのか?」
と眉をひそめる向きもあったのですが、結果としてホームドラマとしては当社過去最高の視聴率を叩き出し、コマーシャルで扱った商品の売上も桁外れであることから、テレビ局の上層部からもスポンサーからも、

「シーズン2の契約はまだか?!」
「次のスポンサーもぜひ我が社に!」

と手のひらを返したような反応を受けておりまして、プロデューサーとしては、してやったりとほくそ笑んでいます。

強く明るいシングルマザーが、周囲の支えを得ながらたくましく生きていくという、このテレビドラマのコンセプトは、大変斬新で印象深いものであり、同じ境遇の女性のみならず、すべての女性の応援歌となりました。

視聴者からは、社会の中で女性ならではの問題に立ち向かうキャシーへの親近感や、何が起きても臆せず愛と信念を持って行動する彼女の明るさが、周囲の人たちを巻き込んでいく様子が痛快で、勇気づけられたという感想が多く寄せられています。

また、シナリオについても問い合わせが多く
「脚本家はピーター・キャラウェイという男性名だけど、もしかして女性が書いているのではないですか?これほど女性の気持ちを代弁してくれるドラマは初めてです」
という声も相当数ありました。

私も、キャラウェイ様を直接存じ上げなければ、もしかしたら女性が執筆したのかと思ったことでしょう。

正直に申し上げて、独身で、もちろんお子様もいらっしゃらないキャラウェイ様がこれほどまでに女性の気持ちや、子育ての苦労や楽しさを自然な描写で表現されることに驚きを禁じ得ません。

もしかしたら、お身内など近しい方で、主人公と同じ境遇の方がいらっしゃるのでしょうか?
そうだとしたら、よほど親しくされて日常的に悩みを相談されるような間柄なのだろうなと推察しております。

いずれにせよ、キャラウェイ様の観察眼の鋭さと、卓越した表現力により、このような愛らしい主人公が生み出された事は間違いなく、この作品に関われる事を幸せに思っております。

テレビ局には、シーズン2に対しての期待の手紙と共に、キャラウェイ様へのインタビューの依頼が殺到しております。

前作の放送中にはお受けいただけずに残念に思っておりましたが、視聴者の関心も高まっておりますので、ぜひインタビューについても前向きにご検討いただき、このドラマの執筆秘話などをお話いただけるとありがたいです。

では、脚本の第一稿をお待ちしております。

CB×テレビ プロジューサー 
J・オプンハイマー

3通目 2005年

ピーター・キャラウェイ様
ペギー・マクレガー様

前略
キャラウェイ様からお預かりした2枚の写真について、可能な限り調査致しましたのでご報告いたします。
何しろ70年近く前の写真なので、写っている人物の消息をたどるのが困難で、回答までに時間がかかってしまったことをお詫びいたします。

オリンピック公園で、ハリウッドの往年の大女優エレン・パーカーを囲んで写っているマタドールたちについては、残念ながら6人とも消息をつかむことができませんでした。

写真をお送りいただいた時のキャラウェイ様の説明だと、幻のオリンピックとなった人民オリンピック開会式のリハーサル時のスナップ写真とのことで、もしかしたらこの中に故ジョルジュ・マルロー氏と親しくしていたマタドールがいたのではないかとのことでしたが、この後、すぐにスペイン内戦が始まり、マタドールたちはそれぞれが南部の自分の故郷に戻ろうとしたのだと思います。

彼らは、共和国側支配地域から反乱軍側の地域に入ろうとする際に、富裕層がファシスト側に逃げ込もうとしているのだと間違われ、有無をいわさず処刑されたのかもしれませんし、故郷にたどり着いても人民オリンピックに協力した「赤」と見なされ処刑されたのかもしれません。反乱軍側の兵士となって人民軍側と戦うことを余儀なくされ戦死したのかもしれません。

内戦を生き延びても、その後にスペイン全土を覆った飢饉に力尽きたのかもしれないし、フランコ政権下で生きる中で、ある日突然「行方不明」となったのかもしれません。

つまりは、その当時の幾千、幾万ものスペイン人と同様の運命をたどったのでしょう。

私はこの2枚の写真をもって、バルセロナ、マドリード、セビリアを回り、闘牛場の周辺の、引退した闘牛士や槍持ちたちがたむろするバルを探しては、写真を見せて回ったのですが、残念ながら6人については全く情報がありませんでした。

代わりに、どの地域でも反応があったのは、もう一枚の写真、室内で義勇兵があつまってポーズを取っている写真についてです。この写真の中央に座っている男性を指さして

「こいつはヴィセントじゃねぇか!ガキの頃の俺らのヒーローだよ」という言葉を幾度となく聞きました。

ヴィセント・ロメロ

キャラウェイ様がお探しだったのは、彼の事だと思います。

スペイン内戦前には、国民的な人気を誇った花形マタドールでした。
そして、彼がジョルジュと最後まで行動を共にしてブルネテの戦線を生き抜いた義勇兵です。

彼は内戦が開始した時に、他のマタドールとは袂を分かち、外国人の義勇兵とともに共和国軍側で戦ったそうです。彼の周りに写っているのは、内戦勃発時に義勇兵としてスペインに残った元オリンピック選手たちです。

写っているオリンピック選手の一人が、ブルネテの戦いで戦死している事が彼の国の大使館の記録で確認できております。なので、おそらくこの写真は彼らがブルネテに向かう直前に撮影されたものと思われます。

残念ながら、ヴィセントはすでに故人ですが、彼の孫エンリケに会うことができました。彼は自分ではこの人物が祖父だとはっきりとは分からないからと、祖母に見せてもいいか、と聞きました。
祖母はもう高齢で記憶もかなりぼんやりしているし言葉もおぼつかなくなっているから、役に立てるかは分からないけれど…とも。

私も同行しましたが、エンリケがヴィセントの写った写真を彼の祖母に見せた途端に、彼女は涙をながして写真の中央の男性をそっと指でなでていました。私には聞こえなかったのですが、エンリケに何事かをささやいておりました。

後で聞いたら「戦士の休息」と何度も言っていたそうです。

残念ながら、写真の正確な場所や日時は、エンリケの祖母からは聞き取ることはできませんでしたが、この写真の男性がヴィセント・ロメロなのは間違いないようです。

スペインにお越しの際はエンリケ・ロメロにご紹介いたしますので、ご予定が決まりましたらご連絡下さい。 


追伸
ペギー・マクレガー様
この手紙を投函する間際に、キャラウェイ様の訃報をお聞きしました。謹んでお悔やみ申し上げます。

写真に写っている人物を特定できないか?とのご相談があった時に、すでに彼は入院中であり、自分が亡くなったあとで写真について何かわかったらペギーに伝えて欲しい、とおっしゃっていたので、この手紙はそのままマクレガー様に送らせていただきます。

「ペギーはキャシーにそっくりなんだよ。愛情深くてひたむきなところも情熱的なところも、向こう見ずなところまでそっくりだ。ペギーがなぜ急に自分の祖父母について調べ始めたのかは分からないけれど、多分キャシーの遺品の中にスペイン時代の日記か何かを見つけたのかもしれないね。
ともかくペギーの事だから、思い立ったら何のツテもないままにスペインに旅立ちそうで心配でね。
ジョルジュの戦友を見つけることが出来なくても、誰か当地に信頼できる人がいれば安心して送り出せる。」

最後に電話で彼と話した時に、そうおっしゃっていました。
私が、キャラウェイ様のお眼鏡に叶う人物かは不明ですが、出来る限りお手伝いさせていただきます。

ぜひスペインへ、あなたのおじいさまが眠る大地へいらして下さい。

ラジオ・バルセローナ
パオロ・カレラス・Jr

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