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ラブユーラブミー

 ︎︎自分、結構好きじゃんという話。

 ︎︎少し前までは、自分を持たず憧れては模倣する人生だったけれど、気付いけば自分として日々を生き、私自身そんな自分を好きになっていることに気付いた。

 ︎︎「これ好きだわ」は以前からあったはずだけど、一人暮らしをはじめ、物理的にも精神的にも自己決定できる機会が格段に増えて、自分の足で自由に行動できるようになったのが要因だと思う。そんな自分を振り返って「自分、愛おしいじゃん」と思えるようになったし「あなたステキよね」と認めてくれる周囲という有難い環境に恵まれて3年、一つ一つの経験が層となって重なり、今こうしてご賞味できるようになりました。やったじゃん。

 ︎︎先日久しぶりに「心の瞳」の合唱を聞いて泣いてしまった。歌詞が沁みて仕方ない。

たとえ昨日をなつかしみ振り向いても
それは歩いてた人生があるだけさ

坂本九「心の瞳」

 ︎︎↑良すぎん??

 ︎︎メロディの良さは歌う側だった過去の自分も感じていたが、歌詞が沁みるようになるとは……1番2番サビ関係なく全てが沁みるし、歌詞の全てがめちゃくちゃいい。これが大人になるってことか。愛というチープにも見える普遍的で壮大な概念が、少し分かりかけてきた気がする。いや自分、まだまだ若輩者ッスけど……

 ︎︎自分と似ているなぁ、過去の自分みたいだなぁ、と感じる人が結構周りにいて、気づけばその人たちと積極的に仲良くなっていて、お節介に近いレベルで励まし慰めこちら側へ引き込もうとしている自分がいる。でもやっぱり自分と他人は違う。そこが面白いし、無意識に他者を「変えよう」とする気持ちが芽生えていることに恐怖すら覚える。思い上がってはいけない。お前はただの一個体でしかない。

 ︎︎久しぶりに過去のnoteを読んだ。拙い、恥ずかしいと感じるかと思いきや、どれを読んでも「めちゃくちゃええやんけ!」となっている。何なら自分、こんなにいい文章が書けたのか、そんな素敵な感性を持っていたかとすら感じる。他人を意識したネガティブな自己愛ではなくて、気付いたらポジティブで清々しい自己愛に変わっていた。

 ︎︎それもこれも周りのおかげですね、本当に。1人じゃ絶対根暗で陰鬱な人間になっていた、というか性根がそうであることを過去の私が証明している。その世界線はパラレルワールドではなく、確かに存在する。

 ︎︎変われた、そしてそれを良いと思えたからこそ今こうしているけれど、本当に環境次第で転ぶ先は全く違うからな。人生はトロッコアドベンチャー。どの選択をしても笑ってくれる人、時に悲しんでくれる人、喜んでくれる人、一緒に進んでくれる人、かけがえのない他者たちへ、最大限の感謝と愛を。