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コルセット 【EPISODE #08 / SEASON 1】

ヒゲの総帥、なんだか体に力が入らない。期日の迫った幾つかの仕事を、何とか世に送り出し、肩の荷を下ろしたはずである。しかし、それが原因でこうなったのか、あるいは春の柔らかな陽気が影響したのか、いまひとつ心身が澄まない。

町を歩けば、どこを見ても気怠げな人々の姿が目に映る。このようなことが季節の移り変わりの中で起こるのだとすれば、春というものは人を眠らせる力を持つのだろうかと、ふと考えさせられる。

木曜会に出席するため、ヒゲの総帥は北浜の「コロマンサ」に向かった。しばらくして、冷泉が高価なウイスキーを片手に店に入ってくる。

「ファラオさん、今日は休むみたいですね」と、持ち込んだウイスキーを飲みながら冷泉は王様不在の理由を教えてくれた。

2人で静かに酒を飲む。特に会話はないが、それでも居心地の悪さを感じない関係性にふと気づく。出会った当初から数えると、いつの間にか「会話がなくても一緒にいられる」間柄になっている。

冷泉と出会った頃、ヒゲの総帥はコロマンサを経営していた。その後、40歳を過ぎて初めて会社員になった。冷泉の目には、総帥の変遷ぶりが時代のカメレオンのように映るかもしれない。

一方の冷泉は、出会った当初から一貫して「IT」事業を扱い続けている。細かなトレンドの変化はありつつも、その軸足はブレない。最近では、彼が手掛けるChatGPTの魔改造事業が非常に順調だという。

しばらく2人で飲んでいると、データプロバイダーの会社を経営するCEOシゲオと監査役が店にやってきた。

「あれ?今日はこれだけ?」と、少人数の木曜会を見て素っ頓狂な声を上げるシゲオ。彼が店を訪れる日は、なぜかいつも店が賑わっていることが多い。わざわざ人混みの日を選んで来ているのではないかと思うほどだ。

Google Mapで「北浜のcafe & Bar クントコロマンサ」を検索すれば、人混みに圧倒されるシゲオの写真が見られる。そして、包丁を握って笑う冷泉の姿も――。初めて店を訪れる一見客は、こうした画像を見て恐れをなして入店を避けることもあるという。この写真がどれだけの人を「魔界」に踏み込まずに済ませたのか、考えただけで可笑しい。

その後、ウイスキーを2本持参してWEBディレクターのアラタメ堂のご主人が登場。続いてデザイナーの浦部君、映像ディレクターのタケちゃん、そして芸能事務所を運営するSSKMSYKが姿を現し、本日の木曜会のメンバーが出揃った。

デザイナーの浦部君が、何やら見慣れないものを体から外す。黒いその装いは、一瞬「ボンデージ」ファッションを思わせた。

総帥:「それは、山咲千里的なボンデージかい?」

アラタメ堂:「古い!そんなの誰がわかるんですか」

浦部君:「ははは、違いますよ。コルセットです」

なるほど。浦部君は最近、医者で軽いヘルニアと診断されたらしい。その腰を支えるためのコルセットだったのだ。この日の木曜会は、腰に難を抱える人々で溢れかえっていた。

・CEOシゲオ:ぎっくり腰
・アラタメ堂のご主人:慢性的なひどい腰痛
・浦部君:軽いヘルニア
・ヒゲの総帥:坐骨神経痛からくる腰痛
・SSKMSYK:聞いていないが、多分、腰痛持ち
・監査役の男:こちらも聞いていないが、眼鏡がおしゃれなので、まず腰痛持ちで間違いないだろう
・タケちゃん:整体に行くのが日課なほどの腰痛持ち
・ファラオ:この場にすらいなかったが、確実に腰痛であって欲しい

この中に冷泉の姿はない。腰に問題がない彼だが、腸が悪いことを以前教えてもらった。「だから、酒を控えなアカンのです」と、冷泉は酒を片手にヒゲの総帥へ語ったことを思い出す。この日、ファラオの不在もあって、浦部君のコルセットは男たちのおもちゃとなる運命を辿った。

まず、総帥が浦部君の黒いコルセットを身に着けてみる。「おお」。腰をしっかりと支えられたおかげで姿勢が伸び、178センチという本来の身長を取り戻した気分になる。見事に「よみがえった」気分だ。

次いで「オレも、オレも」とタケちゃんがコルセットを手に取る。装着した瞬間、木曜会の面々から歓声があがる。普段の親しみやすいタケちゃんではなく、どこか威厳に満ちた「エグゼクティブなタケちゃん」へと生まれ変わり、その存在はオーラに輝いていた。

「僕も着けたい」と進み出たのは、黒いIT参謀、冷泉。浦部君のコルセットは次々と手渡され、その用途を超えて忙しい身となる。冷泉がそれを装着してどんな感想を口にしたのか、ヒゲの総帥は思い出せない。ただ、冷泉はいつの間にかコルセットのことなど忘れたのか、上半身裸になり、万作と殴り合いを始めていた。

「今日の木曜会には女性がおらへんな。珍しい」とCEOが呟く。猫の額ほどの小さな店に集まった男たちは、コルセットを回し合い、「ええ音、響かせましょう」と殴り合いを繰り広げる会――。

この光景に女性陣が居合わせなかったのは、どうやら幸運だったようだ。

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