ハイタッチの毒 〖BEFORE 木曜会 #6〗
地下鉄堺筋線の北浜駅6番出口を出てすぐにある、ツタの絡まるレトロビル『青山ビル』。そこに存在する『ギャラリー遊気Q』に入ってみるとアジアのエキゾチックな服や雑貨、異国の匂いを封印したままのアクセサリーがところ狭しと飾られている。ヒゲの総帥が訪ねたその日は、自称300歳のギャラリーオーナーの女と托鉢僧のような女、そしてフェルト作家の女が談笑をしていた。
暇を持て余しているヒゲの総帥もその談笑に加えてもらい、麦茶を飲みながら気になった服を試着しては脱ぎ、試着しては脱ぎを繰り返し遊んでいた。
随分と居心地のよい空間だったので予想以上に長居をしてしまい、少し遅めにコロマンサに到着。万作は奥のテーブルで一心不乱に工作をしていたようだが、ヒゲの存在を察知するやそそくさと工作を片付ける。
「ああ、ヒゲの総帥やったんですか、よかった。これの存在を知られたらワシ、国家権力によって殺されますよって」(万作)
そのうち、偶然「遊気Q」で出くわした青いカーデガンの女、ガルパンの男、コロマンサでのインベントのときに椅子を貸してくれたグラフィック・デザイナーの男が来店してきて、落ち着いた雰囲気の店内にてみんなで酒を飲んでいた。
少しすると、ドンドンドン…。
「おっ、誰か来たな」と万作が口を開く。
ガゴッ。建付けの悪い半締まりのガラス戸が開く。今、階段を上ってきたであろう外の男が恐る恐る店内を見まわして、こう言う。
「カトウさん、いらっしゃいますか?」
カトウというのは日本でそこいら中にある苗字であるが、この店の場合においてはそれは「ハイタッチの男(後の冷泉)」を指す。だが、一応確認のためにヒゲが来客者に聞いてみる。
「それは全身黒ずくめのカトウさんのことですか?」
「ああ、そのかたのことです。ここで合流するように連絡があったんです」とスーツケースを抱えた男は返答する。
「まだ来られてないので、奥の席で待たれたらどうですか?」とヒゲは促すが、彼は一旦店の外にでてハイタッチの男に連絡をする。どうやら、もう近くまで来ているとのこと。
5分後…。
ハイタッチの男、スーツケースの量子力学の男、薬局の男、元プロサッカー選手の男が店にやってくる。それはそれはとんでもないテンションで入ってきては、壮絶な酒盛りがはじまる。坂本龍馬とそのツレかと思わんばかりの光景であった。
薬局の男が店にギターをあるのを見て、自分が弾くという。そしてギターを持ち、一般的なコードを弾くが思っているような音が出ない。
「あれ?チューニングが随分とズレてますね。俺、チューニングを合わします」と薬局の男がいうが、ハイタッチの男がそれを制する。
「ぐふふ、勝手に総帥のギターのチューニングを変えんほうがええです。これは総帥独自のチューニングになっとるので」とハイタッチの男は薬局の男を容赦なくビンタする。一体、何なのだこの男たちは?と腹がよじれる。
「痛っ!でも、俺、カトウさんに殴られた!これ皆に自慢できる!ここまで飲みに付き合ってよかった!」
その言葉をきいてハイタッチの男は薬局の男に優しくこういう。
「そしたら、次は、僕の腹を、殴れ」
薬局の男はハイタッチの男の腹を殴る、次に元サッカー選手の男がハイタッチの男に促されて、黒ずくめのハイタッチの腹を殴る。薬局の男はそのままコロマンサのステージの上で土下座の格好で酔いつぶれてしまう。
元サッカー選手の男は「俺も体育会系です、先輩を殴ったままでは気が済みません!だから次は俺の腹を殴ってください。そうしないと気が気じゃないんです」と妙な男気を見せる。さすがはサッカー選手だけあり、鍛え抜かれた筋肉は美しいものであった。
ハイタッチの男が遠慮なくサッカーの男の腹を殴る。ハイタッチの男が次は俺を殴れとサッカーの男にいう。延々と繰り返される酔っ払いの茶番劇にシラフで付き合うことはできないが、何度も何度も繰り返されるミニマリスムの寸劇に、バカバカしさと愚かしさを超えた、何かがあるような気がする。
ハイタッチの毒がヒゲの男にも回ってきたのかも知れない。
量子力学の男はソファに腰掛け、その光景を微笑ましそうに見ながら静かに酒を飲む。家は大阪の最北にあるらしいが、すでに帰る手段はタクシーだけとなっている時間。
常連の不思議な女が遅めにやってきた。その異様な光景をものともせず、普段のままに白ワインを飲む姿には風格があった。
その夜、ヒゲの総帥とハイタッチの男は腕を組んで途中まで一緒に帰った。
男同士で腕を組みながら、大切なものは何なのか、明日はどっちだと探して、彷徨っているのだ。
奈良県の天川村には特異な色をしたガーネットが発掘できる場所がある、ヒゲの総帥はその場所を知っているが、まだ誰にも教えていないのである。