山階基『夜を着こなせたなら』
山階基さんの第二歌集『夜を着こなせたなら』(短歌研究社)を拝読いたしました。
印象に残った歌を引きます。
ハッカ油を原液のまま手に垂らしている主体。
ハッカ油はリフレッシュのために手首や首筋に塗ることもあるそうです。
主体は何か鬱々とした気分なのでしょうか。
「花曇り」が雅やかでありながら、どんよりとした主体の心情を思わせます。
下の句「会わないことはあなたを守る」がとても印象に残りました。
守るといえば、近くにいて支える、何かからかばうなどのイメージがありますが、この場合は逆です。
会わないことがあなたを守るのです。
何から守るのか。主体自身の抑鬱から、あなたを守るのです。
あなたは守られていることに気づいていないかもしれません。
もしかしたら距離を取られたと傷ついているかもしれません。
それでも、この主体は自分の加害性を重視し、「あなたを守る」のです。
オルゴールの螺子はゆっくりと一定のスピードで動きます。
主体が巻いた分だけ、螺子は逆に戻っていくのです。
「かたくなに」は決して遅くも早くもならず、巻いた分だけきっちり螺子が回っている様子を想像しました。
そして、「葉桜は人を正気へ狂わせていく」。
桜の季節はなんだかうきうきしてしまします。
なんとなく浮足立って、いつもはしない散歩をしてみたりして。
しかしその季節は終わりました。
桜は散り、葉っぱだけになった木々は、人を冷静にしてしまいます。
理性的になった人は、まともで、真面目で、遊びのない人生へ戻ってゆきます。
正気に戻ることはよいことでしょうか。
それが通常の状態なのでしょうか。
人の在り方について考えてしまう一首でした。
アーモンドフィッシュの魚はなんだかかわいそうです。
小さくて、弱弱しくて、干からびています。
それをお皿にざらざらと出す景はなぜだか寂しさを思わせます。
「心にならない心」とはなんでしょうか。
嬉しいとか悲しいとか言葉でカテゴライズする前の、名前をつけられない感情のことかなと思いました。
猫に餌をやるように、心にアーモンドフィッシュを振る舞う主体。
もっとあったかくてやわらいものを心は欲しているのではないかと思ってしまいました。
寂しい気持ちになる一首でした。