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笹井宏之『えーえんとくちから』

以前に、短歌にまつわる本を紹介するビブリオバトルに参加しました。
ビブリオバトルは、誰でも開催できる本の紹介コミュニケーションゲームです。
ルールは、発表参加者が本を選んで集まり、順番に1人5分間で本を紹介します。それぞれの発表の後に、参加者全員でその発表に関するディスカッションを2〜3分間行います。全ての発表が終了した後に、「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員が1人1票で行い、最多票を集めた本をチャンプ本とします。

私は、笹井宏之さんの『えーえんとくちから』(ちくま文庫)を紹介しました。
その時の原稿を載せます。


私が紹介する本は笹井宏之さんの「えーえんとくちから」という歌集です。
私は短歌を始めて2年半くらいなのですが、この本に出会ったのは短歌を始めるより大分前です。
新聞の書評で紹介されていて、内容は忘れてしまったんですけども、とにかく気になって、初めて「歌集」というものを買いました。
言葉をこういう風に使っていいのか!という驚きばかりで、ノートに書き写して繰り返して読んでいたことを覚えています。
笹井さんは四冊の歌集がありまして、この「えーえんとくちから」は四冊目に出たベスト歌集になっています。短歌の他にエッセイ、詩、俳句なども収録されています。
「笹井宏之賞」という賞があるくらい有名な方の歌集を紹介するのはどうなのだろうとも悩んだのですが、自分が一番好きな歌集はこの本以外に思い浮かばない!せっかく紹介するなら一番好きで思い入れのある本がいい!と思ったので、紹介することにしました。

それでは、私が特に好きな歌を紹介します。

生きていく 返しきれないたくさんの恩をかばんにつめて きちんと

仕事でも、私生活でも、人にしてもらうことってたくさんあると思うんですよね。
でも、相手にちょうどぴったり返せているかというと、絶対にそんなことはなくて。
それを自覚すること。
自覚した上で、「きちんと」「生きていく」こと。
私は、この歌と出会って、
大袈裟なんですけど、こういう風に生きていけばいいんだなという指針をもらったような気がしました。
たとえ相手に返すことができなくても、自分の姿勢として「きちんと」「生きてい」こうと思っていればいいんだと、肩の荷が降りたような気がしました。
私は人と関わることが怖いと思いがちなのですが、この姿勢を忘れなければ大丈夫だ、人の中で生きていける、と思いました。
だから私にとってこの歌はとても大切で、皆さんに紹介したいと思いました。

もうひとつ、この歌集に入っている詩で好きなものがあるので紹介します。

無題

わたしのすきなひとが
しあわせであるといい

わたしをすきなひとが
しあわせであるといい

わたしのきらいなひとが
しあわせであるといい

わたしをきらいなひとが
しあわせであるといい

きれいごとのはんぶんくらいが

そっくりそのまま
しんじつであるといい

笹井さんが運営されていたブログの最後の更新で書かれていた詩です。
この詩と繋がるような短歌もあるので紹介します。

きれいごとばかりの道へたどりつく私でいいと思ってしまう

「きれいごと」を願う自分を薄っぺらいとか、欺瞞だとか、シニカルに見る視点も含まれていると感じる作品だなぁと思います。
でも、「きれいごと」に着地したい自分を認めている。
先ほど紹介した短歌で「返しきれないたくさんの恩」という言葉がありました。
返しきれないならせめて、「きれいごと」を祈る、願う、自分でいたいという強い意志を感じました。
私はその姿勢もとても好きだと思います。

笹井宏之さんの歌集を読んでいると、美術館で一人で静かに絵を見ているような感覚になります。
言葉の絵の具で描かれた、誠実で、透明で、やさしい世界に浸ることができます。

読んだことがない方は是非手に取って頂きたいですし、読んだことがある方もまた読んで頂くきっかけになれたら嬉しいです。

以上です。聴いて頂いてありがとうございました。

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