菅原百合絵『たましひの薄衣』
菅原百合絵さんの『たましひの薄衣』(書肆侃侃房)を拝読いたしました。
印象に残った歌を引きます。
一字空けの空白がとても効いている歌だと思いました。
「見てゐる時の間」が一字空けによって可視化されています。
「雨」とどちらかが言い、無言で窓の方を見る二人。
「雨」と言うまで、二人は同じ空間にいながら、別々の作業をしていたのではないでしょうか。
この歌に詠み込まれた時間だけは、二人は同じ方向を向いています。
人が無意識に連帯している瞬間を切り取った一首だと思いました。
人の心はそう簡単に開きません。
傷ついたことがある人ならなおさら、時間をかけてゆっくりと、相手に対して心を開いていくでしょう。
花が開くように開かない心は、もしかしたら歪な形で開いていくのかもしれませんね。
テーブルの上にはラ・フランスが載っています。
花開き、実をつけた結果として、ラ・フランスが主体のもとに存在しています。
本当は開きたい、相手を信じたい、でも慎重にならざるを得ない。
そんな葛藤が主体にはあるのではないでしょうか。
光を受けて、自身が光を放っているように照っているラ・フランスが、主体の心にそっと寄り添っているように感じました。
主体は眠ろうと目を瞑ります。
眠ろうという意識と、眠りという無意識の間に、「記憶の襞」が開いてゆきます。
結句は「音」となっています。
視覚が閉ざされ、聴覚へと意識がゆっくり沈んでいくイメージを持ちました。
眠る前に色々考えてしまったり、思いを巡らせてしまったりするのはよくあることではないでしょうか。
それをこんなにも詩的に描き出すことができるのだと教えられた気がしました。
感覚をやわらかく研ぎ澄ませば、暮らしの中にはたくさんの短歌の種があるのだなぁと思いました。