2ndシーズン 第2小説 短編小説『レベルE~remix~』
1
カナへ。
もう、ずいぶん会ってないね。
クラフトから聞きましたが、僕がルナと遅めの新婚旅行をしている間、君がクライブ(高度な疑似能力を持つ僕のペット)を利用して、もう一人の自分をコピーし、周囲の目を欺き、独り、ドグラ星を離れて、地球へ観光に行っていったことを知り、「ほう、なかなかやるじゃないか」と思いました。いずれ、ドクラ星王朝を壊してくれるような、あるいは、僕たち夫婦を脅かす宿敵となってくれるような、「育ちの良い立派な子」として育ってくれているようで、親として、何よりです。
ところで、僕は今、地球にいます。
カナは「読書家」だったから分かると思うけど、地球は「宇宙会議」(テーマは開発途上の惑星との交流及び援助)での結果、ドグラ星の「監視指定惑星」に決定し、僕自身、治安維持対策委員会の「最高責任者」に任命されたんだよね。
だから、カナも知っている通り、「地球人」と「異星人」の交流による弊害に対する「処理」なども、まぁ、一応僕の「仕事」のうちなのだ。
そして、今抱えている「弊害」で、最も深刻なものは、1点。
この手紙で、本当に語りたいのは、1つ目の、「安楽死の合法化」の問題なんだ。
カナは「読書好き」だったから、ちょっと「小説風」に書いてみようかな、と思う。それこそ、「地球人」の書いた小説みたいにね。
2
40代と覚しき美しい女性が、一人、僕の部屋にやってきた。
部屋には、僕以外に、女性スタッフが2名いる。そして、医者が1名いる。それだけである。
僕は〈依頼人〉のHさんに向かって、
「どうも、いらっしゃい。あなたが会員番号***のHさんですね?」
と優しく話しかけた。
Hさんは疲れ切ったような、あるいは、疲れを通り越して悟りきったような表情でもって、
「…はい」
とだけ、呟いた。
Hさんは、もう「安楽死」への決意が出来上がっているらしく、無言のまま用意されたベットへ歩いていき、ベットの上に座り、ちらと部屋の隅に立っている医者を冷めた目で見やった。
医者はそれを察し、致死量のペントバルビタールナトリウム(麻酔剤)を持ってきた。
僕は、Hさんに、事務的に最後の質問をする。
「――Hさん。死ぬ前に、一言。ご希望されていた音楽を、ご用意させて頂きましたが、いかがいたしましょう?」
その言葉に対してHさんは冷淡な口調で、
「……メール上の契約書に書いた、オプション通りにして下さい……」
と返した。
僕は、オプションとして用意しておいた、彼女が女優として初主演を果した映画のエンディングテーマのレコードに、針を落とした。
音楽が室内に満ち始めた。
それからHさんは、医者から致死量のペントバルビタールナトリウムを貰い、ためらう様子もなく、すぐさまそれを自ら飲み干し、ベットに横になった。
薄れゆく意識の中でHさんは、
「……ありがとうございました。これで、ようやく、望みが叶います…」
と言った。
間も無くして、Hさんはこと切れた。
3
「自殺を選ぶ権利、という概念も、この地球に、あるにはあります」
とサド隊員は、いつもの冷静な口調で言う。
先刻からキレかかっているクラフト隊長は、
「おまえ妻子持ちのくせによくそんなことが言えるな⁉」
と猛反発をする。
それを仲介するようにコリン隊員が、
「いずれにせよ、ここでいがみ合っても何の解決にもなりませんよ」
と二人を制す。
クラフト隊長はオールバックの長髪をかき乱しながら、
「あのバカ王子は、こどもなんだ! カナちゃんという娘を持った今でも、こどもなんだ! こどもが、親になんかなっちゃいけないんだ! なぁ、そうだろう⁉」
とサド隊員に同情を求める。
サド隊員は、クラフト隊長の騎虎の勢いに押されながらも、
「――ですね」
と冷静に言った。が、内心では、(……クラフト隊長。こどもといえば、貴方も王子のことを言えませんよ…)と呟くのを忘れなかった。
「よし‼」
とクラフト隊長は言い、
「これから、あのバカ王子がスイスで経営しているとかいう、安楽死施設〈ディグニマス〉へ行くぞ‼ 今度という今度は、絶対に許さんからなっ‼」
と絶叫した。
安楽死施設〈ディグニタス〉は、スイスの辺鄙な片田舎の一軒家であった。
入ってみると、白塗りの壁で囲まれた清浄な小部屋である。
窓が開いている。涼風により、ひらひらとカーテンレースがゆれている。
部屋の東側に中型のベットが置いてある。ベットの上には、クッションと足掛けがあるばかりだ。ベットのすぐ横に、なぜかしら、固定カメラが設置してある。
ベットのすぐ傍には、ベットに横たわる人と最後のコミュニケーションを取るために使うと思しき、二つの椅子が置いてある。
部屋の中央には、待合いに使うであろう大型のソファもある。
コリン隊員は部屋の様子を見て、一言、感想をもらした。
「こんな、スイスの辺鄙な田舎町の一角で、自殺幇助サービスが行われているなんて……」
サド隊員はメガネをかけ直し、冷静に言った。
「自然に溶け込みすぎているのが、王子にとっては得策だったんでしょう、きっと」
クラフト隊長はずっと苛々しっぱなしで、先ほどからタバコを吸いたくて仕方がなかったのだが、突如、ふっ、と自嘲の笑みを浮かべながら首を振って、
「……やめよう。せっかくのスイスの空気の綺麗さが台無しになる」
と言った。オタク用語で言ういわゆる「アホ毛」の散らばり具合が、彼の精神状況をそのまま現していた。
一通り、捜査が終わった、と思った三人は、一旦この施設から出ようとした。その時、ドン、という小さな物音がした。
「何者だっ⁉」
そう言って、その音がした部屋の西側の方を見ると、――なんと円卓にて、マグカップ片手に、優雅に読書をたしなんでいる、例のバカ王子の美しい横顔を発見した。
クラフト隊長は、全身をわなわな震わせて、これまでの鬱憤が限界に達したのか、ついにブ千きれて大声を出した。
「いつからおまえそこにいたんだぁっ‼」
バカ王子は、ゆったりと三人の方を向き、寝ぼけ眼と、あ、の口のまま、
「――君たちこそ、なぜ、ここにいるんだ? 今日はもう、客の予約はないはずだが。事前に手続きを踏まなければ、うちのサービスは受けられませんが?」
と言い、再び、穏やかな表情で目線を本に移した。本気なのか、冗談なのか、まるでわからない。
先ほどから笑顔のまま激怒しているクラフト隊長が、バカ王子の前にぬっと顔を出す。
「……つべこべ言わず、説明しろ。な?」もはやタメ口である。
バカ王子は、ふう、とため息をついて、
「わかった、説明するよ。――紅茶だよ」
と言った。
クラフト隊員は再びブチ切れて、
「おめーの持っているマグカップの中身の説明じゃねーよっ‼ なんで、おまえがこんな非道徳的なサービス業を営んでんのか説明しろっ、つってんだよっ‼」
と鬼の形相で叫んだ。その逆立った髪の毛は、さながらジブリ映画のようであった。(カナ、ジブリ映画、好きだったよね?)
4
「――我が組織(と言っても基本的に運営しているのは僕一人だが)の名前は、〈ディグニタス〉という。察しの通り、自殺幇助サービスをやっている。なぜスイスでやっているか、というと、スイスという国は、自殺幇助が法的に許されているからだ。我が組織は『安心・安全な自殺』をマニフェストに掲げている。しかし、簡単に死ねると思ったら大間違いだ。まず、会員になり、必要書類を送り、さらに、『やっぱり死ぬのをやめないか?』と思いとどまらせる手間も何度も必要となってくる。それで、実際自殺するのをよしたケースも何度かあった。さらに現実的な話をすると、会員になるための入会費は日本円で25万だ。自殺幇助費として、さらに25万。これには、死なせるための楽品代も含まれている。加えて、大方の客は自殺幇助サービスが合法化されていない国からの客だから、この地へ来るまでの渡航費も、自己負担してもらわなければならない。以上をまとめて見積もると、ざっと70万はかかる」
バカ王子は相変わらず手元の本に目を落としながら、他人事のように、以上のような不謹慎なことを滔々と説明した。
それを聞いたクラフト隊長、サド隊員、コリン隊員は、呆れを通り越したような顔をして、唖然としているばかりだ。
バカ王子はそんなことは気にかけず、淡々と説明を続ける。
「薬は、ペントバルビタールナトリウムという麻酔剤を用いる。当然、苦痛はない。客はベットに入り、関係者との交流をひとしきり楽しんだり、好きな音楽をかけたりなどのオプションを楽しんだのち、医者からその致死量の薬を渡され、数名のスタッフ立会いの下、自ら薬を飲む。このとき、ベット横に設置した固定カメラでその様子を撮っておく。後々、警察に渡すための証拠として必要だからだ。そして、検死してもらったあと、葬儀屋へと連絡する。――以上だ」
「ちょっと待ってください」
と、サド隊員が横やりを入れる。
「先ほどの費用計算のとき、葬儀屋への見積もりが入っていませんでしたよね? なぜですか?」
「……サド君。君、鋭い。将来、このサービスの社長の座を引き渡してもいいかもしれない。いいかい? ――現在、日本には、多くの異星人が飛来し、そして地球人たちと交流している。これは頭が筋肉で出来ているクラフト君ならずとも、周知の事実だよね。最近では、異星人の芸能人だって出現している始末だ。でも、それが日本に限った話だと思っているんだったら、それは大きな勘違いだ。こんな、何もないようなスイスの田舎町にだって、わんさかと異星人たちが住んでいるんだ。地球人に化けてね」
「何が言いたい?」クラフト隊長は、極度の怒りの念から、総身ぷるぷる微動させながら、バカ王子に向けて〈ボタンを押せば生物を殺せる銃〉を構えている。
「――オスがメスを捕食し受精する種族の宇宙人がいる、っていうのは知っているかね?」
「……コンウェル星人、ですか」とサド隊員。
「その通り」
とバカ王子は言って、パン、と手元の本を閉じた。
「それの亜種みたいなもので、『死体を捕食することを習慣とする種族』も、ここ最近、地球に現れ始めたんだ」
「それはカマキリみたいなものなのか?」とクラフト隊長。
「基本的にはね。でも、彼らにはメスもオスも関係ない。彼らは、同種族だろうが、地球人だろうが、共食いして絶滅したいという〈死の欲動〉という衝動に駆られている、という、まったく新しく珍しい種族でね。なにせ、地球人と宇宙人の混血だからね。よって、年中その『死体を食べたい』衝動を抱えている、とも言えるし、逆に、個体差があり、あまりそんな衝動を感じずに日々過ごす連中もいる。いや、むしろ内心では『死体を食べたい』という欲動を隠し持ちながらも、それを抑圧しながら生きている連中が大半、といえるだろう。異星人と宇宙人が交配した結果、本来の〈種の保存〉という目的の性とは異質の性が芽生えるようになってしまった。――ただ、そんな性質が、僕の商売にとっては願ったり適ったりだった、というだけの話だ」
「…ということは、『葬儀屋』というのは便宜上で…」
と、サド隊員は冷や汗を流しながら、おそるおそる詰問する。
「うん」
バカ王子は相変わらず涼しげな顔で、
「死体処理は、彼らにしてもらっている」
その言葉を聞いて、暴発寸前のクラフト隊長をサド隊員とコリン隊員が必死に抑えつけている中、バカ王子は、ぴらっ、と当局から貰ったであろう契約書を見せつけ、「合法、合法♪」とへのへのもへじ顔で呟くのだ。「ちなみに、医者もスタッフも、異星人ね」
はぁ、はぁ、と肩で息をしているサド隊員が、ズレかけたメガネの位置をくいっと正し、バカ王子に言葉を選んで詰問した。
「――端的に聞きます。なぜ、地球の治安維持対策委員会の『最高責任者』に任命されている王子が、こんなことをなさらなければならないのですか?」
「お世話になった、日本という国のためだからさ。事実、客の8割は日本人だからね。当然、日本に自殺幇助や安楽死を許容する法律はない。そして、データに詳しいコリン君、現在の日本における年間の自殺者数が何人かは、当然、知っているよね?」
「…今は、3万人から、2万人程度には減りましたけれども…(俺じゃなくても知っているだろうに…)」
「そうだ。年間約2万人の日本人が自殺してるんだ。理由は様々。それは同時に、こうとも、言い換えられるだろう。年間約2万人の人が、自殺することで他者に迷惑をかけているんだ」
「理解はできるが、納得はできん! ――いや、したくない!」というクラフト隊長の睨みつけるような目つき。
バカ王子は、はぁ、とため息をついたが早いか、
「――あのねクラフト君、身勝手に電車のホームに飛びこみ自殺なんかすれば、当然、周囲にだけでなく、遺族に莫大な金銭的・精神的な迷惑をかけることになるんだよ? そんな無責任な自殺の仕方と比べて、僕の考案した安楽死の死のサービス業は、まったくもって合理的でスマートだと思わないか? 第一、老後の生活保障費が、大幅にカットできるよ」
それを聞いてクラフト隊長はブチ切れて、ビーッ! ビーッ! ビーッ! と、〈ボタンを押せば生物を殺せる銃〉をバカ王子に向けて撃ち放った。
「た、た、隊長ぉ~‼」
とサド隊員はクラフト隊長の両肩を必死でホールドし、
「気を確かに‼ おい、コリンも手伝え!」
と命じた。
それでも、クラフト隊長は、
「あはは、あはは! やっぱり、あいつは悪魔の申し子なんだ! あはは、殺してしまった方がいいんだ! それが王子護衛の任務を任されている我々のするべき、本当の仕事なのだっ! あはははは!」
と気が狂って、手のつけようがない。
バカ王子はその銃の光線をひらりひらりとかわし、軽やかに窓から外へ飛び出た。
「いやァ、こんなこともあろうかと、窓を開けといてよかったよかった」
と言い、それから、
「クラフト君! 僕は合法的な自殺幇助だから罪にならんが、君は一歩間違えれば殺人罪だぞ!」
と捨て台詞を吐いた。
「やかましい‼ おまえは人じゃないっ‼ ヒトデナシだっ‼」とクラフト隊長は喚き返した。部下の二人は必死でクラフト隊長を抑えつけているが、その怒りはなかなか収まりそうもない。
バカ王子は、森の茂みに隠れ、なぜか体育座りをした後、ひとり、呟く。
「――ああいうタイプ(クラフト)は、年取るごとに頑固親父になるからなァ。あんな奴を親父にもった子供はさぞ困ることだろう」
5
――それからクラフトたちが部屋の中をくまなく調べて、やがて、パソコン内のメールボックスに大量のメールを発見した。
これは、そのうちの一通。
冒頭のHさんからのメールだ。
返信メール、拝見致しました。
私の安楽死の件、つつがなく決定したようで、安心致しました。
つい先程、私は、夫と、長女と共に、最後の夕食を、笑顔で済ませてきました。
きざな言い方をすると、最後の晩餐を済ませた、ということになるのでしょう。
彼ら私の家族も、私の肉親たちも、女優・俳優仲間たちも、これから私が行なう選択肢を理解できないまま、一生を過ごすことになるしょう。
世間一般の基準から見て、私には、貯蓄がないわけではありません。
家庭の幸福も、周囲に溢れています。
IT会社の社長をしている夫との関係だって、良好です。3年前に生まれた長女も、愛していますし、いただきます、が毎日言える、礼儀正しい子に、育っています。
それでも、――いや、それだからこそ、私が自殺を選ぶことを口に出してはいけないし、彼らに理解させてはいけない、と強く思うのです。
口が裂けても言えないです。
自殺を考えている、と絶対に理解させていけない、と思わせてしまう、私を取り巻く、この、人間関係の網こそが、私が自殺へ向かわせてしまう、根本の理由である、ということは。
世間から見れば、私は、30代半ばで結婚し、子供が出来、家庭人として収まった元・女優、ぐらいに思われていることでしょう。
私だって、これでいいじゃないか、これほど家庭の幸福を得ているのだから、それで満足したらいいじゃないか、と、頭では、分かっているのです。
しかし、気になるのです。
なぜか、気になるのです。
40才になったからなのか、コロナ禍がほぼ開けて、私が元々いた演劇界・芸能界も、正常に動き出したからなのか、はっきりとは分かりませんが、自分一人、仕事の面で、世の中の動きから取り残されているような気がして、気が気でないのです。
私が自殺を本気で決意をしたのは、本当に、つい先月のことなのです。
家族3人で、近場のサウナ施設に行った際、娘と源泉炭酸泉のタイル風呂に入っていた時、壁に設置設置されていたテレビ画面を観ていましたら、以前、私が長らく出演させてもらっていた連続ドラマシリーズの主演が、同事務所の1個下の女優さんに、変わっていたのを見たのです。私が結婚し、出産するタイミングで、彼女が、その座に変わったのです。
以前、私が現役の女優だった時、彼女は私が主演を務めたテレビドラマのテーマ曲を、歌手として担当し、結果、主演である私より、彼女の歌の方がフォーカスされたことがありまして、確かに、その時は、彼女に対して悪感情を抱いたことがありましたが、今回は、そんな気持ちでもないのです。
決して今は、彼女に、恨みがあるわけではないのです。
ただ、嫌な社会的な焦りが、黒煙のように立ち昇り、たまらないのです。
女優としての自分が、世間から忘れられていくことに、刻一刻、焦りが募って、仕方がないのです。
また、娘と一緒に風呂に入りながらも、そんなことの方に執着してしまう自分自身に、嫌気が差して差して、どうしようもないのです。
その後、夫と合流し、麦飯石サウナとやらで、お互い、汗を流しながら、どこまで我慢できるかな~、などと笑い合いながらも、私の焦りは、ピークに達しておりました。
お前は、傲慢だ。
お前は、欲張りだ。
そんな、普通の幸福を手に入れておきながら、――いや、それは分かっているのです。
だからこそ、私も、私自身のことを、耐えきれないほど、忌々しく思うのです。
普通の幸せをこれだけ手にしておきながら、つまらない、女優としての我執が勝ってしまっていることが。
結局、あれだけ良き夫や可愛い我が子の存在をもってしても、救われない自分自身がいることが。
つい、長話になってしまいました。すみません。
ホームページによれば、オプションで、死ぬ際に、好きな音楽を選べる、ということでしたので、私が最初に主演を果した映画『×××』のエンディングテーマを、希望します。
6
「ふふふ。もう、俺は、我慢の極限まできてしまったよ、サド君。今回ばかりは、度が過ぎている。悪ふざけですむ話じゃない。自殺幇助をしている王子のいる国なんて、滅びた方がいい、そうじゃないか? サド君。うふふふふ。そんな、バカ王子を殺した俺の罪名は、何になるんだろうねぇ? うふふふふ」
とクラフト隊長は先ほどから“錯乱状態”に入っている。
サド隊員は半ば呆れつつ、
「…あの、いくらスイスの大自然を前にしたからといって、道端に寝転ぶのは、やめてもらえませんか? 隊長」
そこで、道の向こうから旅行客らしき家族三人組がこちらへ歩いてきた。
筒井雪隆と、江戸川美歩と、その一人娘であった。
それに気づいたクラフト隊長はガバッとはねおき、アホ毛を垂れさせながら、
「おお、雪隆くんじゃないか! 久しぶりだね! 家族総出で、こんなところで何を?」
(家族総出なんだから、家族旅行以外にないでしょうに…)とサド隊員は内心冷静につっこんだ。
江戸川美歩は、結婚後も、相変わらず天真爛漫な様子で、
「この人たち(クラフトたち)がここにいるってことは、あのバカ王子がスイスで何か起こしてるってこと?」
一人娘は、
「バカ王子ってなに~」
と母親である美歩に聞く。
美歩はにっこりと笑ったあと、
「ほら、前に話したカナちゃんのパパのことだよ」
と答えた。
サド隊員は、
「うちの王子のこと、娘さんに詳しく話してないんですか?」
と雪隆に聞いた。
雪隆は飄々とした調子で、
「いや、話はしたよ。もう、宇宙人がそこら中にいる時代だしさ。――ただ、教育上、よろしくない部分は話してない、ってだけで」
と答えた。
それを聞いたその場にいる全員が、さもありなん、とうなづいた。
「幸せにやってるみたいだね。ところで、家族旅行はわかったけど、なぜ、スイスなんかに?」とクラフト隊長。
「ほら、テレビでハイジのCMやってたでしょ? 少し前。あれ、なぜかうちの娘が気にいっちゃって」と美歩。
雪隆は、後頭部をかりかりとかきながら、
「…ま、俺としては、仕事上の人間関係のいざこざに疲れちゃったっつうかね、なーんもない空気がうまそうな国に行きたくて、なんだけどね」
と言って、少し苦笑した。
クラフト隊長は渋々切り出した。
「…家族団らん中、大変悪いんだが、――ちょっと協力してくれないか?」
「は?」と雪隆。「あんたらがここにいるってことは、あのバカ王子もここにきていて、問題を起こしているんだろうけど、とはいえ、あいつだって、カナちゃんっていう娘が出来たわけじゃん? 曲がりなりにも父親になったんだから、そこまで無茶なことををするとは思えないけど?」
「…それが、教育上、非常にマズいことをうちの王子がこのスイスの一角でやってましてね。それで我々、非常に困っているんです」とサド隊員。
「なんなんですか?」と首をかしげる美歩。
「おいおい、関わるのかよ。勘弁してくれよー。俺は面倒事から離れたくてここへ来たんだぜ? しかもあいつ(バカ王子)のこととなると、なおさら嫌だぜ。どうせ、非合法なイタズラでもしてんだろ?」
「いや、別にこの国においては、別段、非合法なことではないからこそ、私たちも困っているんだ」とクラフト隊長。
顔を手で覆い、ため息を吐く。サド隊員は、クラフト隊長の背中をさすり、わかります、わかります、と小声でフォローしている。
「どういうことだよ?」と雪隆。
サド隊員は、メガネをかけ直し、改まった調子で、今までのあらましを話しはじめた。
7
次のクランケは、Kという者だった。
以下に掲げるのは、彼が寄越した、メール文の原文(日本文)である。
はじめまして。
僕の名前はKと申します。
そもそも、僕は、生きていきたいという欲望が薄く、自殺を、処世術の一つとして捉えている類の人間でした。
ゆえに、長らく安楽死に興味があり、こうして一思いにメールすることにしました。
僕は、40才、無職で、長い間、引きこもり状態です。そして、妹が一人、おります。
妹は、とうに実家を出て、同級生の男と結婚し、一戸建てに移り住みました。
結婚した後も、妹は度々実家に帰省してきて、その度ごとに、引きこもりの僕とも、フランクに話していたので、別段、僕は妹にとって枷になっていないのだ、とばかり、思っていたのです。
が、ある日のことです。
妹が実家に戻ってきて、一緒にテレビを観ていた時、ワイドショーは少子化を扱っていました。僕は、例の如く、少子化の原因などについて、妹に屁理屈を語りました。すると、こんな言葉を、僕に言ってきたんです。
「Kはさ、色々なことを知っているし、博学だよね、本当。――それを、社会で、生かせれればねぇ」
僕は、その言葉を、僕を応援してくれる言葉である、と同時に、次のような、言外の意図も同時に、感じ取ったのです。
『あんた(兄)が、ちゃんと、社会で働いて、自立していないから、私たち夫婦は、いつまでも子供が作れないのよ』
そう言われているように、直観的に、感じてしまったんです。
少なくとも、僕が自立していないことが、妹の重荷になっていることは、間違いない、とその時、改めて、認識し直したのです。
今はもう、なんとか、迷惑をかけずに、死ぬことばかり考えています。
と言っても衝動的なものでもなく、冒頭でも述べた通り、やはり処世術としての自殺、という側面の方が強いようです。
勿論、この一通のメールで、審査が通るとは、到底思っておりません。
とにかく、予約したい一心で、メール致しました。
部屋の西側の円卓にて、マグカップ(紅茶)片手に、優雅に読書をたしなんでいる、れいのバカ王子は、六人の人間が勝手に部屋に入り込んでいるのに、ふと気づいて、
「――一体、どこから入ったんだい、君たち」
雪隆は苦笑しながら、「その台詞、おまえが俺の部屋にはじめて入ったときに、俺が言った台詞だぜ」と言った。
「おお、雪隆じゃないか! いや」と自身の言葉をさえぎって、雪隆の一人娘の方を見て、「今は、雪隆パパか。子供ももう、中学生か。家族旅行かい? 家族旅行で、スイスのこんな辺鄙な田舎町へ来るなんて、君、どうかしてるんじゃないか?」
「どうかしてるのは、おまえだ‼」とその場に居合わせた皆が異口同音に言う。
雪隆は頭をかきかきしながら、
「おまえよー、こんなことして、良いと思ってんのか?」
「――別に。この国において合法なサービス業をしているだけさ。むしろ、日本のために率先してボランティアをしているつもりだ」
「そういう問題じゃねーよ、人としてどーなんだよって話だよ」
「いやあ、僕、宇宙人だから」
バカ王子は、にこりと笑った。
雪隆は一巻の15P以来の蹴りをかました。バカ王子は小声で、雪隆の子供に、
「――ねぇ、あれがパパの本性なんだよ? パワハラや暴力を振るうタイプのチンピラなんだよ?」
雪隆はバカ王子の首根っこを掴み、「うちの娘に変なことを教え込むんじゃねー!」と揺さぶりをかける。
「僕を殺したら、殺人罪に、問われるよ? いいのかい? かわいい一人娘が泣くと思うが?」
「おまえにもカナちゃんっていう一人娘がいるじゃねーか。カナちゃんな、一人で地球に来て芸能人してんだぞ? 知ってるか? おまえ」
「一時は、ギャルの格好にハマってたよねー」と美歩が付け足す。
「イタズラ系のトップ・ユーチューバーとして、バラエティー番組でも、引く手あまたなんだぜ?」
「それは、驚きだ。かえるの子はかえる、ということか…。ふむ」
「他人事かいっ!」雪隆はいきり立った。「おまえの子供だろうがよ!」
「いやあ、カナのことは両親に任せっきりだし、――そんな大人な会話をされても困るよ」
雪隆は頭を抱えて苦笑した後、
「ああ、たしかに、そうだよな。おまえみたいなこどもが、親になること自体が、諸悪の根源なんだよな、考えてみれば。……おまえ、地球や日本のためとか言っているけどさ、本当はカナちゃん(子供)との関係がうまくいってないから、こんな商売をはじめたんじゃねぇの?」
バカ王子は、図星をつかれたのか、その言葉を聞いて、瞬時、神妙な面持ちになった。
「もっと言ってやろうか? おまえは、全宇宙をまたにかけるイタズラにも飽きてきちまったんだろ。そこで、はじめて子煩悩であることに好奇心を覚えた。が、時すでに遅しで、カナちゃんとの関係は冷え切ったまま、改善される気配もない。昔のおまえなら、いいぞ、いいぞ、もっと親に敵対するような子供に育て! とか変人的な発想に陥っていただろうが、歳を取ったおまえは、柄にもなく、それにショックを覚え、生きていることに虚無感を感じてしまった。そんなとこだろう。宇宙人だろうが、人間だろうが、おまえ、親の資格ないよ、マジで」
しばらく沈黙と、その雪隆の言葉が場に漂っていた。バカ王子は、例の「しおらしい顔」をして、黙っている。
雪隆は内心動揺しつつ、
「おい。もう、さすがに騙されねーぞ。おまえが、しおらしい顔をしている時は、大抵、俺をおちょくろうとしている時だってことは、もうわかってんだからな」
「……雪隆。――君は、本当に良いパパになったんだね。それに、あまのじゃくなところが、君には、ない。だから、こうして、僕らは、魅かれ合うのだろうね」
(王の言うことさえ聞かなかった王子が、他人にほだされているとは! やばい、泣きそうだ! 雪隆君、君のことを“小僧”と呼んでいた頃が懐かしいよ。今度、何か埋め合わせをしよう)とクラフト隊長。
(雪隆君を連れてきて、正解でしたね)とコリン隊員。(一応、王子にも情というものがあったみたいです)とサド隊員。
8
メールの返信にてっきり数週間を要すると思われたKであったが、送って2日後、PDFファイルと共に、返信メールが届いた。
以下に掲げるのは、その翻訳文(日本文)である。翻訳がおかしいのか、原文がおかしいのか、とにかく、ところどころ、おかしなところが散見される文章であった。
親愛なるKさまへ。
この度は、我が社に仕事依頼して下さり、真に有難うございます。
しかし残念ながら、当社〈ディグニタス〉は、今月をもって、経営停止する運びと相なりました。
スイスの、“一部当局”からの進言により、自殺幇助に対する規則が厳しくなってしまったのです。
この急遽な変更につきましては、お客様各位に、謝っても謝り切れません。
人間、誰しも自分で自分の死を決める権利を有する。
その考え自体は、これまでも、これからも、変わらないつもりであります。
強制的に、何がなんでも、生き抜かなければならない、強い意義など、人間には存在しませんから。あるとしたら、欲望のみ、です。
それでも、現世において、その生きていきたい欲望が、薄い人すら、確かにいる。
処世術として、自殺を選ぶ人種だって、確かに、いる。
そういう人種からみれば、「老後をどうする…」とか、「長いスパンで人生を考えた時…」という言葉は、意味を為さない。
ゆえに、貴方の考えは変でもなんでもなく、きわめて当たり前のことなのです。
繰り返しになりますが、ディグニタスは現在、自殺幇助サービスは、出来なくなってしまいました。しかし、こうして、メールで貴方の話を聞くことはできます。
毎日、一語づつでもいいので、メールをくださいませんか?
貴方の文章の、一読者になってしまったのです。
敬具。
――カナ。
このKという人物を装い、メールを送ってきたの、――君だね?
嬉しいよ。
なにせ、僕はルナと結婚するとき、「まず、王朝を壊すところからはじめよう。そして、敵対するような、子供を育成する」と宣言したぐらいだからね。
これからも、存分に、僕たち親へ、こういう抵抗や挑発をしてきて欲しい。
人間という生き物は、面白い生き物だ。
根っこに、「あまのじゃく」という性分を抱えている。
この「あまのじゃく」という、一匹の虫のせいで、どんなに尊敬する人物が、手練手管を使い、「生きろ」と説得してきたとしても、絶対に、個人は個人を服従させることは出来ないのだからね。
「人生、成功するには…」という言葉を聞かされると、そもそも成功したくなくなるし、「ずっと健康的に生きていくには…」という言葉を聞かされると、逆に破滅的に生きたくなるし、「結婚は素晴らしい…」という言葉を聞かされると、逆に、ずっと一人身でいい、と思ってしまうし、「メリット・デメリットを考えると…」という言葉を聞かされると、損得勘定抜きで直観で行動したくなってしまう。
この「あまのじゃく」に、解決策なんて、ないんだ。
だから、僕も好き勝手にやらせてもらうよ。
また、新しいいやがらせのアイデアが見つかったら、僕に、全力で仕掛けて、おちょくってみたまえ。
じゃあ、またね。
「2NDシーズン、第2小説、短編小説『レベルE~安楽死remix~』あとがき」
第2小説と言いつつ、第1小説の短編『尼の泣き水』と兄弟作となっており、2022年のうちにストックしておいた一作なので、いわば、2022年の「創作の確定申告」的な意義で、発表した次第です。
余談ですが、最近の冨樫先生のハンター×ハンターもそうですし、あるいは、ゲーム、FF7リメイクにも言えることですが、両者ともに、その先の展開に行き詰まっている印象を受けます。
その原因は、「現実にありもしない『問題』を無理くり仕立てあげて、無理矢理悩んでいるから」だ、と個人的には、思っています。
以上です。