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セカンドシーズン 第3小説 短編『橋と青年のコンポジション』

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写真には撮る方と撮られる方がいる。多くの場合、世人は「誰が写っているか」は容易においそれと指呼できても、「誰によって撮られたか」はまるで判然としないものである。
 ゴールデンゲートブリッジ。
 サンフランシスコ湾と太平洋が接続するゴールデンゲート海峡に架かる吊り橋である。
 主塔の間の長さ1280m、全長2737m、主塔の高さは水面から水面から227mある。
 開通以来、サンフランシスコ有数の観光名所と化していた。
 晴れの日には、橋の眼下に広がるゴールデンゲート海峡の水面は、陽光できらきら輝き、その中でカイト・ボーディングを気ままに楽しむ若者の姿が見られたり、その風情は風光明媚そのものである。
 その眺めを見にこようと、日中、橋の歩道には多くの人々が行き来している。
 観光客は勿論のこと、若者のカップル、親子連れ、マラソンランナー、写真を撮っているパーカー姿の青年、携帯で電話しているサングラスの怪しい男、そして、稀にだが、パンクバンド一行なども通ったりする。その姿は種々様々であったが、どの人もこの長大な橋の日向的な印象の額縁に収まっているという点においては同じであった。そんな中にあって、ただ一人、まったくその額縁に相容れない人間が一人いた。
 それがKであった。
 強風に煽られ、Kの黒々とした長髪は、毛筆の字のように綺麗にたなびいている。朱色の欄干に背をもたれ、風を感じている素振りをしている。黒のサングラスに、黒のジャケットに、黒のズボンという珍奇ないでたちである。怪しすぎて逆に誰も怪しまない例の典型であった。
 
 Kの親友であったカップルへのインタビュー。それぞれ、男A、女Bとしておこう。
 ――それは、彼のポリシーでもあったんですかね?
女B「そうね。(飄々とした調子で)アイツは、いつも黒一色だった。ジャケットも黒、ズボンも黒、部屋のカーテンも黒、ベットも黒。(目を見開き、口をへの字にして、お手上げのジェスチャーをして)ぜーんぶ、黒、なのよ」
男A「そう。(女の肩に手を回し、ゆったりとした口調で)あいつはまるで、……コントラストを排除したいかのようだった」
女B「とにかく、――彼は浮世離れしていたわ。それこそ、自殺する、ずっと前からね」
 
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 Kは、親友として、二人の住居にたびたび訪れていた。
 二人も、別段、迷惑がることなく、気兼ねなく彼を迎えた。
「見てくれよ。ほら、いい写真だろう?」
 とKは、携帯で撮ったゴールデンゲートブリッジの遠景写真を見せながら、二人に言う。
「ああ、また橋の写真か」
 と男Aは微笑しながら答える。
「この良さがわからない奴は、いっそくたばれ!」
 Kはそう言って、ちぇっと舌打ちし、子供のようにすねる。
 Kは二人の前で、よくすねた、という。何か気に入らないことがあると、二人の家の駐車場の後ろの砂利に向かって、いっそくたばれ、という言葉をたびたび書きなぐったりしていた、という。
あるいは、こんなエピソードもある。
この男Aと女Bの部屋には、ターンテーブルと多くのレコードが置いてあるのだが、ある日、男Aがビートルズのレコードをかけると、Kはケッと毒笑して、
「やめてくれよ。ビートルズなんて、俺、この世で一番、嫌いなんだ」と言った。
「なんでだよ?」
「おまえはジョン・レノンのことを知らないんだ。あいつは世界平和を歌っていたくせに、自分の家庭内では自分の子供にDVするクソ親父だったんだ。大きいことを言っている奴は、信用できない。身近なことも処理できないくせに、大きな理想を歌っている奴は、いっそくたばれ!」
 彼ら3人が出会ったのは、とあるクラブでのことだった。
 聞けばお互い同学年で、意外と近い高校に通っていたことなどで盛りあがった。男Aと女B、この二人が恋人同士であることも、そのときに知らされていた。それからというもの、彼ら三人はよく連れ立ってクラブへ遊びに行った。しかし、そのたびに社交に耐性のないKは、10分もしないうちにへたりこみ、クラブの扉を開け、階段を上がり、外へ出ていき、「こんなもん、ロックじゃない。いっそくだばれ!」などと、青ざめた顔にて呟くのだった。
女B「でも、クラブで遊んでいるときは、楽しい人だったわ。まぁ、すぐへたりこんで、外へ出て行くんだけど(そう言って苦笑する)」
男A「(はぁ、とため息をついた後、やれやれ、といった感じのジェスチャーをしつつ)――彼は向精神薬漬けの、病人だったからね。本当は、クラブで遊ぶような体力など、ハナからなかったんだ」
 Kはある日、二人に、「出会い系アプリで運命の子と巡りあったんだ」と、いきなり話し出したそうだ。
「ビビ・ハルダ―という子なんだ。自分と同じ年で、同じような原因不明の発作持ちとして、この世に生を受けて、31歳になる今の今まで、ずっと厄介者の扱いを周囲から受けてきた子なんだ。俺は、彼女のことが好きになった。いや、運命を感じたんだ。知り合ってから数日後、ビビは、俺に一枚の写真を添付したメールを送ってきた。<これは、私の知り合いのカップルの結婚式の写真。見て。花輪や貝殻を載せた皿を。こんなにも、豪華なの。――こんな私に、次のブーケの順番が回ってくるかしら>って書いてあった。俺は、それに対して、こう返してやたんだ。<俺たちの不幸を解決できる、良い治療法が見つかったよ。新しい俺の担当医に、君のことを話したら、次のような治療法を勧めてきたんだ。曰く、『結婚すれば、この人は治るよ』」
 ――それに対して、貴方方二人は、どんな返答を返したんですか? 彼のその稚拙な計画を聞いた時、止めるべき、とは思いませんでしたか?
男A「いや、当時は、全くそんなことは思わず、純粋に彼を応援していましたよ。……ただ、ねぇ?(微笑)」
女B「ええ(微笑)。いきなり、そんなメールを返したら、そりゃ、嫌われちゃうわよ」
 ――結果、やはり、そのビビ・ハルダ―という子とK氏は、破局してしまわれたのですか?
男A「ええ、勿論」
女B「やっぱり、その時も、『いっそくたばれ!』って言っていたわよね(苦笑)」
 そんな折、彼らは、失恋で傷ついているKを励ますために、イースターを利用し、シスコへ旅行することを画策した。
 その際も、当然、ゴールデンブリッジを通った。
 そして、Kはそのとき、車窓から橋の全景を見て、とても興奮していたという。
男A「何をそんなに興奮しているのか、僕にはさっぱりわからなかったんだけど……」
女B「私もよ。――ほんと、ヘンテコな人だったから」
 Kは近場の芝生に車を停めてもらい、黒の長髪をなびかせながら、何枚も何枚もゴールデンゲートブリッジの全景の写真を撮ったらしい。二人は、呆気に取られたという。
女B「……正直、私はね、今でも彼に腹が立っているのよ。なぜって、彼、本当は誰よりも才能があったのに、最後まで、実社会から逃げようとしていたから。写真を撮らせればセンス良く撮るし、小説も書くし、DJもすぐに上達しちゃったぐらいなの。本当は、何でも出来るのよ。なのに、真面目に働こうとしなかったの。(お手上げみたいなジェスチャーをして、ふうとため息をつき)、ほんと、典型的なピーターパンシンドロームよね、完全に」
男A「まぁ、でも、彼は当時、もうすでに二回も自殺未遂をしていたからね。そんな人間が、社会に出る方が、むしろ迷惑な行為と言えるかもしれないしね。――彼は、ジョークめかして、こう言っていたよ。『三度目の正直、次こそは成功させる』ってね。(噴出すように微笑しながら)ほんと、いつも死ぬ死ぬ言ってて、狼少年としか言いようがなかった」
女B「でも、――(口元を引き締め、頭を振り)まさか、本当に死ぬとは思わない」
 
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 朝、橋には濃いもやがかかっている。徐々に晴れてくると、朱色のゴールデンゲートブリッジがそそり立っているのがくっきりと見えてくる。
 Kは長い間、欄干に背をもたれていた。
 橋下に、豪華客船が通った。めまぐるしく変化する潮流の中、客船は橋の下をゆったりとくぐっていくのだ。
 アナウンスが響き渡る。
『ゴールデンゲートブリッジ。全長2737m。両方のタワーは、高さ227m。道路は橋の中央部で海面から67mです。欧米の建造物の中では、最も多くの写真が撮られているスポットです』
 海面では、平常通り、カートヨットを楽しんでいる人がいる。帆を張り、風の向きによって、巧みに舵取りを変えている。
 写真には撮る方と撮られる方がいる。多くの場合、世人は「誰が写っているか」は容易においそれと指呼できても、「誰によって撮られたか」はまるで判然としないものである。
 13歳を境に、Kが映っている写真は極端に少くなる。
 成人後の写真は一枚もない。
 残っている写真は、すべて少年時代の写真で、特に母親と二人、笑顔で写っている、古ぼけた写真ばかりである。
 幼少期からKを知る親戚の女性のインタビュー。
 ――親戚の方から見て、Kという人物はどのような人物でしたか?
「Kは、ある意味、片親育ちだったのよね」
 ――というと?
「あの子は母親が大好きだった。でも、中学生に入ってすぐにその母親がストレスからくる癌で亡くなった。それで、父親と二人暮らしになった」
 ――やはり、父親とはうまくいってなかったんですか?
「(諭すように微笑しながら)父親とはうまくいくはずはなかったわ。ああ見えて、Kはすごく繊細な子で、それに反して、父親はまったくの無神経。例えば、Kは高校生の頃、写真部に所属していたんだけど、ある日曜日、部で撮影会があって、そのとき、ある駅に集合という段取りだったんだけど、駅についた途端、Kがはたとカメラを忘れたことに気づいて、仕方なく父親に電話して、カメラを持ってきてもらったのよね。そのとき、――駅って広いじゃない? それに、その頃は携帯もなかったから、Kの父親は『K! どこだーっ! カメラ持ってきたぞーっ!』って公衆の面前で大声を自分の名前を呼ばれて、(ふふと笑って)それ以降、父親と口をきかなくなったらしいわ」
 ――じゃあ、変な言い方ですけど、それ以降は、家庭内別居というか、生活費だけを出してもらっているだけの関係だったんですかね?
「…それでも、唯一、父親と出かけなくちゃいけない用事もあったはず。例えば、母親の墓参りに行くときなんかは、どうしても父親の車を使わなくちゃいけなかったはずだからねぇ」
 ――そのとき、Kはゴールデンゲートブリッジと出会っていたんですかね?
「(微笑して)それはわからないわ。とにかく、それからは、父親とはほとんど絶縁状態だったと言ってもいいと思うわ。ただ、彼は働かないもんだから、金銭的には依存していたんだけれどもね。(しばらく間をあけて)彼は、外ではあんないでたちで、強気ぶってるけど、父親の前では、なんというか、いつも萎縮してたわ」
 先述の通り、Kは二度ほど自殺未遂を重ねていた。
 一度目は、衝動的に手首を切ったのである。
 二度目はオーバードーズ(薬の飲みすぎ)であった。
 ――二度目の自殺未遂に関しては意図的だったと?
「うーん、少なくとも二度目の自殺未遂の件については、私に語ってくれたわよ。二度目は、なんでも、恋人を求めて出会い系サイトへ通いつめて、連絡先をゲットしたみたいなんだけど、――やっぱり、うまくいかなかったみたいで。それが原因だったらしいわ。とにかく、恋がうまくいかないことをしきりに嘆いていたわね。(ふふと母性的に笑って)彼は、母親の代わりを探していたのね、きっと。母親みたいに安らげる、そんな女性を」
 
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 雑居ビルの5Fに面接先のオフィスがあった。Kはエレベーターで五階まで上がり、トントンと二回ノックしてからドアを開け、「面接を受けにきました、Kです」と言った。広々としたオフィス内の全員の白い目がKの方を向いた。こともあろうにKは、黒の長髪に、黒のサングラスに、黒のジャケットに、黒のズボン姿であった。
「…あの、面接を受ける方ですよね?」
「そうです」Kは無表情にそう答える。
「では、こちらへどうぞ」
 人材部の男は困惑を隠しつつそう言って、Kをオフィスの奥まった一部屋(応接間)に通した。まるで、バーのようなお洒落な一室だった。壁面には社員旅行の写真がボードで張り出されていた。Kはそれをしばらく見ながら、いっそくたばれ! などと小声で呟いたりしていた。
「いやあ、お待たせしました。ちょっと、履歴書の方をこちらでお預かりしてもよろしいですか?」
「はい」相変わらずKは無表情のままである。
「ところで、…それが正装ですか?」
「もちろん、そうです」
 そんな冷やかしにしか思えないKの態度に接しても、採用担当者の男は一通り丁寧に仕事の説明をしてくれた。
「――こんなところなんですが、何か、ご質問等はございますか?」
「そうですね」とKは言って黒のサングラスをくいと左人指し指で上げ、「結果が出るまでにどのくらいかかるんですか?」
「約一週間ですね。採用・不採用に関わらず、なんらかの形で連絡は致します」
 面接を終え、Kと採用担当の人は応接間を出た。
 採用担当の人は、出口まで送ります、と言って、わざわざエレベーターの中までついてきて、あくまで笑顔のままで、
「――いやぁ、遠かったでしょ、こんなところまで」
 と何かを暗にほのめかすような婉曲な言い方をし出した。
「いや、別に」とK。
 エレベーターが二階ぐらいに差し掛かった時、その採用担当の人は誰に言うともなく、
「……もっと、こう、ねぇ、地元辺りで職探しとか、ねぇ? なにせ、大変だったでしょう、ここまでいらしゃるのも。ねぇ…」などと呟いたのである。
 遠まわしに、おまえは笑い者になってるんだぜ、少しは自覚しろよ、と宣告されているということは、さすがのKにだって察しがついた。
 
 その後、Kはゴールデンブリッジへと向かった。橋の朱色が血の色に見え、次の瞬間、――なぜか父親のことが想起された。
 橋の末端にて、Kは男Aと女Bの家に電話をかけた。
「どうした?」と男A。
「なんだ、男の方か」と冗談めかすK。
「そんな言い草はないだろう?」と苦笑しながら対応する男A。
「すごいニュースがある」
「なんだい?」
「俺、面接、受けたんだ」
「おお、すごいじゃないか!」と男A。「これで給料もらえるんだから、これまでの借りを返せよ、マジで」とふざけて放言する男A。
「わかったよ。『もう、いっそくたばれ!』も、きっとこれからは封印するよ」とK。
「そうか、そうか」と感心しきりの男A。
「……ところで、女Bに代ってくれないか?」とさりげなくK。
「うん? ああ、わかったよ」と男A。
「ああ、K? あんた、面接受けたんだって? すごいじゃない!」と女B。
「――あのさ、今から、俺が死ぬ、と言ったら、君は今すぐここに来るかい?」と唐突な質問をするK。
「は?」と女B。
「――来ないのかい?」とK。
「あんたねぇ、まだ、そんなこと言っているの? 面接受けたのも、嘘じゃないでしょうね? また、嘘をついて、気を惹きたいの? そんなんだったら、付き合いきれないわ」と切り捨てる女B。
「…わかったよ、じゃあね」とK。
「うん。そんじゃ」と女B。
 Kは電話を切って、ポッケに入れて、小さい声で、誰にともなく、
「いっそくたばれ!」
 と呟いた。
 その黒のサングラスの奥で、彼がどんな瞳をしていたのかは、今や誰にもわからない。
 
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強風に煽られ、Kの黒々とした長髪は、毛筆の字のように綺麗にたなびいている。朱色の欄干に背をもたれ、風を感じている素振りをしていた。
当日、橋の上はこの上ない上天気で、列日がかっと照りつけ、橋の下に広がる海原は雄大かつ細々とした美しさを称えていた。橋の周辺の緑地では、ゴールデンゲートブリッジを写生している連中がいた。おそらく美大生だろう、椅子に腰掛け、ボードに向かって、時おり定規をかざしながら、曲線を書き直したりしている。
まさに最高の観光日和であった。
Kは強風に煽られながら、虎視眈々と計画を練っていた。つまり、身投げのチャンスを狙っていた。
Kはひとまず橋の中央部まで歩を進めた。
 Kは再びだらしなく欄干に背をもたれてみせた。それからしばらくの間、人々が目の前を通り過ぎていくさまを儚げに眺めた。車はいつものように風を切るように走っていった。人通りも平常通りの量だった。
それから、Kはおもむろに体の向きを変え、海原とその彼方の風景を眺めだした。その眺望はやはり壮観であったが、同時にひどく現実的な風景にしか見えなかった。Kはしばらくそうしていた。Kのすぐ後ろを、小さい娘を肩車した父親がにこやかな笑顔を振りまいて通っていった。
本当にそれは「ふとしたとき」だったのだろう。
Kは身を乗り出し、朱色の欄干に片方の足をかけた。
すると通りすがりのベージュのダウンを着た中年のおじさんが、Kの奇異な行為に気づき、
「おい、何してるんだ? 危ないぞ!」
 と、ここぞとばかりに声を張って制止に入った。
Kはその見ず知らずのおじさんの制止など聞かず、もう片方の足もかけ、欄干の上に座る形となった。それから、ゆっくりとおじさんの方を振り返った。
おじさんは、いかにも必死な表情だった。その必死な表情の裏には、自殺者を止めるという安価なヒロイズムによって自分自身が少しでも救われたいという虫の良い下心が隠されていることがありありと看取できた。
おじさんは、強風が轟々とうなり声をあげている中、再びKに説得を試みた。
「変なマネはやめなさい! とにかく、こっちへ戻ってきなさい!」
 Kは何も言わなかった。
 Kは見納めとばかりに、足元に広がる海面を見つめた。さすがに吸い込まれそうだった。そこには歴史の深淵があった。橋と海面の間にあるものを「距離」とは呼ばない。そこには常に現実と歴史との「分厚い紙一重」があるばかりなのだ。
 
 見知らぬおじさんへのインタビュー。
 
 ――実際、その場に立ち会われて、どう思いましたか?
「(目を見開き、困ったようなジェスチャーをしてから、首をしきりに振って)開通後、250人以上の自殺者が出ていることも、勿論、知識としては知っていた。でも、(再び、首をしきりに振って)まさか、本当に自殺しようとしている人が目の前にいるなんて、やっぱり信じられないことだった」
 そろそろ、他の通行人も二人のやりとりに気づきだした。
最初は二人のやりとりを痴話喧嘩程度の揉め事とでも解したのか、ただ無関心そうに一瞥しては通りすがる人が多かったが、ものの数分で、橋の中央部には大量の野次馬たちが発生していた。中には携帯でKの姿を写真に撮る者までいた。
 真空状態が数分続いた。その間は、通り過ぎてゆく車たちと、轟々と吹き荒れる風と、携帯のシャッター音、この三つが主語となり、述語となった。もうそろそろ警察が到着してもいい頃合いだった。
 Kはずっと欄干に座ったままであった。
 おじさんは、今はもう力なく、
「……とりあえず、こっちへ戻ってきなさい」
 と言うばかりであった。
 野次馬たちは、内心、未だ到達しない「次の瞬間」を先取りし続けていた。心のどこかでは、早く「次の瞬間」が到達しないかと、今か今かと待ちわびていたのである。そして、「次の瞬間」という一点は、実にあっけなくやってくるものなのだ。
 次の瞬間。
 Kは、群衆ににやりと笑って見た。
その場に居合わせた人々の口から出た言葉、もしくは内心思った言葉は、次の一言に統一されるに違いなかった。
飛び込んだ!
吸い込まれるような高さをKは落下し、凄まじい音と共にまるで斬撃のような鋭利な水しぶきがあがった。
2、3分後には救助艇がやってきた。が、検視官が見た時にはKはすでにまったくの死骸であった。
 
 携帯で写真を撮っていた女の子へのインタビュー。
「バンジージャンプ? って最初は思った。けど、すぐに違う、とも思った」
 ――携帯で写真を撮った理由は?
「うーん、わからない。最初、彼の奇抜な格好を見て、本当に道化師だと思ったの。だから、――不謹慎だけど、撮っておこう、と思ってしまったの。でも、不思議ね。人って、カメラ越しに見ると、全然現実感ってものがなくて、彼を助けたいって気持ちはまったく沸かなかった。まるでナショナル・ジオグラフィック誌のライターの気分だった」
 ――その後は、何事もなく、その場を去ったんですか?
「……気になって、その後、パトロールの人に聞いたのよ」
 ――そしたら、なんて?
「穏やかに、『いつものことですよ』って」
 
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写真には撮る方と撮られる方がいる。多くの場合、世人は「誰が写っているか」は容易においそれと指呼できても、「誰によって撮られたか」はまるで判然としないものである。
Kは、最後の最後で、撮られる側の人となった。
Kの親友のカップルへのインタビュー。
 ――彼の死について、率直にどう思いますか? 
女B「(首をふりふりし、への字口して、淡々とした口調で)仕方ない!」
男A「ああ。(Kのことを懐かしく回想しているみたいにやさしく微笑みながら)彼は、人が時々考えるような悩みを、毎日考えていたから」
 
 幼少期からKを知る親戚の女性のインタビュー。
「(冷静に、かつ、悟りきった表情で)――あのね、Kの母親は、鬱病だったのよ。わかる? 子供を産めば、少しでも自身の鬱病が緩和されるかもしれない、って理由であの子を産んだの。でも、実際の子育ては彼女にとってストレスでしかなかった。それで、癌になった。――こういうのを、なんと言えばいいのかしらね?」
 
 惜しいことに、その日、Kが生きていれば、オークランドの会社から、次のような手紙を受け取ることができていたのである。
 
  『K様。
  前略。
  この度は、当社の新規採用にご応募いただき、誠にありがとうございました。
  慎重に選考した結果、残念ながら今回は貴思に添うことができませんでした。
一層のご自愛、今後のご健闘をお祈りいたします。』〈了〉
 

セカンドシーズン 第3小説『橋と青年のコンポジション』あとがき


セカンドシーズン 第1小説短編『尼の泣き水』、第2小説『レベルE---安楽死remix---』ときて、この自殺シリーズ、三部作、となりました。
作中で、言いたいことは言ったので、別段、付加することはありません。
最後に。
この作品に影響を与えた諸作品を、クレジットしておきます。
①映画『ブリッジ』より引用。
②ピート・モンドリアンの『赤、青、黄のコンポジションc』より引用。

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