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わたしの昭和の羽犬塚

羽犬塚駅の改札を出ると
ロータリーの向こうに
小さなヤマザキショップがあった。
夕闇の田舎町に、ポーッとあたたかな店の明かり。下り電車が到着すると、仕事帰りの人々でひしめきあった。恰幅のいい中年の店主はテノールボイスで「いらっしゃい」と、笑顔で客を迎えていた。店内に並べられたパンやお菓子は、ひときわ美味しそうに見え、スチームのガラス扉を開けると、蒸しあがった肉まんの匂いと共に、立ち昇る湯気が店先を白く曇らせた。
駅の右側にあるバス停の後ろにはレストランがあった。
名前はもう覚えていないが、父と姉で食事に出かけた事があった。
わたしはサンドイッチを注文した。
サンドイッチが運ばれて食べようと手にした瞬間、異変に気が付いた。
三角にカットされた白いパンのあちらこちらに青カビが生えていたのである。
わたしは父に言った。
「パンにカビが生えているよ!」
しかし、父はウエイターを呼ぶことをしなかった。なぜ?
わたしは父が何も行動を起こさない事に腹立たしさと、戸惑いを感じていた。仕方なく姉の注文した料理を分けてもらった。食事を終え、代金を払って店を出る時、父は店員にボソリとこう言い放った。
「あのサンドイッチ、カビが生えていましたよ。」そしてそのま店を後にした。
なにカッコつけてると?
空腹が満たされなかった帰り道
小学生だった私は思った。

駅の正面から右斜めに、県道まで続く駅前商店街通り。
買い物客で通りはいつも賑わいを見せていた。
夕方になると、私は決まって母の買い物に付き添い、毎日のように訪れた。
川野魚屋、すえやす魚屋、あべ書店、権藤書店。平田紙屋、スター靴屋、博多屋八百屋、中川ベーカリー。その中でも、小松ストアーは一番のお気に入りだった。店先にはキムラヤがある。ショウケースには、イチゴの形をしたゼリーと、ミドリや黄色に染められたドライフルーツで飾られた白いバタークリームのデコレーションケーキが並んでいた。
オレンジ色と白のストライプ柄の帽子と制服を身につけた売り子のお姉さんが、憧れの存在だった。
ストアーの中を、奥へと入って行くと揚げ物屋がある。白い三角巾と割烹着姿の背中の曲がった色白の小さなおばあさんは、優しい微笑みを浮かべながらコロッケの具材とじやがいもを調理し、痩せ形で愛想のいいおじいさんはブツブツ、ブツブツと油の弾ける音をたてながら軽快な手捌きでコロッケを揚げていた。フライヤーの周りは透明なアクリル板で囲ってあり、私はその前でいつも立ちつくしていた。ひとつひとつ丁寧に衣がつけられ油の中にそーっと投入。平たい揚げ網で、となりに据えてあるステンレス製のバットの上に打ち揚げられる。このコロッケ作りの一部始終を眺めているのが大好きだったのである。
今やこのコロッケは、誰も口にする事は出来ない。薄い衣のサクサク感と、ほんのり甘いフワッとやわらかなじゃがいも。素朴な味わいで絶妙な食感が、この町の人々を虜にしたのである。その後このコロッケを真似たものが、あちらこちらで売られていたが、未だあの老夫婦の作るコロッケを再現出来たものはない。
目を閉じると、今でもあのコロッケづくりの全工程が有り有りと脳裏に蘇ってくる。きっと私こそ一番近いコロッケが作れるに違いない。



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