キャスティングの妙──『鎌倉殿』48回

凄いラストシーンだった。こればかりは見てくれとしか言えない。ただし、一年見続けた先にあるご褒美のようなラストシーンでもある。安易に「見ればわかる」とも言えない。そんな余韻に今も頭がぐるぐると考えている。
小栗旬さんと小池栄子さんは、義時と政子としてそこにいて、このふたりが48話かけて積み重ねてきた歴史と関係が、まるで雪崩を起こすかのように結実する。とにかく、この名優ふたりの数分間は映像にてじっくり堪能するのが一番だと思う。

私は後半、この物語を「父と子」にフォーカスをあててみてきた。意図的にフォーカスしたのではなく、自然とフォーカスされたというほうが正しい。
そうなった原因には、この父と子を、小栗旬と坂口健太郎というこれまた名のある俳優さんがその名に違わぬ名演を見せてくれたからだろう。
実際には8歳差ほどのこのおふたり、ドラマのなかでは20歳離れた義時と泰時という父と子を演じた。背丈はちょっと坂口さんが高いくらいでさほど変わらないのだけど、顔立ちは全然違う。それでもこのふたり、父と子に見える。見える、と簡単に言っていいかわからないほどのレベルで似たもの父子として作中に自然と存在している。
なんせ泰時、物語序盤の若かりし義時にいちいちそっくりなのだ。反発するときの口調、相手への詰め寄り方、脇差への手の置き方。父の言いように困惑し拗ねた顔は母親の八重さえ彷彿とさせる。とにかく「小四郎と八重の息子」感が半端ない。
義時にとって泰時は、「なれなかった自分」そのものである。権力に屈することなく、それに逆らってでも大事なものを守ろうと走りだすことができ、何度はねのけられても「違う」と言い続けることのできる青々しい姿は、かつて足が竦んで動けなかった記憶を痛烈に抉りもする。しかし手放した自分がそこにいることは、無性に愛おしく安堵もする。義時のそんな感情は、「自分を彷彿とさせるもの」かつ「自分らしい青々しさを失わないもの」がいて初めて成立する。その絶妙なところを坂口さんが体現することで、義時の息子への感情もどんどん膨らんでこちらに迫ってくる。


最終回、ある意味唸ったのは、後鳥羽上皇に対して鎌倉から届いた処遇を伝える泰時のシーン。将としての毅然とした威圧感と風格ある姿は、鎌倉で父と対峙しているときとは全然違う。泰時は、父の前だとどうしても「父と子」になってしまうのだ。それは義時も同じ、愛情表現が不器用な性格ゆえか泰時を跡継ぎとして育てたいと思っていても、愛息以上の目でみることができない。未来の名宰相への萌芽の瞬間は何度もあるのに、心配か、執着か、それを助けてやることができず、泰時も足踏みを繰り返す。
承久の乱によって泰時は鎌倉という小さな世界を出、京に滞在し西国も見渡す六波羅探題をつとめることで施政者として一気に開花してゆく。泰時の成長にとって、物理的に父と離れることが重要だったのだ。しかしこれまでの彼に、父のそばを離れるという選択肢はなかった。おそらく、異母弟の朝時が生まれる10歳ころまで義時の一人っ子として父をそばにしてきた子ども時代がベースにあった気がする。
泰時は長男である。義時が不在のときは、家のことは彼に委ねられる。継母の比奈のことも、幼い異母弟の朝時や重時のことも、彼にとっては守るべき存在として刷り込まれているはずだ。弟と歳の離れた長子として父を支えてもいかなければならないから、反発こそすれそばを離れていこうとはしない。なかなか、父と子の呪縛から逃れることができない。
しかしいざ父と離れてみると、上皇を前にしてもあの立ち居振る舞い。広元にも「自信をつけた」と評され、広い世界で見聞を深めつつある泰時は義時のやりかたをはっきりと「もうそんな時代ではない」と言い切れる。
泰時のもどかしいあゆみと鮮やかな変化を、坂口さんは丁寧に演じきった。そして何より、「泰時は義時の子である」ことを大切に小栗さんと対峙してきたように思う。義時が泰時に向ける「あれはかつての私」「泰時のためにこの世の怨念をすべて引き受ける」という狂気じみた強い執着は、それを納得させるふたりの役者の響き合いがなければセリフだけが上滑りし、あのラストシーン、胸が締め付けられるような感情はもたらさなかっただろう。

三谷幸喜さんは、義時の行動原理を「泰時のため」と解釈した。
それが、泰時自身が少しでも安寧の世に生きられるようにするためか、泰時に理想の鎌倉を作ってほしいためなのかは私にはわからない。ただいずれにしても、義時の私欲であり父親のエゴであることは間違いない。それが「鎌倉のため」とどこか混同してしまっているのも、義時の不器用さだろう。
泰時からしても、父が「お前のため」と粛清を続ける限り、反発しなければならない。しかしそれにも、最終回でひとつのピリオドが打たれる。「父上は口出し無用」と泰時はきっぱり言い切り、皇族が担ぎ上げられることのないよう西国の不満を取り除くため、根本的な方策に手をつける。京都の六波羅という父の干渉が完全には及ばない場所で積んだ経験が、鎌倉へと帰還してのち武家政権を盤石なものへと導く力となってゆく。
そんな未来を泰時が想起させるほど、義時の退場のときが胸に迫る。
前回、鎌倉のため上皇に首を差し出す覚悟をした義時は、むしろ闘わなければ鎌倉の未来はないと決断した泰時のため、せめて朝敵の汚名を一身に背負おうとする。手放した生への執着は息子を思うことでより強く蘇るも、老いた身体に残された時は少ない。上皇にあれほど毅然と向き合った泰時が倒れた父を呼ぶ声は弱々しい子どものようで、義時もまた、最後の瞬間まで愛息を思い続ける。このふたりは最後まで──八重を失ってから手を取り合って生きてきたころのままの、離れることのできない「父と子」であった。どちらかがこの世を去る以外に、このふたりは互いの呪縛から逃れることはできなかったのだ。
義時が息を引き取ったとき、泰時は新しい世のための種まきに京で邁進していた。訃報を遠い地で聞いた泰時はどんな気持ちだっただろう。自らの思う治世を父に見てもらいたい──そんな想いが、欠片となかっただろうか。
そう思うと、余計に切ないラストとして映る。


実際には赤の他人で、年齢差も9歳弱しかなく、顔立ちも全然異なるふたりが、こうも見事に、互いを断ち切ることができない「父と子」としてそこに存在したことには、もう驚きと感嘆しかない。脚本、演出、そして小栗・坂口両人の丁寧で確かな力量のおかげだろう。
『鎌倉殿の13人』は、このふたりに限らずすべての役者が誰一人と世界観から外れることなく鮮やかにそのときを生きた。だからこそひとりひとりの存在がすんなり頭に入ってくる。こんな稀有な作品は滅多にない。役者というものの力と、キャスティングの妙に唸る一年でもあった。
小栗さんと小池栄子さんの10分以上にわたるふたりきりのラストシーンは、その一年を締めくくるにふさわしいラストともなったような気がしている。





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