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短編 「無人島の宝」
太陽が海面を焼くように照りつける午後、トムは意識を取り戻した。彼の舌は砂のように乾いていた。潮の香りが鼻をつき、波の音が耳に入った。目を開けると、見慣れない浜辺が広がっていた。
トムは身を起こそうとしたが、全身が悲鳴を上げた。筋肉は凝り固まり、関節は軋んだ。彼は唸り声を上げながら、ゆっくりと立ち上がった。
浜辺には小舟の残骸が散らばっていた。トムは記憶を手繰り寄せようとしたが、頭は靄がかかったようだった。嵐の中で舵を失い、波に飲み込まれたことだけは覚えていた。
彼は周囲を見回した。右手には果てしなく続く海。左手には鬱蒼としたジャングル。そして足元に、半分砂に埋もれた古びた羊皮紙。トムはそれを拾い上げ、塩水で曇った目をこすりながら見つめた。
それは地図だった。島の輪郭が描かれ、中央には赤い「X」の印。トムの心臓が高鳴った。宝の印だ。
「くそ」とトムは呟いた。「ここまで来て、まさか...」
彼は地図を握りしめた。疲労も痛みも忘れ、目に光が宿った。しかし、すぐに現実に引き戻された。喉の渇きが耐え難いものになっていた。
「水だ」トムは声を絞り出した。「まず水を見つけないと」
彼はよろめきながらジャングルの方へ歩き出した。熱帯の湿った空気が肌にまとわりつく。鳥の鳴き声と昆虫のブンブンいう音が耳を包んだ。
ようやく小さな清流を見つけたとき、トムは膝から崩れ落ちた。両手で水をすくい、貪るように飲んだ。生き返ったような気がした。
喉の渇きを癒やしたトムは、あらためて地図を広げた。「X」までの道のりは険しそうだった。ジャングルを抜け、崖を登り、洞窟をくぐり抜けねばならない。
「簡単じゃないな」トムは独り言を言った。「だが、ここまで来たんだ。諦めるわけにはいかない」
彼は立ち上がり、ジャングルに踏み込んだ。木々の間から漏れる光が地面に斑模様を作る。湿った土の匂いが鼻をつく。トムは慎重に歩を進めた。
突然、巨大なクモの巣が行く手を阻んだ。糸は驚くほど強靭で、ナイフでやっと切り裂くことができた。トムは額の汗を拭った。
「こんなもので止まってたまるか」
ジャングルを抜けると、目の前に切り立った崖が現れた。トムは首を傾げて上を見上げた。高さは20メートルはあるだろう。
「まあ、仕方ない」
トムは崖に取り付いた。岩肌は滑りやすく、何度も足を滑らせた。途中で手が岩から離れ、心臓が喉まで飛び出しそうになった。しかし、諦めるわけにはいかない。宝への思いが、トムを奮い立たせた。
息を切らしながらも、なんとか崖を登り切った。そこから少し歩くと、洞窟の入り口が見えてきた。暗闇に飲み込まれそうな不気味さだ。
トムは懐中電灯を取り出し、深呼吸をした。「行くぞ」
洞窟内は迷路のように入り組んでいた。湿った空気とコウモリの臭いが鼻をつく。地図を頼りに進むが、何度か行き止まりに当たった。
「くそっ」トムは舌打ちした。「間違えるわけにはいかないんだ」
慎重に引き返し、別のルートを探る。そうこうしているうちに、遠くに光が見えてきた。トムは思わず駆け出した。
洞窟を出ると、そこは小さな空き地だった。中央には、苔むした古い木箱が置かれている。
「これだ!」
トムは木箱に駆け寄った。手を震わせながら蓋を開ける。中には...一枚の紙切れ。
「おめでとう!あなたは無人島脱出ゲームをクリアしました。出口は砂浜の木の下です」
トムは天を仰いだ。「冗談じゃない」
その声は森にこだまし、どこからともなく鳥たちが驚いて飛び立った。
トムは地面に座り込んだ。疲れと空腹、そして拍子抜けした気持ちが一気に押し寄せてきた。しかし、不思議なことに、怒りはわいてこなかった。
「まあ、人生最高の冒険だったかもしれないな」
彼は立ち上がり、来た道を引き返し始めた。砂浜に戻ると、指定された木の下を掘り返した。そこには、携帯電話と水、食料、そして「ご参加ありがとうございました」と書かれたメッセージカードが入った防水バッグが埋められていた。
トムは携帯を手に取り、救助を要請した。そして波打ち際に立ち、遠くに見える水平線を眺めた。
「次は、本物の宝を探す冒険に出よう」彼は呟いた。「でも、その前にシャワーを浴びて、ステーキでも食べようかな」
遠くにヘリコプターの音が聞こえてきた。トムは手を振った。彼の無人島での冒険は、こうして幕を閉じたのだった。
しかし、トムの心の中では、次なる冒険への期待が静かに燃え始めていた。彼は知っていた。これは終わりではなく、新たな始まりなのだと。
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