さくら
昔、うちの庭に大きな桜の木があってな、俺の部屋は二階だったから、春になると窓は一面桜の花。ちっぽけな家だったけど、その桜の木だけが唯一の自慢でさ、風が吹くと、よく部屋の中に花びらが入ってきちゃって、お袋が掃除に困ってたよ。
うちは線路沿いだったから、桜の木の向こう側を電車が走ってて、うちの前が丁度カーブになっててさ、電車の窓からみんな桜の木を見て「わーっ」って大っきな口開けてニコニコしてるのを見ると、何か妙に嬉しかったなぁ。
ある日学校から帰ると、お袋が知らないオッサンと話をしてた。そいつが帰った後お袋、泣いてた。
何でも電車が走るのに邪魔になるとかで、切ってくれって言われたんだ。
何日かして学校から帰ると、桜の木が消えてた。
お袋、親父の位牌の前で長い間ボーっとしてた。
何も声かけられなかったよ。
あの桜はお袋が親父と結婚した年に植えたんだ。
本当はあの桜とずっと一緒に暮らしていたかったんだろうな。きっと桜を見ながら一生を追えたかったんだと思うよ。
あの後、桜は親父の墓のそばに植えてもらった。
それから三年.俺が中学の時にお袋は死んだ。
今は親父と二人、桜を見上げながら眠ってるよ。
お袋にとって桜は、親父だったんだな。
でも俺にとって桜は、あの日のお袋なんだ。
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