小説 「僕と彼らの裏話」 51(最終話)
51.世に遺す意義
とある土曜日。僕は半年以上前に退職したにも関わらず、あの現場に居た。今日は、先生のアシスタントとして此処へ来たのだ。
先生が悪戦苦闘の末に書き上げた長編ファンタジー小説が、先週ついに単行本として発売されたのである。その記念すべき作品を、先生ご自身の強い希望により、この場所で現役の従業員達に無償で配ることになったのだ。(もちろん、社長の了承は得ている。)
昼休みが始まる正午、つい先ほどまで検品と梱包が行われていた検査室を、僕と先生が速やかに片付ける。全ての机をピカピカに拭いてから、あのエアダスターガンで空気を吹きかけて乾かす。特に先生の動きが凄まじい速さで、窓を開けてから、室内の掃除を終えて本を詰めたダンボール箱を搬入し始めるまで、5分と かからなかった。外国の兵士を思わせる、やけに洗練された動きで……重い箱を軽々と持ち運ぶ先生を前に、僕は「完敗だ」と感じた。
室内に箱の山が出来上がり、そこへ社長が現れたことによって、希望者への初版本の配布と、先生によるサイン会が始まった。社長は「吉岡諒先生による直筆のサイン」がいかに希少なものであるかを大きな声で力説しながら、現場内を歩き廻って人を呼び寄せた。小さな部屋は、すぐに作業着姿の人々で一杯になった。
僕らが持参した本には全て、予め表紙側の見返しに「著者謹呈」の印が押されている。その印と同じページ(遊び紙)にサインをしてほしいと希望する人が続出し、先生は快く黒マジックでサインをし続けた。使い込まれてガタガタの事務椅子に脚を組んで座り、誇らしげにペンを走らせている。
「私が死ぬまで、売りに出しては駄目だよ。作者が生きているうちは、直筆のサインなんて、ただの『汚損』だから」
読書になど まるで関心が無さそうな金髪の若手が、出来立てのサイン本を真っ黒な手で受け取りながら、先生に尋ねた。
「『おそん』って……何すか?」
「せっかくの本が『汚れちまって、台無し』ってことさ。古本屋なんかに出したら、悪戯書きがあるのと、同じ扱いだよ。まともな値段が付かない」
「マジすか」
その後、彼はすぐに「飯食ってきます」と言って居なくなった。
このイベントのために、今日は悠介さんも駆り出されている。大切な本を一冊ずつ、かつての仕事仲間達に手渡すのが、彼の役目だ。(今日も、いつもの黒マスクと、例の黒い義手を着けている。)
彼は、心疾患で倒れてから1年近く経つけれど、相変わらず「ほとんど言葉が出ない」状態が続いている。今日 集まってくれた人々も、皆それを知っていて、彼が体調の悪化によって退職したことや、今この場で黙りこくっていることについて、責める人は居ない。皆、至極 当たり前のように、彼に「久しぶり!」とか「元気?」と声をかけ、自分の番が来たら「ありがとう」と言いながら本を受け取る。彼が挨拶や問いかけに応じることなく淡々と皆に本を手渡していく様子について、何か否定的なことを言う人は一人も居ない。本人からの応えが無くとも、仲間内で顔を見合わせて「元気そうで良かった」「顔色は良いなぁ」と言いながら、彼が今日この場に現れたことを祝福しているようだった。
しかし、堅物の専務だけは、休憩時間とはいえ電話や配達が予想される時間帯に「業務と無関係なイベント」が始まったことで、大変ご立腹だ。
「そんなこと、本屋でやってくださいよ!」
「うるさい。私が許可した」
不満を漏らす専務を、真っ先にサインを貰った社長が窘める。
「せめて、夕方にやってくれよ!」
「良いんだよ、今日は土曜日だから」
「……業務妨害だ!」
専務は捨て台詞を吐いて別棟にある事務所へと消えていき、残った社長は、僕らに「今日は『開店休業日』ですから、お気になさらず」と言って、悠然と笑顔を見せた。
先生の解説によって、この場で配られている小説の中には悠介さんのアイデアも含まれていることを知った職人達は、口々に彼を賞賛し、中には彼の肩や背中を叩く人が居た。
大勢からの注目を浴びることが苦手な彼は、マスクをしていても はっきり判るほど顔を赤くして立ちすくみ、やがて耐えきれなくなったようで、黙って部屋から飛び出していった。社長が、すぐに追いかける。
先生は「社長に任せる」と決めたのか、平然とサインに応じ続けている。得意げに作品の あらすじを語り、自慢話や苦労話は一切せず、ひたすらに夫の貢献ぶりを誉める。
用が済んだ従業員達は、昼食を摂るために社内食堂やコンビニ、飲食店へと去っていく。ささやかなイベントは、僕の予想より ずっと早く終結した。しかし、社長と悠介さんは戻ってこない。
僕は彼らを「探してきます」と先生に告げ、懐かしい機械場へと足を踏み入れた。
人気の無い機械場の最深部で、私服のまま粉塵まみれの床に座り込んでいる彼と、その背中を そっと撫でている社長を見つけた。僕は、激しく動揺しているに違いない彼を無闇に刺激しないよう、あえて足音を立てずに近寄った。
彼は すっかり背を丸め、小さくなって肩を震わせていた。
「俺……もっと、もっと……此処で……!!」
子どものように、しゃくり上げて泣いている。
「創りたかったんすよ……!!社長や、石川さん達と……!!ずっと……!!」
僕は、そんな大切な話を遮ってまで、2人に声をかけようとは思わなかった。
しかし、これでは まるで「盗み聴き」だ。
速やかに、音も無く立ち去る。先生や工場長と、同じように……。
サイン会の部屋に戻ると、先生は、もうすっかり帰り支度を終えていた。
「悠介は、まだ社長と話しているのかい?」
「そのようです……」
「仕方ないなぁ。車の中で待つかぁ……」
普段の先生なら、嬉々として現場で雑務をしながら待つはずだ。……今回は、彼と社長の会話を「聴かない」と決めているのだろう。
駐車場に停めた僕の車に、残った本が入ったダンボール箱を積んでから、前の座席2つに、先生と並んで座る。エンジンをかけてエアコンを付け、音楽を流す。
いつぞや、僕が ぶちのめした あの男は、今日は姿を見せなかった。それについて、僕も先生も、何も言わない。おそらくは、シフトの関係で不在だっただけだろう。
特に質問や報告すべき事柄も無いので、僕は「今日、我が家に遙ちゃんが来ているはずだ」という話をした。彼女は毎週末のように一人で訪ねてきては、僕や千秋と一緒にゲームをして おやつを食べていき、帰りは必ず僕が車で彼女を家まで送るということも話した。
「はるちゃんは、千秋さんと、すっかり仲良しなんだねぇ」
「そのようです。あと、妻は瑞希さんにも……随分と、お世話になってます。よく、一緒に出かけています……」
千秋が、夏に瑞希さんと共に京都まで「古本市」を見に行ったこともあると話したら、先生は開催場所となった神社の名を言い当てた上で「ガチの古本じゃないか!」と笑った。
確かに、彼女がその日に買ってきたのは、明治時代に印刷された書籍である。
「良かったじゃないか。『つまらないから、北海道に帰る!』なんて、言われなくてさ」
「はい……」
千秋は「生徒達の修学旅行で何度も行った」という京都に、毎月のように遊びに行く。大抵は、僕が仕事に行っている間に、一人で行ってしまう。住まいのある大阪府内では、ほとんど出歩かないにも関わらず……。
いよいよ昼休みが終わる頃になって、ようやく悠介さんが社長に付き添われて駐車場まで歩いてきた。それに気付いた僕らは、すぐに車を降りた。
彼は、真っ赤な眼をして、やや放心気味だった。借り物と思われる、紫色の見慣れないタオルを首にかけている。
先生が、彼に「お疲れ」と言ってから、社長に詫びた。
「ごめんよ、直ちゃん。お昼を食べ損ねただろう……?」
「これから頂きます」
「……今日は、本当に ありがとう」
「とんでもないです」
社長と丁重に挨拶を交わした後、3人で車に乗り込んだ。助手席に座るなり、先生は後ろに居る悠介さんに提案した。
「今日、坂元くん家に、はるちゃんが来てるんだってさ。……逢いに行こうか!」
彼は、何も言わずに僕の顔を見た。
僕が言うべきことは決まっている。
「妻に訊いてみます」
その場で千秋に電話をかけ、遙ちゃんが来ていることを確認したら、これから家に先生達をお連れすることについて了承をもらった。
電話を切ってから、僕はお二人に告げる。
「OKです。行きましょう!」
車がマンションの地下駐車場に着いた頃、後ろに乗っていた彼が不快そうに唸り始め、上着のファスナーを開けて「義手を外したい」と訴えた。
上着を脱いでから、先に車を降りた先生の手を借りて、義手に繋がるハーネスを外し、断端を収めていたソケットを掴んで引き抜く。
彼は、相変わらず「手先に何も着けていない状態」を好む。義手に限らず、手袋や指輪も したがらない。腕時計は、いつも必ずズボンのベルトループに着ける。
取り外した義手は、車の中に置いていくことにした。
エレベーターに乗って、僕の家に向かう。
インターホンを鳴らしてから玄関の引き戸を開けると、まずは遙ちゃんが奥のリビングから走ってきて、その後から千秋が出迎えに来た。
今日は来客があるからこそ玄関で迎えてくれたけれど、僕一人が帰宅しただけなら、彼女達はそのまま奥でゲームを続けていただろう。
「悠くん、先生、こんにちは!」
「いらっしゃーい」
それに「こんにちは。お邪魔します」と応えたのは、先生だけだ。
遙ちゃんは、悠介さんと遊びたくて堪らない様子だったけれど……彼のほうは、それどころではなさそうだ。
ひとまず、眼振が出始めている彼を真っ先にリビングのソファーまで案内し、座ってもらう。僕が「辛いなら横になってください」と言うと、彼は素直に寝転がった。
「悠くん、先に お昼寝する?」
「そのほうが良いかもね」
遙ちゃんも、彼が「生命に関わるほどの大きな病気をした」と知っているし、元より、あの哲朗さんの娘である。大人でも、必要ならば「昼寝」をするということを、よく知っている。
僕は いそいそと来客用の寝室から毛布を持ってきて、彼の体にかけた。その時、既に彼の頭の下にはクッションが宛てがわれていて、その上には、枕カバー代わりにあの紫色のタオルが敷かれていた。それをしたのは遙ちゃんらしく、彼に「高い?」とか「苦しくない?」と、丁寧に訊いていた。彼は明確な返答はせず、マスクを着けたまま、もう ほとんど眠っているかのような状態だった。
僕や他の大人が何かを言うまでもなく、自身が すべき事を終えると、遙ちゃんは静かに彼の側を離れていった。
先生は、食卓の側で椅子に座り、千秋が出した冷たい紅茶を飲んでいた。(市販の紅茶を、ペットボトルからマグカップに注いだのだと思われる。)そこへ歩み寄っていった遙ちゃんに、持参した紙袋を見せた。
「はるちゃん。帰ったら、父やんに渡してほしい物があるんだ」
「何?」
「私と悠介の、新しい本」
「え、2人で書いたの!?」
「そうだよ」
「わぁ!見る、見るー!」
彼女は椅子に座ることなく紙袋から本を取り出し、さっそく開く。
「あれ?絵本じゃない……」
「今回は、初めて小説を書いたんだ」
「へぇ……」
幼児の頃「絵本とは、破いて遊ぶものだ!」と言わんばかりの御転婆ぶりを見せていた彼女も、小学校4年生ともなれば、落ち着いて小説を読むようになった。今も、その場に立ったままページをめくっていく。
「わぁ…………なんか、みんな戦ってばっかりだね。バトル漫画みたい」
「悠介の趣味が、前面に出てるんだ」
「ふーん……」
やがて、彼女は「帰ってから読み直す」と言って本を紙袋に戻した。(その袋には、全く同じ本が3冊入っている。)
「ねぇねぇ、先生。遙、この前 初めてヘラクレスオオカブトを食べたよ!」
「ヘラクレスを!?……え、食べたの!?どうやって!!?」
「なんかねぇ……粉にしてから、お煎餅にしてあった。カブトムシって、よく分からなかった。……コオロギのパンのほうが、美味しかった」
「すごい時代になったもんだ……」
短い髪を撫で回しながら、まるで老翁のような返答をする先生。
「はるちゃん、虫食べるの平気なんだ!?凄いなぁ……」
千秋は、食用昆虫など全く受け付けない人である。粉末にしてあっても忌避するし、僕が先生宅で何らかの昆虫を調理したとか、中国やオーストラリアの料理に どういう昆虫が使われるかという、話を聴くのも「嫌だ!」と言う。
遙ちゃんは食卓の、先生が片肘を着いている近くに手を置いて、物珍しい食べ物の話を続けた。もう少し小さかった頃なら、有無を言わさず先生の膝に乗っていただろう。
「福島のお婆ちゃん家で、イナゴ食べたら美味しかったのー」
「あぁ。イナゴの佃煮くらいなら私も食べるねぇ」
「先生は、ザリガニを茹でたやつが大好きなんでしょー?」
「おや。よく知ってるね」
「あと、カンガルーのお肉も大好きでしょ?」
「……君たちの父やんは、お喋りだなぁ」
「父やんは、先生が大好きだからね!」
「なんとなんと……嬉しいねぇ」
遙ちゃん達3兄妹は、派手な喧嘩で父親を病院送りにした「友達」が吉岡先生であることを知らない。
僕らが談笑しているうちに、昼寝をしていた彼が、のっそりと起き上がった。マスクを下げて大きな欠伸をした後、律儀に再び着け直す。彼が起きるのを待っていた遙ちゃんは、喜んで駆け寄っていく。
「悠くん、おはよう!何して遊ぶ!?」
「…………俺、小便したい」
「おしっこ!?……トイレこっちだよ」
彼女は、我が家の間取りをすっかり覚えている。まだ寝ぼけている悠介さんの手を引いて、トイレまで案内してあげるようだ。
戻ってきた後、2人は遙ちゃんが自宅から持ってきた例のドイツ製のボードゲームで遊んでいた。2人して床に座って、彼は黙々と駒を動かし、遙ちゃんだけが時折 歓声をあげる。彼は、なかなか手強いようだ。
先生は「勝負が決まったら呼んでくれよ」と彼に言い、椅子から動こうとしなかった。一旦は遙ちゃんに渡した紙袋から自著を1冊取り出し、それを満足げに読み始めた。
そして、読みながらでも、僕や千秋との雑談は止まらない。本の内容は すっかり頭に入っているからだろう。
夕食どきが迫る頃、遙ちゃんが対局を制した。それを機に、僕は来客3人を車で送る準備を始めた。
遙ちゃんは、いつも通り自宅の玄関先まで送り届け、千尋さんに引渡す。先生と悠介さんは、そこから一番近い駅までで良いということで、僕は言われた場所までお送りした。
先生は、僕の家にもサイン入りの最新作を2冊置いていってくれた。夕食後、さっそく千秋と2人で読んでみた。ゲーム用ソファーに並んで座り、それぞれのペースで読み進める。
僕は、その時になって初めて中身を読んだ。
主人公は架空の世界の剣士で、盗賊団や害獣から村を守るための用心棒として、村長に雇われている。彼自身は他所から来た流れ者だが、非常に腕が立つため村人からの信頼は厚い。また、彼の他にも雇われの用心棒は5人居て、それぞれ使用する武器が違う。
彼らは、熾烈な戦いで武器が傷むたびに行きつけの鍛冶屋で修繕を依頼していたのだが、ある時、その鍛冶屋の娘が奴隷商人らしき男達に攫われてしまう。娘を奪還すべく、鍛冶屋は自作の刀を携え、主人公や他の仲間達と共に敵の根城へと乗り込む。そこには、鍛冶屋の娘だけではなく、多くの子ども達が囚われていた。組織的な誘拐と人身売買が、長年に渡って秘密裏に行われてきたのである。(実は主人公も幼少期に攫われ、異国に売り飛ばされた過去がある。彼は、見知らぬ国で奴隷となった後に脱走し、広大な大陸で放浪生活を送りながら大人になったのである。)
怒りに燃える主人公達と、敵の【組織】との、激しい攻防が始まる。初めは善戦していた主人公達だが、やがて敵方の毒矢と、子どもを盾にとった卑怯な戦い方に苦戦するようになる。戦いの最中、子どもを庇って仲間が1人死亡し、また、名工といえど実戦には不慣れだった鍛冶屋も、娘の面前で毒矢を受け、倒れる。
主人公の仲間2人が、やむなく仲間の遺体と瀕死の鍛冶屋を背負って退却する。後を託された主人公は、鍛冶屋が残していった【最高傑作】の刀を手にしたことで、鬼神のごとき力に目覚め、残りの敵を殲滅する。
全てが終わった後、救い出された鍛冶屋の娘は、無事に父との再会を果たすも……父のほうは、二度と鍛冶屋には戻れぬ身体になっていた。矢を受けた左腕は肩から腐り落ち、更には毒による高熱で長く苦しみ、両眼の視力をも失っていたのである。
しかし、病床にあった彼は娘の無事を心から喜び、主人公や他の子ども達の生還を祝福するのみであった。
主人公は、彼が打った【最後の刀】を、今後も使い続けたいと願い出る。(それを譲り受けた後、放浪生活を共にした かつての愛刀は都の武器屋で売り払い、得た金は全て鍛冶屋の妻に手渡す。)
その後も、村の平和を守るため、主人公達の過酷な用心棒稼業は続いていく。
風呂に入るのも忘れ、あっという間に読み終えた。吉岡先生らしい、博識ぶりが滲み出た重厚感のある文体で、それでいて読みやすい。高学年であれば、小学生でも読めるだろう。残虐な描写が目立つけれど……現実の地球上で日々巻き起こることのほうが、遥かに惨い。
僕より先に一回目を読み終えた千秋は、気に入った場面のいくつかを、再度読み返していたようだ。
「私、この『ワタルさん』好きだわ……」
ワタルというのは、作中に登場する鍛冶屋の名前だ。彼だけが和風の名前であり、また主人公だけが「ルトガー」というヨーロッパ風の名前なのだけれど、他の登場人物は皆、アイヌ語由来のアナグラムのような、独特の響きを持つ名前である。(人名は全てカタカナ表記だ。)主人公とワタルだけが「異国で生まれた流れ者」であることを示すための設定だろう。
僕も、ワタルというキャラクターには強く惹かれていた。何より、名前が……あの亘さんに あやかったものである気がしてならないし、そのキャラクターが、作中では妻子と共に幸せに暮らし、娘のために命懸けで戦うのだ。……胸が熱くなる。
感動の余韻に浸りながらページをめくり、巻末に「Special thanks to Yusuke SANADA & Tasuku HONAMI.」と記載があることに気付いた。先生が、特別な感謝を伝えたい人達。夫の悠介さんと、もう一人は……穂波 亘さんの親族ではないだろうか?
(やっぱり、彼なんだ……!)
『名誉の負傷』によって職を退くワタルのモデルは……やはり、彼で間違いなさそうだ。
そうであるならば、この作品を あの場所で配った意義は大きい。
僕の隣に居る千秋は、何度も感嘆の息を漏らしてから、言葉を継いだ。
「いやぁ……。これ、素晴らしいわ。久しぶりに【良作】と巡り会ったわ」
先生と悠介さんの「合作」は、元・国語科教諭をも唸らせる、良質な作品に仕上がった。
僕も、その事実が誇らしい。
そして、僭越ながらに抱くのは……「僕も負けてはいられない」という、対抗心だ。真に良質な作品との出逢いというのは、いつだって僕の【創作意欲】を刺激する。
何度ぶちのめされようと、それが潰えることは無い。この体に生命がある限り……僕は【物語】を紡ぎたい。