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小説 「僕と彼らの裏話」 8

8.激震

 復職から約2週間。特に何もトラブルは起きなかった。僕の体調も、特に問題ない。
 強いて変化を挙げるなら、僕が戻ってきたことによって、藤森さんが またダブルワークをし始めたことくらいだ。
 僕が休職している間に「心療内科に通い始めた」と言っていた彼女も、薬によって熟睡できるようになったことで体調が安定し、今は運転免許の取得に向けた貯金に励んでいる。
 僕は、概ね彼女と交替で出勤している。


 とある出勤日。合鍵があるので、僕はインターホン越しに悠介さんと挨拶を交わしてから、いつものように先生宅の鍵を開けた。
 2階に上がり、タイムカードを押す。
 先生のスマートフォンが食卓に置いてあるけれど、ご本人が見当たらない。今日は天気が良いから、出かけているのだろう。
「先生は、お散歩ですか?」
「そうなんすよー」
彼は、食卓にスマートフォンを置いて、ゲーム中だ。

「おはよう、倉本くん」
台所の奥に居た彼が出てきたので、僕は挨拶をした。(先日、本人から「ため口で話してほしい」と依頼されたので、僕は応じることにした。)
 彼は難聴であるのに加え、心身の緊張が強く、ほとんど口話をしない。僕が出勤時に挨拶をしたら、基本的には黙礼で応じてくれる。
 先生か悠介さんが相手なら話せると聴いているけれど、僕や藤森さんが相手だと、なかなか難しい。先生からは「無理は させないでくれ」と指示を受けている。
 僕は、彼には可能な限り「はい」か「いいえ」で答えられる質問をする。


 普段なら、先生は僕達ハウスキーパーの出勤時間か、遅くとも正午までには、必ず帰ってくる。しかし、今日は12時半を過ぎて、昼食が出来る頃になっても、帰ってくる気配が無い。
「俺……食ったら、ちょっと そこらへん見てきます」
「わかりました」
 僕は、倉本くんと2人で留守番をした。

 先生のスマートフォンは「本人から かかってくるかもしれない」として、悠介さんが肌身離さず持っている。


 しかし、結局その日は 先生の行方が分からないまま、僕の退勤時間となった。
「健忘か何かで……うっかり遠出をして、道に迷っているのかもしれません」
「俺も、そんな気がします……」
 彼は「哲朗さんや工場長に連絡してみる」と言い、僕は、先生の無事を信じて、まっすぐ帰宅した。

 しかし、数日経っても先生の行方が分からず、藤森さんには「先生の体調が急変したから、再び連絡するまで休んでいてくれ」という指示が下され、僕一人だけが最低限の家事をしに通うことになった。(僕にだけは、理由として『彼女と倉本くんが2人きりになる日を作りたくない』と告げられた。)
 倉本くんも、ごく稀にフラッシュバックに伴って、物を投げたり、人に掴みかかったりしてしまうことがあるという。
 主として それに対処してきた先生が ご不在である今、日中に、彼を腕力で止められるのは、僕しか居ない。

 その倉本くんは、概ね大人しくしているけれど、全幅の信頼を寄せる先生の行方が分からないことで、少なからず動揺し、情動が不安定になっていた。よく、身体を掻きながら家の中をウロウロしている。無口なはずの彼の、独り言が急激に増えた。
 僕も不安だった。
 

 先生の行方が分からなくなってから5日目。
 いつもより早く帰宅した悠介さんが、苦々しい顔つきで「警察署から連絡があった」という旨を、僕に告げた。
「先生、見つかったんですか?」
(どうか、ご無事であってくれ……!!)
 玄関でリュックを降ろし、泣きそうにも見える赤い目で、彼が言った。
「先生……捕まったらしいっす……」
「えっ!!?」
 フラッシュバックに伴う激昂時に、幾度となく「火を点ける」とか「ぶち殺す」と、叫んできた方である。まさか……。
「え……あの、なんで……?」

 彼が言うには、先生は【傷害】および【銃刀法違反】の、現行犯で捕まってしまったのだという。
 僕は、口には出せないけれど「あり得る」と思ったし、むしろ【放火】や【殺人】ではないことに安堵していた。
 先生は剣道の有段者なので、模造刀や木刀を、箱やケースに収納せず持ち歩くだけで「いつでも他者に危害を加え得る」として、銃刀法に触れてしまう。
 どこかで、竹刀や木刀を用いた喧嘩に巻き込まれ、【過剰防衛】をしてしまわれたのではないかと思った。

 彼の表情が、いつになく険しい。やはり、泣きそうだ。声に力が無い。
「俺、明日……警察と、病院行ってきます」
「先生、入院されてるんですか?」
「本人は、警察署です……。
 俺……哲朗さんに謝ってきます……」
(どうして哲朗さんに……?)
「まさか……!?」
「被害者は、哲朗さんなんすよ……」
(どうして……!!?)
哲朗さんの奥さんからも、怪我に関する連絡があったという。
「明日……和真を、よろしくお願いします」
「……わかりました」
今は、それしか言えない。

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【9.真の友】
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