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海の底までランデブー
今、世界には俺一人しか存在しない。
そうとしか思えない程、まわりには誰もいない。
大学の休みに、ホエールウオッチングをするため九州行のフェリーに乗った。それが、航路を間違えたタンカーとぶつかり、転覆してしまった。
運悪く台風も合流。海に投げ出され、20年の短い人生を後悔した俺。
何とか救命ボートにしがみつき、現在、太平洋上に一人ぼっちで一週間生き永らえている。
花粉症が治まったことだけは思わぬラッキーだった。近くに陸地が無いから花粉が飛んでこないという、絶望的な状況ってことなのだが。
他の乗客や乗組員はどうなったのだろう。みんな無事なのだろうか。こんな目に遭ってるのは俺だけなのだろうか。
食料は無く、今日まで雨水で命を繋いできた。捜索隊のヘリの音もしない。俺はただ、小さなゴムボートで揺られるだけ。
ブシュッ! ブシュッ!
遠く、前方に水柱が上がった。
再び。三度(みたび)。水柱が近づいて来る。
覗き込むと、海面すれすれに泳ぐ数頭のイルカが、ボートの脇をすり抜けて行った。水柱の正体は潮吹きだ。イルカというのは小さいサイズのクジラだ。こんな所で見られるなんて、運が良いのか悪いのか。
遠ざかるイルカの一頭だけが何度も潮を吹き上げているようだ。イルカの背中の穴は鼻の穴だ。ってことは、あれはイルカのくしゃみなのか。
くしゅん!
俺もつられてしまった。垂れた鼻水を拭く紙が無い。海水で鼻を洗ったらヒリヒリしそうだ。どうしよう。
くしゅん! くしゅん!
おかしいな。花粉症の症状だが、花粉は飛んで無いはず。
キョロキョロしていると、水平線の視界をさえぎる白い何かが見える。
島だ! 力を振り絞って手で水面をかき、近づいた。
それは島じゃなかった。
「なんだこりゃ……? くしゅん!」
海面に花が咲いている。見渡す限りの白い花。天国のような風景だ。引っ張ってみると、海草が土台となり、そこに根を張っていた。くしゅん!
さっきのイルカは、これの花粉症になっていたのかもしれないな。
ブシューー……!
ブシューー……!
遠くからひときわ高い水柱がどんどん近づいてきた。
クジラだ。……デカい。
ブシュ――……!
何度目かの潮吹きでボートは簡単にひっくり返り、俺は海に落ちた。
ブクブクブク……。
デカい目玉と見つめ合っている。
クジラのヒゲに俺の服がひっかかり、海の底へと連れて行かれているのだ。
どうすることも出来ない状況だが、俺の旅の目的は果たせたようだ。
まあいいか……。
〈終〉
写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)