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かりそめの主(あるじ)
駅前商店街の十字路にある、8台分のスペースの月極駐車場。
ここには姿の見えない住人がいる。
木島の人生は、婚約者の女性の実家で、25歳の誕生日を祝ってもらった日に終わった。
気が付いたら駐車場で、花と線香に手を合わせる家族や友人の姿を眺めていた。声をかけても触れようとしても、誰も気づかない。
彼らの話から、酒に酔って歩いていた所を車にはねられ、この駐車場で息絶えたことを知った。
死んだら無になると思っていた木島だが、絶命した地に留まり続ける『地縛霊』となっていることに、木島自身が一番驚いている。
木島が死んでからずいぶんになる。
手向けられる花はもう無いが、さみしさは感じない。ここを終の棲家として、通り過ぎる人間の様子から、時代の変化を楽しんですらいる。
最近になって、無人の車のエンジンがかかり、その後に人が近づいてくるようになった。
リモコンで操作が出来るようになったらしい。
最初は自分以外の霊が悪さをしに来たのかと思い、身構えた。
独り言を言う人間が増えた。
と思ったら、トランシーバーが普及したらしい。
と思ったら、小型の電話だった。
電話のついた小型のテレビも増えてきた。
発信前の車の助手席に置かれたソレをよく見たくて触ったら、画面が光った。運転席の男性は、怪訝な顔をしながらも発車した。
駐車場から出られない木島は、置いてきぼりを食った。
雨上がりのある日、地主が背広姿の男を数人連れて来た。集団に混じって会話を聞くと、この駐車場を含む一帯を大型スーパーにする相談だった。
密かに恐れていたことが起こった。
事故から30年以上経ったことは木島もわかっている。
意識だけが時間に取り残され、仕方なく20平米の牢獄にいただけ。いいかげんに開放されたいが、何をどうすればどうなるのかがわからない。
駐車場が無くなることで自身がいなくなることが怖い。
立ち去ろうとする男たちを思わず追いかけ、『社長』と呼ばれていた恰幅の良い中年男の肩に、実体のない手をかけた。
誰もいない後ろを振り返った社長は、濡れた側溝の蓋で足をすべらせ、頭を強く打った。
工事の計画がどうなったかはわからないが、少なくとも献花台が置かれてる間は中止だろう。
まずは、かつての木島のように、自分を悼んで手を合わせる人々を呆然と見ている社長に、ここの主として、状況を優しく教えてやることから始めた。
『終』
写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)