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無機の糧(かて)

西暦2026年。人類の火星への入植準備のため、俺は調査員の一人として宇宙船に乗った。

だが、真空のはずの宇宙で嵐に巻き込まれ、俺たちは名も知らぬ青い星に不時着した。

頭を打った俺が意識を取り戻すと、一緒に船に乗った二人の姿が無い。探索に出たのだろうか。俺も後を追った。

二人はどこにいるのだ? ヘルメットのマイクで呼びかけたが応答が無い。


この星は北極の光景に似ている。
見渡す限りの青く静かな海と、薄黄色の砂の陸地がくっきり分かれている。
空は群青色で夜のようだが、遠くの岩山が雪山のように白く発光しているので見通しはいい。
行けども行けども、水と砂漠と岩だらけ。植物や動物の姿は一切無い。


海の水を船に持ち帰り簡易検査してみた。真水でプランクトンの類は検出できなかった。持ち帰った小石も顕微鏡で見たが、微生物は付着していない。

腹が減った。食糧庫から、プラスチックの皿に入ったフリーズドライの宇宙食を出した。水を入れるとピラフになる。結構旨い。
旨いものを食うことは、体への栄養補給だけでなく、心まで癒してくれる。

がっついていると、地鳴りが起きた。
窓の外を見ると、巨大な岩山がぶるぶると振動し、砕け、砂が雨となって一面に降り注いだ。三千メートル級の山が、一瞬で跡形も無くなった。
呆然と見ていた俺は、皿をテーブルに落とした。

豆が転がり、小石を入れたシャーレに落ちた。すると、中の全ての小石が生き物のように素早く動いて豆に吸い付き、小さな物体達は、一つの大きな石となった。


ここは地球ではない。

俺は外に走り出た。考えるのが怖かったのだ。
長い間同じ風景の中を歩いていると、再び地鳴りがした。また山崩れか?
岩山の麓に何かが見えた。あの後姿。

宇宙服! 二人だ! 俺の呼びかけに一向に応じない所を見ると、スピーカーが壊れているのかもしれない。

俺はヘルメットを外し、大声で叫びながら走り出した。
 
この星には、時折宇宙から有機物のごみが落ち、砂たちはそれを養分とする。
砂粒が結合し、石になり岩となり、巨大な山となって寿命を迎え破砕する。そしてまた一粒の砂から『人生』を始めるのが、この星の生命の形なのだ。


とっくに中身が喰われた宇宙服の残骸に気を取られた俺は、剥き出しの頭部で岩山にもたれてしまった。

脳が岩と同化しているため、この星の生命の思考が手に取るようにわかる。
船の中の食料もじきに喰われるだろう。


ああ……俺たちは地球から砂礫の星へ、はるばる弁当を運んできたのだな、と岩山に吸収されながら思った。


〈終〉

写真:フリー素材ぱくたそ(pakutaso.com)

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