![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/160393841/rectangle_large_type_2_847705a557132de8dbb980a6440795ec.png?width=1200)
【小説】「コールドムーン~光と影の間~」第四話
【これまでのあらすじ】
目の前のものに太陽のような眩しい光を当てると
全てが明らかとなり平面に見える
そこに影ができると立体的に見えてくる
人生も憂いがある故に大切なものがはっきりして深まっていく
でも 影ばかりだったとしたら?
人生の大切なものは 欠落していく
主人公の林凛香は、幼い頃に母と離婚した父親の記憶がほとんど残っていない。離婚後の生活では保育園にいる時が唯一の安心できる居場所だった。帰宅しても母は仕事で忙しく、祖母も僅かな食べ物だけを与えて自営業の食堂の仕事に戻って行く。凛香は「夕食を囲む」ことが毎日するものだとは知らずに育った。
「将来はアフリカで青年海外協力隊員として活躍したい」と願っていた凛香だったが、そのきっかけであるアブドさんから「僕たちは、安全な日本にわざわざ避難している。なのに凛香さん、アフリカに行く必要ある?」「凛香さんにとって何が一番大切なことか考えて」と言われショックを受けた。だが、考えているうちに少しずつ考えが動き始める。
同級生の桐谷春翔が凛香に関わろうとするのだが、素直に接することができない。「好きな人を傷つけることは悲しい」もしかすると父親も母に対して同じようなことを考えたりしなかっただろうか?と思い始める凛香だった。
「僕が指揮者に立候補します」
春翔は真っ先に名乗り出た。教室の中が少しざわめいた。図書館で春翔に会ったとき「僕が指揮者をやって大丈夫だと思う?」そう質問されたことを思い出した。
今日から合唱コンクール練習期間なのだ。最初に、指揮者やパートリーダーを選ぶ話し合いをする。曲目は音楽の授業で話し合い、miwaさん作詞・作曲の「結」に決まっていた。『大人のために生きてるわけじゃない』という言葉で始まるこの歌はまるで私たちのことを歌っているようだった。
立候補した春翔は教室の前方に歩いて行く。すっと伸びた背筋が自信を表しているようだった。教卓の前でゆっくりと向きを変えこちらを見た春翔の瞳は穏やかだ。優しい雰囲気を帯びながらも、立っているだけで他者を圧倒する力がある。彼の目がまっすぐにクラスメイトに注がれると「どうしよう」「立候補やめようかな」「あいつがやった方がいいよな」ささやく声が聞こえてきた。司会者がみんなの意見を確認していると、海斗が唐突に挙手をした。
「僕も、指揮者に立候補します」
教室はさっきよりもっと、ざわついた。様々な声を物ともせず、海斗は前方へと向かい、春翔と反対側に立った。海斗の目は鋭く真剣だった。
海斗は、春翔と様々な分野でライバル心を燃やし競い合っている。四月の生徒会選挙の時には、春翔も海斗も会長に立候補したいと言った。クラスから二人立候補すると票が割れるから、どちらがふさわしいかという件で揉めていた。結局、その時どちらも引かず二人共生徒会長に立候補して、春翔が僅か五票差で会長の座を射止めた。海斗は、春翔の下で副会長を務めるのは嫌だと生徒会ではなく体育委員長として活躍する道を選んだ。
通知表が配付される度に、評定の点数で競い合い、お互いに一喜一憂をしていることもあった。運動会の徒競走では、わざわざ同じレースに出場して一進一退のデッドヒートの末に、海斗が一位、春翔は二位だった。二人は、同じクラスなのに、休み時間や昼休みに一緒に過ごしているところは見たことがない。犬猿の仲なのだ。
司会者の顔がこわばった。
「それでは投票を行う前に、二人の豊富を聞かせてください」
いきなりのリクエストにも、春翔はすぐに返事をして一歩前へ出た。
「僕たち最後の合唱コンクールです。中学校生活最後の行事は、ここにいる一人一人の思いがひとつになって、「結」という曲が表すイメージをつくりあげたいと思います。どうぞ僕に力を貸してください」
春翔は合唱コンクールへの熱量を伝えながらも終始笑顔を絶やさなかった。大きな拍手が湧いたが、海斗の表情は険しかった。
「俺は、中学校生活最後の行事でみんなに最優秀賞をプレゼントしたい! 最高の思い出を作りたいと思っている。よろしくお願いします」
先程と同じくらい大きな拍手が起こった。真剣な眼差しから海斗の気持ちの強さが伝わってきた。
「指揮者にふさわしいと思う方の名前を書いて提出してください」
白紙の紙を小さくカットしたものが配られた。私は迷うことなく春翔の名前を記入した。他の人は迷っている様子だった。投票用紙は、すぐに回収され、続いて開票作業に移った。
静まり返った教室の中で、投票用紙が開票される音だけが響いた。春翔も海斗も神妙な表情をして自分の席に座っている。
「投票結果を発表します。三票差で、春翔さんが指揮者に決定しました」
拍手が湧き起こった。春翔は、はにかんだ笑顔を浮かべていた。海斗は悔しさを堪えながら拍手をしているように見えた。だが、突然立ち上がった。
「春翔、最優秀賞にさせてくれよ!」
海斗の表情はほぐれ、笑みを浮かべている。春翔は海斗に駆け寄って、握手をした。
「海斗くん、ありがとう。ぜひ、男子のパートリーダーをお願いしたい。君の力を貸して欲しい」
「え! 俺が?」
クラス中の誰もが驚いていた。だが、海斗が一番驚いているようだった。これまで、あんなに競い合って、仲の悪かった二人にこんな日が来るとは予想できなかった。滝のような拍手が湧き起こった。その拍手はなかなか鳴り止まなかった。隣のクラスの先生が覗きに来たくらいだ。春翔も海斗も誇らしげな様子だった。
進行役は指揮者となった春翔と、男子パートリーダーの海斗の二人に託された。
「それでは女子のパートリーダーを決めます。まず立候補してくれる人、挙手をお願いします」
春翔がパートリーダーを募った。海斗は黒板書記を買って出ている。ここで挙手をするのは相当に勇気と自信のある人だ。パートリーダーの仕事ほど、気を遣う仕事はない。練習は大抵の場合、だれてしまうのだから。クラスメイトに注意をしなくてはならない損な役回りだ。
以前ピアノを習っていたので合唱は得意な方だったが、自分からやりたくはなかった。人前に出たり、誰かのために何かをしたりといったことは苦手だった。他の人がやったらいいと思い、息を潜めていた。
しばらくの沈黙の後、春翔が口火を切った。
「僕たち最後の合唱コンクールなんだ。中学校生活最後の行事は、ここにいる一人一人の思いをひとつにして歌に込めたい。僕たちの受験を支えてくれる歌にきっとなるはずだから、一緒に合唱コンクールを盛り上げよう」
熱が入った演説に、ソプラノパートリーダーに立候補があった。立候補したのは親友の遙だった。誰に対しても公平な尊敬できる人だ。
アルトのパートリーダーだけ推薦で決めることになり、私を含む三名の名前が挙がった。昔、ピアノを習っていたという理由だけで推薦された私は、投票の結果、アルトのリーダーに選ばれてしまった。投票数が多く、断る選択権もなかった。浮かない気持ちでいる私とは対照的に、春翔は嬉しそうだった。
その日の下校も春翔は昇降口を出たところで、私を待ち伏せしていた。他の人が見たら、まるで待ち合わせをしているように見えるだろう。
「凛香ちゃん、アルトのパートリーダーよろしくお願いします」
「やだな。やりたくない」
「なんで?」
「だって、どうせみんな練習なんてまじめにやりっこないんだから」
「そうとは限らないよ。練習をする前が大切さ」
「練習する前?」
「そう。練習をする前に、みんなでどんなふうに合唱コンを成功させたいかを共有しておくこと」
「共有?」
「大丈夫! 任せておいてよ、凛香ちゃん」
春翔が自信をもって話をするので、こっちまで「それ」が伝染してきそうだ。少し気持ちが軽くなった。「できる範囲でやってみたらいいや」という気持ちが少し芽生えた。いつもより、会話が成立していたように感じた。
この日の夜、自室のベッドの上に寝転がりながら「結」の合唱動画をループ再生した。
「『大人のために生きてるわけじゃない』と
うつむいた瞳には映らないけれど
見上げればこんなに青空は広いのに
どんなにがんばったって
うまくいくわけじゃないけど
夢は描いた人しか
かなえられないんだから (後略)」
歌詞がずしりと胸に響いた。長い間私は、ずっとうつむいて過ごしてきたのかもしれない。下ばかり見ていた。だから自分の頭上にも青空が広がっていることに気がつかなかった。夢を描くことだってあきらめていたような気がするのだ。
「ひとり親世帯の恵まれない家庭から、希望する高校の受験なんてできない、大学進学もできない。この町から出て行くことなんてきっと無理なのだ」と心のどこかであきらめていた。
でも「この合唱を成功させることができたら、負の連鎖を断ち切ることができる」そんなふうに思わせる力がこの歌にはあった。一見、無関係の二つのことが自分の中でリンクした。合唱曲の歌詞が、メロディが、根拠のない自信を生んだ。合唱の動画を何度も何度も見て、歌を聴いているうちに、何か温かいものが心に宿り、自分の考えが少し動き始めた。そして不思議なことに春翔の顔が浮かんできた。
翌朝、私はいつもより早起きをした。
「あら、凛香ちゃん早いのね」
「合唱のパートリーダーになったの」
「打ち合わせでもあるのかしら?」
「うん」
母も嬉しそうだった。足取りも軽く、母の出勤より前に家を出た。
授業はいつも通り退屈だったけど、放課後、初回の合唱練習がある。人前に立って何かをしたことなんかなかった。でも、そんなことはもう、どうでも良かった。私は、自分のために合唱を成功させたいのだ。でもそれは、誰かのためにもなる。「クラスのために何かをやってみたい」初めて思った。
「みんなで目標を共有しよう」
初回の合唱練習で、春翔の目は輝いていた。いつもとは違う熱量が伝わってくる。春翔は海斗に相談をしながら、話し合いを進めていた。これまでは、ライバル同士で口喧嘩をしていることが多かったのに、二人の関係は昨日から大きく変わり始めているようだった。
「一人一人の思いを結び付ける合い言葉を作ろう」
春翔と海斗の呼び掛けで、どんな思いを合唱に込めたいのか? いろいろな案が発表された。遙と私は、一緒に前に出て話し合いの行方を見守っていた。黒板書記は必要なかったのだ。海斗が全ての意見をタブレットPCでタイピングをしてモニターに映し出している。春翔は、海斗の入力の様子を気遣いながら話し合いを進めていた。
意見が集まったところで、どの言葉を「合い言葉」に入れるべきかという論点に移っていた。「結」という言葉を推す人と、「絆」という言葉を推す人の間で分断が起きそうだった。両者は一歩も譲らなかった。話し合いで亀裂が入ってしまうのなら、本末転倒だ。そう思った瞬間、
「この『結』という言葉と『絆』という言葉は、どちらも大切じゃないのかな?」
春翔が投げかけた。教室がざわついた。「でも」や「だって」が聞こえてくる。
「僕も、春翔の意見に賛成! 二つの言葉を組み合わせたらいいんじゃない? それに意見が対立するくらい真剣に考えているっていう証拠だよ」
海斗が言った。すると今度は「私も」「僕も」という声があちこちから湧いてきた。いつもは発言しない、真面目で目立たない相原君が挙手をした。彼は椅子からゆっくり立ち上がると、眼鏡を右手で直した。
「ぼ、ぼくも二つの言葉を入れるべきだと思います。多数決ですぐに決めないでみんなの意見を聞こうとしている司会の春翔さんと、海斗さんの姿勢に賛成です」
拍手が湧き起こった。
続いて、発言した姿を見たことのない田中さんが消え入りそうな声で意見を述べた。
「えっと、歌詞をそのまま合い言葉にしてはどうでしょう。ここの部分です」
田中さんの意見に全員から拍手が起こった。
『信じること、あきらめないで、なにより強い絆で結ばれている』
歌詞の一節がそのまま合い言葉となった。私は遙と目が合った。緊張がほぐれて思わずハグをした。各クラスの合い言葉は、教室と廊下と生徒会コーナーにポスターで掲示される。海斗は実行委員会が作るポスターを待たずに合い言葉をポスターにし、プリントアウトした。教室に掲示したその言葉を、みんなで誇らしげに眺めた。
「僕たちは一人一人が大切で、誰か一人欠けてもクラスのハーモニーにはならないんだ。だから合唱コンクールで優勝することを信じて、あきらめないで練習したら、きっと今よりもっと強い絆で結ばれることができる」
春翔は、強い目差しでみんなに訴えた。
「俺もそう思う。このクラスで良かったって、何年経っても振り返ることのできる合唱にしたい」
海斗が後に続いた。私と遥もパートリーダーとして、自分の言葉で思いを伝えなくてはならない。次に遙が大きく息を吸って、ひと言ずつ噛みしめるように思いを伝えた。
「クラスの全員で『信じることをあきらめない』で素晴らしい合唱を聞く人に届けたいです」
遥らしい誠実な言葉だった。
次は私の番だ。昨夜ずっと考えていたことを伝えることにした。
「『どんなにがんばったって うまくいくわけじゃないけど夢は描いた人しか かなえられないんだから』という歌詞が好きです。私はこの合唱と一緒に成長したい、成長するって決めました」
大きな拍手に包まれた。ありのままの自分を肯定されているような気持ちがして、これまでに味わったことのない「優しさ」を感じた。
人前でこんなふうに自分の考えを発表することは私にとって初めての出来事だった。自分のことだけで精一杯だったから、誰かの役に立てるだなんて考えたこともなかった。合唱を通して一番成長したいのは私だ。慣れないパートリーダーの役割も、春翔や遙、海斗が一緒なら乗り越えられる気がした。
人の気持ちは、ちょっとしたきっかけで変わるんだ。喧嘩ばかりしていた春翔と海斗が、自分たちが率先して仲良くしているのだから説得力がある。合唱コンで最優秀賞が欲しいという利害が一致しているだけだったとしても、この二人の雰囲気がクラスに良い影響を与えていることに変わりない。私も春翔の影響で、少しずつ自分の考えや感じ方が変化しているような気がした。
話し合いの後の練習は、みんな熱が入って、誰もが集中して取り組めていた。この日から二週間後に、地区のホールで合唱コンが開かれる。
この日は春翔が待ち伏せをしたのではなく、少し早めに昇降口付近に到着した私が春翔を待っていた。だから、初めての「待ち合わせ」だ。春翔のことを「いいやつ」だと思い始めている。
「あれっ? 待っててくれたの? うれしいなぁ」
春翔が微笑むと目尻が下がる。こういう笑顔にも励まされているのだと気付く。
「いつも待っててくれるから、今日は待ってみた」
「あの合い言葉は最高だね」
「だね。春翔くんは、上手に話し合いをまとめたね」
「うーんっ。まとめたというか、みんなの意見がそうしてくれたんだよね」
「多数決で決めないところが春翔くんらしい」
「多数決ってね、一見、民主的に思えるかもしれないけど、そうでもないんだ」
「ふうん」
「少数の意見を聞いてこそ、民主的と言えるね」
「春翔くんって、よく考えてるね」
私たちは、帰り道に合唱の話で盛り上がった。合唱という共通の話題があると、普段よりも素直な感情を伝えることができているような気がした。
合唱練習の五日目、回を重ねると練習はマンネリ化して、みんなの集中力はだんだんと下降気味になった。練習中、遙に練習の様子を聞いてみると、ソプラノパートも同じだという。伴奏が始まってもお喋りが止まない。昨日はできていたことが、今日はできなくなっている。「集中しよう」と呼び掛けても無反応。
「困ったわね」
二人でため息交じりにつぶやいた。投げ出したい気持ちが顔を覗かせる。
この日の帰り道、春翔に相談をした。
「ねえ、春翔くん、今日のパート練習は、うまくいかなかったんだ。みんな集中力がなくなっちゃって」
「今はさ、そういう時期なんだ」
「集中してやろうって注意しても改善されなくて」
「自分で気付くのを待つしかないんだ。来週から、全体練習が始まるとまた雰囲気が変わってくると思うな」
「だといいんだけど」
「全体練習には、ちょっと工夫をしようと思ってる」
「くふう? どんな?」
「練習の最後に歌の動画を撮影しておいて、次の日の練習の最初に見るんだ」
「へえ、どこがどのくらいできているか確認するのね」
「そう。それだけで随分とやる気が変わってくると思うよ」
春翔は、どうして次々にアイデアが浮かぶのだろう? ついこの間までは、ただのお調子者だと思っていた。でもそのお調子者のようにふざけて見せている裏には、何かしら考えがあるような気がしてきた。
翌週の全体練習は、春翔のアイデア通りに進めることになった。前日の合唱の録画を最初に見て、課題をみんなから出し合った。そうすることでその日の練習が真剣味を帯びてきた。「強弱をもっと表現したい」「音程を正確に」「かけ合いのところを畳みかけるように歌いたい」「最後はもっと余韻が欲しい」など、実はみんなたくさんの思いをもっていたことが分かった。
パートリーダーは練習を方向づける言葉掛けや練習方法を提案した。どうしたらみんなの自主性を生かしながら仕上げに近づけることができるのか、四人で相談を重ね実行した。私にできることを考え、必死になって試して、みんなと関わった。一日ずつ、仕上げに近づいている手応えがあった。全体練習の春翔の指揮は、みんなの歌の良さを引き出してくれた。
自分たちで見つけたたくさんの課題を、ひとつずつクリアしながら、いよいよ本番の日を迎えた。この日も、母に見送ってもらえるほど早くに家を出た。
音楽ホールはバスで二十分ほどの高台にあった。新しい音響設備の壁が施され、最高の合唱コンクールを開催できる場所だ。いよいよ自分たちの出番だ。ステージの上に並んだ私たち一人一人の顔をスポットライトが照らした。曲目を紹介するアナウンスが流れると、指揮者である春翔は客席に向かって深い礼をした。振り向いた春翔はみんなに「リラックスして歌おう」というつもりなのかウインクをして見せた。
春翔の指先にクラス全員の視線が集まった。振り上げた瞬間に私たちの合唱が始まった。これまでの練習を全て形にする瞬間だった。春翔の指先は、次々に重なり合うそれぞれのパートに向けられ、出だしの拍の的確な合図となった。そして、そのしなやかな指先から体全体の動きにつられ、強弱や抑揚を付けて安心して歌うことができた。
「(前略) 信じること
あなたの中に 眠っている力に気づいて
あきらめないで
無駄なことなんてなにひとつないって思い出して
僕たちはなにより強い絆で結ばれている
人がひとりでは生きてゆけないように
ひとりで描く夢は小さいけど
僕たちはきっとあの空を超えるはず(後略)」
『僕たちはなにより強い絆で結ばれている・・・』
最後の歌詞を伸ばした余韻とピアノ伴奏の和音が溶け合ってひとつの輝きとなった。指揮者の春翔が客席に深々と礼をすると大きな大きな拍手が湧き起こった。この瞬間、私の中で目標達成の実感が湧いた。「きっと全てはうまくいく」と信じられる自分がいた。
閉会式で発表された結果は、「最優秀賞」だった。歓喜する者、涙を流す者、友と抱き合う者、私たちのクラスは強い絆で結ばれた。
帰りのバスは、指揮者とパートリーダーの席が近かった。春翔と海斗はもうすっかり気心の知れた昔からの親友のようだった。私はもともと遙と親友だったが、一緒に困難を乗り越えてさらに絆が深まった。
「ねえ今度、四人で出掛けよう」
春翔が得意気な顔をして言うと
「あ、俺も同じこと考えてたのにー」
海斗は笑顔で先を越されたことを悔しがった。私と遙は顔を見合わせて笑った。
「どこがいい?」
「冬休みにイルミネーションなんてどうかな?」
「えー! まじエグっ」
男子二人の声が重なって弾んだ。
受験生の冬休みに一つだけ楽しみな予定が加えられた。そして、男子と普通に会話ができるようになっていることに気付いた。私にとってそれは、成長だった。
作詞・作曲 miwa「結」の歌詞を引用しています。リンクした動画はNコン2016の鶴川第二中学校です。